第3話 あの、まさか……。こんな形でお会い出来るなんて……

 まっすぐ伸びる回廊の所々に、歴代の王たちの肖像画が飾られている。



 ここは、ギャラリーも兼ねているのに、いささか灯が乏しいような。気のせいだといいのだけど。



 歩みを止めて、絵を鑑賞する訳にいかない。とは言え、これまた随分と色褪せてしまったような?


 父母に連れられて、ここを通った日の記憶と照らし合わせる。幾度となく思い返しても、一度抱いた違和感を拭い去ることは出来なかった。



 これって、兄やローザも嗅ぎ取っているのだろうか?



 控えの間の調度類に飽き足らず、王たちの肖像画もだとしたら、単なる醜聞では済まされない。


 もしも、わたしの勘が当たっていたら……。

 

「エメル。下ばかり見ていないで、顔を上げなさい」

「左様にございわね。お兄さま」


 前にあるローザに倣い、わたしは背筋を伸ばす。忸怩たる思いを隠して、わたしはまばゆい世界に踏み入った。




「お父さまが見当たりませんけど?」

「今、客人のお相手をされている」

「そうなの」




 同盟国からの来賓か。ふと、兄の肩越しに目を向ける。


 


 不埒な戯れに熱を上げる男女の姿に、わたしは身を硬らせる。これを客人に見られたら、かなりよろしくない事態に陥りかねないような……。



 兄やローザだけではなく、みなが彼を見限っている。知らぬは本人たちと……。



 哀しげな間奏曲が鳴り止む。


 扉を開くさまを、わたしの耳が捉えた直後、

「ロンヴァルディア帝国、第三皇子殿下の御成にあらせる!」

 宰相閣下の宣言が、一帯を包み込んだ。


 一同が、紳士淑女の礼を取る。


「諸君! 面を上げたまえ」


 わたしたちの通った扉の反対側から、二人の貴人と護衛の騎士たちが現れる。


 同盟国からの来賓は珍しくない。

 しかしながら、帝室の方の御成は前代未聞ではないか? 


 やはり、みなの様子から事前に来賓の身分を把握していた者は少ない。普段、表情の起伏すら抑えるローザでさえ、目を見開いている。



 隣に立つ兄だけが、平静を保っていた。



 第三皇子のヴィルヘルム殿下、御歳十五と聞きおよんでいるが、堂々とした居住まいから実年齢より頼もしく思う一方で……。


 恥を偲び、ちらりと視線をずらす。惚けた男爵令嬢の隣では、我が国の王太子殿下が怒りを露わにしていた。



 あれでも、わたしたちと同い年なのよね。

 本年で十七となるはずの王太子殿下が、みすぼらしく感じられてしまう。



「これは宰相殿。よい頃合いに参られたな」

「私も、サミュエル殿下に申し上げたきことがございます」


 二人の間に不穏な空気がまとわりつく。 


 アホ面は臆することなく。嫌味ったらしい笑みとともに。


「そなたの娘御は、ここにいるコールマン男爵令嬢を虐めたのだ。よって婚約破棄と謹慎を申しつける」


 世迷言を口にした。



 このアホは、どこまで愚かなの? 



 兄の苦笑い、他人のふりを決め込むローザ、そして、この茶番劇に眉をひそめる宰相閣下。彼らのすぐ側にありながら、わたしはひたすら耐えることしか出来ない。



 微妙な静けさが漂う中で、兄が前に進み出る。



「この勅許状を」



 携えていた小筒を宰相閣下差し出す。 

「では……」

 宰相閣下自らの手で勅許状が広げられた。




「国王陛下の勅許を読み上げる」

「なによ急に」




 場の空気を読めない、男爵令嬢が驚きの声をもらす。



 お黙りなさい恥知らず! と言ってやりたいけれど、ここは我慢するのよ。静まり返るホールにて、みなが宰相閣下の言葉に耳を傾ける。



「えっ……待ってよ。廃嫡ってなんなの?」


 そんなはしたない。カナギリ声で王太子じゃないわね。隣のアホ面男子をあおらなくていいのよ!


「国王陛下の子は、僕一人だけだが」

「ですが、王位継承権を有する者は、貴方だけではない」

「なんだとッ!」


 宰相閣下が咳払い一つ。


「例えば、我が公爵家の次女ロザリンド」


 間合を置いて、表情を変えずに宣った。


 宰相閣下のおっしゃる通り! 我が国は女王継承を忌避する法律はない。いささか時代を遡るが、女王も片手の数ほど存在している。


「キサマ……反逆を企てたな」


 いやいや違うから。あなたが無能過ぎるから廃位されたの。良識ある貴族は誰もが理解を示されていてよ!


「これは正当な手順を踏まえた勅命だ。口を慎みなさい」


 今さら気づいたけど、青色吐息の取り巻きのすみっこに、ハンスも突っ立っていたのね。


 あらら……。そんな風に泣きっ面で縋られても、アンタなんか助けてあげる訳ないのに……。


「それから……」


 宰相閣下の通達が続く最中、わたしはローザの横顔を見つめた。


 そうだわ。女王陛下の元で宮仕えするのも、悪くないかもしれない。どうせ、次の婚約者を決めようにも、時間はかかるだろうから。


「貴族評議会の結果、次の継承者は……」


 ホール内が突如、どよめきと令嬢たちの感嘆の息が混ざり合う。場の空気の変容に視線を泳がせる。


 目の前を颯爽と過ぎ去る、美麗な横顔にわたしはおののいた。


 『クイーンズカレッジ』のサリンジャー教授? わたしだけではなく、居並ぶ令嬢たちも驚いている。


「ジブリール=ワイズ・サリンジャー卿こそ、新しき王太子殿下だ」


 その場にいる誰もが、唖然として身動きが取れない。


 確かに、彼は王家の血筋だけど、庶流の出ゆえに、ローザと比べたら優先順位は低いはず。


 あっ、まさか……。


 この瞬間、わたしの心は、嵐の如く吹き荒れた。

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