第4話 本当に驚きました。また従姉妹の次がわたしだなんて……

 先々代国王陛下の御世だから、わたしはもちろん、兄すらも生まれていない昔のことよ。



 我が国と帝国の国境に辺境伯家があり、そこの跡継ぎ令嬢が、先々代の公妾となった。



『なんでも、辺境伯家の相続をめぐるお家騒動がありまして……』



 この時の出来事を元に書かれた『ヒストリカルロマンス』が、市井では大いに売れたのだと、ナニーやメイドたちから繰り返し聞かされていた。



 サリンジャー教授……。ジブリールさまは、先々代国王陛下と公妾のスカーレットさまの間に生まれた長子を父に持つ。


 件の『ヒストリカルロマンス』を知らない乙女など、身分の貴賤に関わらず、存在しないだろう。眉目秀麗な彼とのロマンスを夢見る令嬢は多かった。



 なにを隠そうと、わたしもその類いだったりするのよね……。婚約者がわたしに興味ない。これ幸いに、叶わぬ恋に夢想していたけれども……。



「傍系への継承など」

「黙れ! そなたは、王后陛下の温情で生かされた庶子ではないか」

「な……」


 兄の叱責にサミュエルさまが怯む。あら、ご存知ない方々も少なくない? 宮廷にまつわる噂に疎いわたしでも、ローザの学友の立場だから、それとなく把握していると言うのに。


 この場で明かされた秘密に、周囲からどよめきが起こった。


 


「僕が、母上の御子ではない……」




 当の本人は、今に至るまで知らなかったのかしら。肩を落とすアホ面の側で、狼狽え始める取り巻き連中の滑稽なこと。


「かの者の王族籍は、すでに剥奪されている」


 兄の容赦ない布告を受けて、アホ面が我に帰る。それと同時に、近衛兵の一団が彼らを取り囲んだ。



「イヤよ。離しなさい」



 惚けた面持ちで兵士に身を任せるがまま、出口に向かう元王太子とは対照的に、男爵令嬢は、最後まで悪態をつきながらの退場だった。



「これで、終わりかしら」



 一部始終を見届けた令嬢たちから騒めきが立ち上る。


「あの者たちへの断罪は?」

「そうよね」


 主人の危難を見ていただけの、取り巻き令息たちへの冷ややかな声の多いこと。貴族としての栄達は、もはや絶望と言っても差し支えないだろう。



「ジブリール殿下。御前に出て下され」



 宰相閣下に促されて、長身の彼が中央に躍り出た。


「未来の妃について、すでに決めた方がいる」


 唐突な、ジブリールさまの宣誓に何処からとなく、

「ロザリンドさまのことよ。きっと……」

 かすかなささやきを、わたしの耳が捉えた。



 わかっているの。誰もがローザが選ばれるだろうと。わたしは来るべき失恋への覚悟を決めて、彼と視線を合わせないようにふるまった。



「選ばれし『フィディスの愛し子』よ」



 目の前に大きな影が広がる。目と鼻の先、とまでいかないにしても、常識ではあり得ない距離感で、彼の胸元がわたしの視界に割り込む。



「は……い?」



 あの、求婚されるお相手はローザではなくて? あっ、ぼんやりしていたら、ジブリールさまに恥をかかせてしまうわよね。


 自然の流れにそうように。わたしは片足を一歩引いて、うやうやしく首を垂れた。



「お待ち下さい!」 



 耳障りな声と周囲のどよめきに、わたしの肩がほんの僅かふるえ出す。


 ちょっと! どのタイミングで面を上げたらいいにかしら?



「トマスモア伯爵家令嬢は、僕の婚約者で……」



 あからさまな待ったの声に、今さら感が否めない。これまでと同じく、無関心のままで構わないのに。


「それならキミの実家、ニエル侯爵家から婚約辞退の申し入れがあってね」

「は?」

「我が伯爵家は、すでに受け入れている」

「あの……」

「惚けなくてもいい。当家の後継は私に戻ったのだ」


 上目遣いでハンスを見やれば、青ざめた表情で身動きが取れなくなっている。



『王命による、ロザリンド=オーモンド公爵令嬢の婚約』



 これさえなければ、兄は宰相閣下の元に婿入りする必要はなかった。


 ローザの婚約がなくなった時点で、兄の伯爵家相続が復活する。子供でも理解可能なことを、ハンスは察してくれなかったみたいだけど。



「そろそろ、よろしいだろ」

「お父さま」



 宰相閣下の再登壇に、わたしはもう一度、頭を下げる。



「私も、この場を借りて婚約を宣言したい。ローザ嬢よ」

「はい。ヴィルヘルム殿下」



 お似合いの美男美女が、互いの手を携えて、中央に進み出る。第三皇子の登壇は、ローザとの婚約を公にするため。



 そういうこととなると……。あら、わたしったらイヤだわ。


 ジブリールさまの選ぶ女性こそ、また従姉妹の方だと思い込んじゃったじゃない。



「私が『女王の婿』となると、外交上において難しい問題を抱えてしまうからね」

「左様にございますから」



 『帝室による外交干渉を避けるため』を建前に、庶流が王位を継承する。独立維持の道を選んだ訳ね。



「さて、もう一つ」



 ジブリールさまが宰相閣下を遮り、片腕を上げる。


「キミの身のふり方など、我々には関係ない。せいぜい、今までの非を侘びながら、実家で謹慎したまえ」


 抵抗の意志さえないハンスを、別の兵士が連れ出す。



「それでは……」



 さっそうと身を翻して、

「邪魔者はもういない。どうか……」

 ジブリールさまの腕が、わたしの方へと伸びる。


 彼の懇願を拒む理由、あるはずなんてないわ!



「仰せのままに」



 その腕に己が心を預けて、彼とのファーストダンスに臨む。




 曲はもちろん、『選ばれし、乙女のためのパヴォーヌ』だ。

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