第20話 Monster surprised you!(1)




 窓ガラスの破片と共に、勢い良く部屋内に飛び込んで来たのは、怪人だった。


 その身体は、黒く短い体毛で覆われていた。


 毛並みは滑らかで光沢があり、黒の中に灰色の斑点模様があった。


 引き締まった筋肉のついた胴体には、全体の引き締まったフォルムとは不釣り合いなふわふわとした白い羽毛が生えている。


 つるりとしたフォルムの頭部からは鋭い嘴が顔の前方に突き出しており、ぎょろりと大きく丸い、黄色い網膜の中の黒い瞳がこちらに向ける視線は鋭く、幾度の修羅場を越えてきたスゴ味と自信を感じさせた。


 『スキン』を着ていない怪人そのものの肉体には、ジーンズと幾つかのアクセサリーの他には何も身に纏っていない。


 武器も、鱗が生えた手の中に握られた機械小刀マシンヤッパの他には何も持っていない様子だった。


 何より目立つのが、背中から生えた、一対の大きな羽根だった。


 ピンと伸びた全長凡そ2メートル近い羽根は、割れた窓ガラスの破片がそいつの身体を傷つけるのを、傘のように弾いた。


 その特徴的な姿、その象徴的なかたち。

 見間違う事は無い、こいつは間違い無く──。


はやぶさの『翼鳥怪人トリマン』か──!」


 俺が『千秋せんしゅう』を抜くと同時に、目の前に敵の小刀が迫っていた。




「オラ!オラ!オララァーッ!」


 隼の怪人の高速斬撃が何度も振り下ろされるのを、俺は必死に刀で受けた。


 刀と刀がぶつかり合う度に甲高い金属音と火花が散り、斬打の衝撃が刀を通じて身体の芯まで響き渡る。


 ──ヤツが放つ一撃一撃が、重い。

 ──攻撃が速すぎて、防戦するのが精一杯。反撃できない。

 ──このままでは、じりじりと押し切られる。




 そんな事態に陥ってしまったことには、いくつかの要因がある。


 一つは、奇襲を受けたこと。


 『闇黒電剣流エレクトロニック・アーツ』は体内の生体電流を操作する事で身体機能を強化し、怪人をも圧倒する撃剣術である。


 それは裏を返せば、ことを意味する。


 そして筋肉内の発電細胞の操作には、強い集中力が──より正しく言えば、集中力を作る為の、多少の時間が必要なのだ。


 電剣流が技の発動に真言マントラを用いるのは、技の精度を上げるだけではなく、技の発動に必要な集中力を高める補助としてでもある。


 よって今回のように敵から突然の襲撃を受ける場合、身体能力を強化する為の十分な電力を発電出来ず、追い詰められる事になるのだ。


 現に、俺は生身の状態のまま、必死に敵の剣戟を受ける事で精一杯だった。


 怪人の素早い攻撃に押しやられ、俺は少しずつ、壁側へと追い詰められていく──。




「ひっ、ひぇぇぇっ!?」


 ようやく眼前の状況に理解が追いついたフローネは、慌てて俺たちから距離を取り、部屋の壁に背をつけた。


 ──だが、やめろ、そこは邪魔だ。

 フローネが立つそこは、隼の怪人の背後の位置だった。

 『千秋』で隼の怪人に反撃すれば、斬撃に巻き込まれる可能性がある、危険位置。




 ──充分に戦えない要因の一つに、フローネの存在もあった。


 彼女の依頼を引き受けた後悔があるわけではないが、この狭いホテル内の一室という場所で少女を守りながら戦うというのは、想像以上の精神的負担を俺に与えた。


 さらに、こちらの武器が長刀である事も良くない。


 狭い部屋の中では『千秋』ではなく取り回しし易い『照影てるかげ』の方が有利なのだが、ヤツの襲撃の際に咄嗟にこちらを手に取ってしまったせいで、俺は十分な動きが取れなくなってしまった。


 装甲外套ヨロイコート、『銀鱗ぎんりん』も壁のハンガーに掛けたままで、もしも怪人の攻撃を一撃でも喰らえば致命的なダメージを喰らいかねない。




 それに隼の怪人は確か、『世界怪人対策委員会』の情報ではAランク級の戦闘力──つまり、クモ女と同格だ。


 万全の状態でも手加減の出来ない相手に、果たしてどうやって、このコンディションで勝つ事が出来ようか。


 このままでは、負ける、死ぬ。


「どうした!?受けるだけで精一杯か!?」


 隼の怪人の攻撃はなおも素早く、強く、なっていく──。


 刀に打ち付けられる衝撃が強く。指先が痺れていく。握力が失われていく。やばい、刀を落としてしまう──。


 防戦に限界が来ようとした、その時だった。




「スザクさん!伏せて!」


 状況を変えたのは、フローネだった。


 部屋の向かい側、怪人の背後で、フローネが機械拳銃マシンハジキを構えていた。

 ──銃口を真っ直ぐ、隼の怪人の背中に向けて。


 途端に、銃声と共に三発の弾丸が放たれた。


 フローネの狙いは正確だった。


 動体視力を強化出来ていないため、薄っすらとしか弾丸の軌道は読むことが出来なかったが、それでも弾丸は三発、的確に隼の怪人の頭を捉えて飛んでいく。


 しかし──。


「ヘッ」


 隼の怪人はほんの僅かに首を傾けてフローネの方を一瞥すると、


「無駄だよッ!嬢ちゃん!」


 と、背中に付いた黒い羽を広げた。

 広がった羽根は、狙われた隼の怪人の頭絡まった昆布のように覆い隠し、弾丸はそこに衝突する──!


 そして──きん、きん、と鉄琴を叩いたような音がした。


 黒金のような艶を持つその羽は、まさしく硬度も鋼鉄の如く、フローネの弾丸を容易く弾いた。

 弾丸が当たった部位の羽は多少ばかり歪んだが、本体たる隼の怪人には傷一つつかなかった。


「そんな!」


 フローネは唖然、とした様子で銃を下ろす。

 結局、フローネのとった行動は、隼の怪人からほんの一瞬だけ、注意を奪っただけに留まった。




 ──そして、それで十分だった。

 ほんの一瞬、奴に隙が出来れば、それだけで。


「『電動』・『経始』……!」


 その一瞬に生み出す、ほんの僅かな電気があれば、この状況を打破するには十分なのだから!


 真言マントラを告げると共に、身体の奥から生体電流チカラを解放する。


「……なッ!そうか、これがカモノハシ女が言っていた……」


 隼の怪人は俺の異変に気がつくと、すぐに羽を折り畳み、自分の前方に広げた。

 先程弾丸を弾いたように、鋼のように強度の高い羽を、物理的な盾にしたのだ。


 全身の発電細胞を動員し、蒼色の電気をオーラ状に纏い、俺は起死回生の一撃を放つ。


 狭い部屋、刀は使えない、ほんの僅かの電気しか使えない、敵の身体は羽で守られており、それでも無力化しなくてはならない──。


 それらの条件をクリアし、隼の怪人に届く一撃、それは──。




「『暗黒霆拳流エレクトロニック・アーツ』──『麻痺撃まひうち』!」




 邪道であったが、徒手による、他流派の奥義を放った。


 それこそがこの戦闘状況における、最善の一手であった。


 ──かつてレイディンから戯れに見せてもらった奥義、『麻痺撃まひうち』。


 術理はごくシンプル。

 体内の生体電流を拳に集め、放つのみ。


 単純だからこそ俺が見様見真似で扱うことができたが、それでも、レイディンが放った技本来の威力とはまるで追いつかない、劣化コピーの一撃であった。


 だが、怪人一匹を気絶させるには十分ではあった。


「ガ……ガガガガグァァァ!」


 拳が隼の怪人の羽に触れると、隼の怪人はけたましい叫び声を上げた。


 ──電気を用いた攻撃の真髄は、体外へのダメージではなく、体内へのダメージにある。


 体内に熱傷を発生させたり、末梢神経をショートさせて後遺症を残したり、筋収縮で内蔵を傷つけたり──体内に引き起こすダメージは、目には見えない。


 隼の怪人の羽がどれだけ強靭な硬度を持っていても、体内への攻撃は防げないのだ。


 感電さえしてしまえば、どれだけ硬い身体の生き物にもダメージを与えられる──電剣流や霆拳流が怪人に対して有効なのは、そうした理由がある──。


「吹っ飛べ」


 拳に乗せた勢いのまま、隼の怪人を殴り抜ける。


 隼の怪人は見た目の割に身体が軽く、容易く窓ガラスの方まで吹っ飛び、ガラスを突き抜けて、ホテルの外へと落ちていく──。


 やがて、窓の外から何かが地面に衝突する音が聞こえて、俺はようやく緊張を解き、フローネに一言、声を掛けられた。


 「ありがとう。──君のおかげで助かった」


 



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 ハヤブサは世界で最も速い動物だそうです。

 かの新幹線「はやぶさ」の名前の由来となった動物ですが、新幹線の方の「はやぶさ」の最高速よりも、動物の方のハヤブサの方がもっと速いとかなんとか。

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怪人街 〜サイバーパンク・サムライヤクザ〜 君のママン @your_mom

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