第5話 正当な
さて、困った。稚内から苫小牧に出てフェリーに乗りたい。ところが偽名の個人情報なんて持っていない。
全国指名手配だ。名前を知られたら厄介だ。フェリーはともかく電車には乗ることが出来るか。
あの頭の悪い下級の奴らの前に出されるのは不幸の極みだ。裁判官や検察なんて脳のすっからかんがやる仕事だ。あいつらに私の正義の価値観が分かるとはとうてい思えない。
まずは南下することにした。バスの時間を確認し、早々に店を出たが、店員の怪訝な顔にこちらまでニュースが届いているかもしれないと思った。なおさら早く出ないといけない。
南稚内までバスだ。今日中に函館に行くことが出来るだろう。
特急を何本も乗り換えるのはいい睡眠時間にはなったが、覚醒してからはお尻が痛かった。遅延も無く函館には二十二時についた。外は雨だった。
ホテルに入るには身分証明書が必要だ。駅の隅で野宿だろう。ひさしの小さなスペースに身を潜めて座った。
「もう逃げることは出来ないね。残念」
七歳の息子はケラケラ笑った。
「あなたは私が捕まるのは嬉しいの?」
「僕はね、ママの中に残った良心なんだよ。頬の傷だってママは何があったか知っていたんだよ。すごいよね。全く違うんだもん」
「で、それで?」
「悲しくないの?」
「私には関係ない事よ」
分かっている警察官の姿が見えた。
「もしここで認めてくれたら、ママの刑務所での記憶を僕で守ってあげる」
「私の良心に跪《ひざまついて詫びろと?」
「そうだよ」
しばし考えた。でも私にとって結論は一つだった。
「私はただ自然に殺しただけでそれが悪だと思っていない。それが悪だというのなら私はお前を殺す」
正当な怒りだ。息子とは言え、私の名誉は奪わせない。
「あっそ」
私の前に七人の息子が見えた。
「お姉さん、警察。ちょっと事情聴きたいから交番に行こか?」
「私が何を悪い事をしたっていうの。先に親切で殺してあげたくらいで出てこないでよ」
「お姉さん、暴れないで」
「私は息子を殺したけど、とてつもない善意よ。何がおかしいのよ」
次に気がついたのは手術服を着た男だった。
「あ、これ? いや、白衣よりは親しみやすいと思ってね。逆効果って言われたけど」
「そうだと思わないわ」
「それさっきも言われたわ。で、なんであんたは子どもさんを殺したん?」
「殺した?」
「うん」
「あれは正当な善意よ」
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