第4話 事実
「あなたは私だから、私がお腹いっぱいになったらいいでしょ」
「ママはさ、もう少し想像力を養った方がいいよ。本当に目の前に息子がいたらどうするかって」
「今日までの経験で仮にあなたが妄想だとしたら、あなたを殺した時点で悲しみと罪悪感に苦しんだ私が逃避行を続けながら精神を病んでいくというストーリーかしら」
「殺す前からだよ」
お腹が空いたので、とりあえずご飯を食べることにした。
「ママ、今僕の身体がどうなっているか興味無いの?」
「腐敗が進む日数には興味はあるわよ」
「僕の身体はどうでもいいんだね」
「だって、あなたは私じゃない」
息子は黙るしかない。あくまで妄想だ。主は私だ。
「なんていうかさ。もう少し楽しもうよ。そうだママさ、右頬っぺたに切り傷をつけているじゃん。あれね、友達の遠木君と木登りをしている時についたんだよ」
「それがどうしたの」
「そろそろさ、テレビ見ようよ。僕たちきっと有名人だよ」
テレビをつけてもさほど面白くない芸人がゲラゲラ笑っている番組、キャスターが今日のトピックを取り上げている。
私たちの情報はまだない。出張の帰りが遅れているのかもしれない。
「明日はどこ行くの?」
ゆっくり旭川まで行き、稚内を目指した。少し肌寒かったが春の陽気はいいものだ。
日本最北端の駅とあってか観光客はいて、中には鉄道ファンもいるようだ。もうこの時には夜だけではなく、昼にも息子は出てきていた。
旭川で九歳。そして今日稚内で八歳。みんな雨だった。不本意だが歓迎されていないように思えた。
もし息子が出なくなったらどうなるのだろう。破滅や逮捕か。罪を償うつもりはない、大体世間がいうような罪を犯した覚えはないのだ。
死が訪れるのが早いか遅いかだけのこと、殺すのは様々な意味で簡単、虐待をするより悪ではない。
そう思っただけだ。何にしろ時はいずれ訪れるだろう。その時にこの妄想は終わるし、自由を迫害されるだろう。
「あと何日?」
「五歳に戻る日?」
「戻ったらどうなるの?」
「知らなーい」
テレビからは大阪幼児惨殺事件の放送が流れている。
五歳の男の子が首を絞められ殺害され歯を七本ペンチで抜き取られ居間に放置、出張から帰ってきた夫が見つけ救急車を呼んだが、その場で死亡を確認。
妻がいなくなっており、その妻が事件に関与しており全国指名手配している。
専門家という人間が歯を七本抜き取った事実を様々な視点で解説していた。
「世の中には暇な人もいるのね」
「暇だから殺したのでしょ」
「それも一理あったかもしれない」
「殺す理由としては最悪だね」
ふと画面に出て来た婦人を見て、ハッとした。
「ね、僕はママの妄想じゃないでしょ」
うち息子はよく殺された子と遊んでいて、木登りで右頬を切ってしまったことがあって、私殺された子にまだ謝って無くて。
「言ったでしょ。ここだよ」
一線、きれいな切り傷があった。
私は驚愕した。そんな馬鹿なだって息子はそんなこと一度だって言わなかったじゃないか。
「ママは何で喋る時にこっちを見なかったの?」
はっ、はーはー。窓の外は明るかった。八歳の息子は終わった。
明日は七歳、次は六、そして五である。
稚内が最北端では無いことを知ったのは朝になってからだ。宗谷岬というのが最北端であるらしい。バスで向かう途中、息子は楽しそうに視線をうろうろと回している。
「一番北まで逃げちゃったね」
「もう行くところが無いわ」
「船はもうないの? そっか、全国指名手配だもんね」
「七歳のあなたが指名手配なんて分かるとは思えないわ」
「小学生なら指名手配って言葉くらい知っているよ、ママ」
「あなたがママと呼んだのは久しぶりだと思うけど」
「感情がなさすぎるって言いたいの? だって僕、ママの子だよ。パパは単身赴任で家にいない。あんなAIみたいなママに育てられていたらこうなるよ」
「子どもとして異常だわ」
小さい声で話したら不審だと思い、改めてバスの中を見ると誰もいなかった。次は宗谷岬だそうだ。朝一番だったからだろう。
「異常なのはママだよ」
息子の方に向くと姿が無かった。宗谷岬に立っても、立った。雨なので見えるかもしれないと思った島も見えず、最北端に来たとしか、思えなかった。
お腹は空いたかもしれない。海鮮丼と書いた店は様々あったので、てきとうに入り、平然と食べた。
息子の分は必要だったかしらなんてことを一瞬だけ思ったが、別にいらないだろう。空腹を訴えていなかったし、お腹がすいたら出て来るだろう。その時に与えればいいだけだ。
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