第3話 善き行い

「ママ、こんばんは」


「反抗期は無いのね」


「来る前に僕を殺したからだよ。だから僕はずっとママが大好き」


「好きなママに殺される気分はどう?」


「うちはうち、外は外」


「そんな難しいことよく分かったわね」


「つまり外のことが分からないけど、僕がママを恨む理由は分からない。僕はママが大好き」

 疲れた。起きても北海道では無いだろう。先端に行くのだ。


「もう寝るの?」

 十一歳の息子は言った。そんな気がした。この声がしなくなる日まで旅は続けよう。


 起きた頃には息子の気配は無かった。

 遺品を調べたら歯が一つ無くなっていた。船の上というのは幸いテレビの電波があまり入ってこないし、うっかり私の顔が映っても化粧はかなり変えているので見つかることもあまりないだろう。


 船の外を見ると雨だった。船内放送で雨なのでいつもより揺れると注意喚起があった。酔ってしまう者がいるのだろうか。


 小樽到着は二十時五十分、天候は雨強風。くれぐれもお気を付けください。

 そうアナウンスがあった。


 泊まるホテルを考えていなかったが、札幌まで行けば何とかなるだろう。

 札幌に着いたのは二十二時だった。電車が人身事故で遅れていた。ホテルに入ったのは二十二時半だ。


「ママ、お帰り」

 待っていたのはフェリーで出会った息子よりは小さい息子だった。


「あなたは何歳?」


「十歳だよ」


「そう。何が食べたい?」


「今日は色々話を聞いてくれそうだね」


「昨日は疲れていたの。雨も降ったし」


「妄想だから、寝れば治ると思ったでしょ」

 無言は全てを物語っていた。


 疲れているから、これから出会うはずだった息子の幻影を見たのだろう。きっと息子を愛していたからこそ、息子の幻影げんえいにあうのだろう。私はそう思っていた。


 私は一瞬たりとも自分が恨まれていると思わなかった。特に間違えたことをした覚えも無いのだ。


 命を終わらせてあげた。これから辛いことや悲しいことに出会う前に救済してやった。私は善き行いをしたと思っている。


「ママはさ、何で僕を殺したの」


「血で汚れないように首をしめたでしょ」


「そーいうことじゃないんだけどな。結局、汚れたし」


「今日は何を食べるの?」


「ママが食べたいものを食べるよ」


「お金はたくさんあるから、寿司でもいいわよ」


「独り言をしながら、店に入るなんて不審者の極みだよ」


「不審者? あ、そうね。そうだったわ」


「今日はコンビニで買ったご飯を食べよーよ。生きていた頃はコンビニなんて夢のまた夢だったからさ」


「でも、あなたは生きていない」

 そう言いつつも耳にイヤホンをつけて買い物に出た。


 傘を持って少しだろうと思った雨はよく降っていた。

 コンビニはセイコーマートというらしい。家の近くのコンビニより広かった。


「うわ、これフルーツのヨーグルトだ。好きだったんだ。買ってよ」


「あなたはフルーツ好きじゃないはずだけど」


「気を使ったんだよ」

 私がよく知る五歳が使う気なんてあるのだろうか。五歳というのはわがままでこっちの言う事なんて聞く耳も持たないモンスターらしい。


「僕、焼きとり食べたいな」


「こっちでは鳥じゃなくて豚よ」


「豚でもいいよ。肉が食べたいー」

 聞かん坊のそれではなく、不平を述べた。ただそれがかなえられないことを知ってという意味を重ねていた。


 妄想でも主は私だ。


 私もお酒を飲むという希望は無かった。かつ丼にサラダとミニスパゲッティを買いホテルに戻った。

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