第2話 失礼ね
待っているうちに料理が運ばれてきた。息子と二人といっていたが、何かを察したのか。
お子様ランチではなく、大人用の膳を二つ持ってきた。
向こう側の膳の正面に息子の一式を置いた。もうこんなに大きくなって、私と膳を食べている。
なんと感動的なことか。大人になったね。そう言いながら私は歯の入ったジップロックを対面に置いた。
何も邪魔が入らない、良かったね。楽しい旅だ。ジップロックから出たいのかな、いいよ、誰もいないから出してあげるね。
不思議なことが起こった。歯を七本いれたはずなのに、歯が六本しかないのだ。抜き間違えか、元々六本しか入れていなかったのか。
何にせよ、仕方ない。残りの息子と旅を始めよう。まだ息子は六人もいるのだ。
雨の音がする。夜、息子を布団に入れていた。私は寝相がいい方ではない。なので、息子を布団の中に入れることは出来なかった。ジップロックの中とはいえ、息子をむちゃくちゃにしたくなかった。
「なんで殺したの」
深夜、頭の横で気配がした。目を開けないでも分かる。息子だ。
「殺すのが普通だから殺したの」
目は天井を見たまま答えた。
「ママにとっての普通は僕を殺すことなんだね。笑える」
息子は五歳だった。こんなにたくさんの
「僕は十二歳から始まって、一日一日歯が消えていく。ラストは五歳だ」
「成長したのね」
「誰かに時間を止められた恨みだね」
恨みか、おかしい。人には平等に終わりが訪れる。それをこの気配は恨みだという。それは恨むことではないはずだ。早いか遅いかの違いだ。
「ママってもしかして精神異常者? なんかぶっ飛んでいるからさ」
「精神異常者の方が正しい世の中があるのよ。坊や」
「つまり僕の存在もママの一言一句考え方も狂っているね」
「死んだ息子が枕に立つのは世の中的には親孝行よ」
「明日もよろしくね。ママ」
朝食は部屋食だった。こういう時は悲しみをたたえて暗い朝食を過ごすのか、それとも元気に振舞うべきか分からなかったが、きっと前にある御膳は食さない方がいいのだろう。
食してしまったら、おそらく怪しまれる。ここで不信感を抱かせてもいいことはない。それよりも最後まで息子を失った可哀相な婦人を演じるべきだろう。
窓の外を見ると雨だった。窓に打ち付ける雨水がその激しさを物語っていた。参ったな、傘を持っていない。
「あのー」
呼んでみたが返事が無い。傘を売っているところを探すべきだろう。この温泉街で傘も差さず歩く女は怪しいだろう。
仕方ない。まずはご飯を食べよう。美味しい、鰆は西京味噌焼きか。焼き立てだった。それだけでこの旅館に泊まって良かったと思えた。
お腹いっぱいになった。移動着に着替えて外に出ようか。
「お客さん、傘は?」
前払いだったので、宿を出ようとして気がついた。そうかさっき傘を貰おうとしていたじゃないか。
「行きが晴れていたので、もうずっと晴れかと思いまして」
「お客さん、この傘使ってください。旅行客が忘れていくんです。お子さんを濡らすわけにはいかんでしょ」
そう言って、宿屋は私が握っている定期入れを見た。何を見ているのだろうか、そんなに交通系電子マネーが珍しいのか。そうかここで同情を誘える。
「最後の旅行なので」
「うちも子ども亡くしていて、最後の旅行楽しんでください」
「ありがとうございます」
小さな温泉町を出た。今日は十二歳、あと七日は出てくるのだろう。一先ず高速バスに乗った。そこから電車を乗り継いで、フェリーに乗った。個室が空いていたのはラッキーだった。一刻も早く、自由が利くうちに息子と共に昔行った北海道へ行こう。
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