第24話 クーデターの意味


 その夜。俺はネットでタイの政治のことを勉強する。

 タイは民主主義になったのは、1932年だ。立憲革命により、絶対王権から民主主義になった。しかし、1950年から1970年には軍事独占政権になった。その後、国民の手に順次移行したことになる。

 タイでは、タイ政治体制の周期的転換モデル、というものがある。簡単に言えば、政治が悪に働いた時に、軍はクーデターを起こし、憲法を制定するのだ。その繰り返しのサークルだ。タイでは1度の革命、12度のクーデター、13度の失敗したクーデターが存在する。

 どれも、軍が介入したものだ。

 そして、タイには三大勢力が存在した。

 それは軍、政治家、王権だった。

 軍がクーデターを起こすと、国王はそれを認める、認めないことをすることができる。

 王はこの三つの勢力の一番上でも過言ではないのだ。

 そして、俺は今回クーデターの引き金を起こしたものを調査する。

 今回クーデターを起こしたものの名前はプラユット・チャンオチャ。陸軍大将だ。

 彼はこう放つ。このピター政権は贈賄、悪政治を行われているため、我々は軍をもってクーデターをしなければならないのだ。


 ……正直、反吐が出るほどの言い分だ。


 まずは、その贈賄や悪政治が行われていると言われている政治であるが、証拠はないのだ。

 信憑性がある情報源はどこにもない。ただの口論でしかない。

 ピターが贈賄している事実はどこにもないのだ。

 

 

そこで俺は調査を深まる。

一体、誰が、この発言をしたのか。

そこで、気づく。この贈賄と騒いでいる人は野党の人間からだ。

 証拠はない、ただ、ぽつりと議会で発せられたものだけだ。

 それとともに、王権を奪還しようという噂が流れ出た。

 

 このデマのでところは一体? どこから?


 俺は吐き気を感じたので、パソコンを閉じる。

 タイの政治を学べば学ぶほど、ムカムカする。

 今回クーデターが行われた根拠が明白ではない。ただ、悪政治が行われただけがクーデターの正当化の言い分だったのだ。

 俺はクーデターをした、プラユットの前でタイの政治を語らない、と我慢はできるのだろうか。

 今回の約束、それはタイの政治に口を出さないこと。

 俺はマリが無事であれば、政治の話をするつもりはないのだ。


「明日の準備をしないと」


 俺はタイへの滞在する準備をする。2、3日を滞在する予定だった。

 パスポートはもちろん、服装は夏服を二、三枚用意する。4月のタイは夏の季節だ。一番暑い季節にタイに行くのだ。

 荷物をまとめられると、俺は就寝につく。

 マリを奪還する。それが俺の願いだ。


 ⭐︎⭐︎


 翌朝。俺は荷物を持ち、自室を出ようとする。

 そこで、俺は机に飾っている一枚の写真に気づく。母さんの写真だ。ヴァイオリンを構えて、舞台に立つ凛々しい姿だった。


「母さん、俺、行ってくるよ。マリを連れて帰るよ」


 俺はそれだけ言って、部屋を後にする。

 一階へ降りると、父さんはトーストを焼いていたのだ。


「起きたか、ちびすけ。トーストを食べていきな」

「ありがとう父さん」


 俺は父さんに礼をいうと、父さんはトーストが乗った皿を受け取った。

 父さんが作ったトーストは一流せシェフに等しいのだ。

 俺はジャムをかけてから、トーストを堪能する。

 これが、日本での最後の食事になる。


「じゃあ、父さん。マリを向かいに行きます」

「ああ、気をつけてな」


 父さんと別れをいうと、俺は父さんとハグをする。

 それから、俺は店を後にし、羽田空港へと向かった。

 学校には数日間の休暇を伝えたのだ。前田教授は納得していない様子であるが、気をつけるようにと注意してくれたのだ。

 羽田空港に着くと、俺は梨田さんにあったのだ。


「昨日はよく寝れたかい?」

「はい。バッチリです」

「良い顔だ。じゃあ、行こうか」


 梨田さんはそういうと、俺たちは特別チェックイン窓口に行く、普段の航空機ではなく、俺たちはプライベートジェットに乗るからだ。

 パスポートを出国審査を通してから、俺たちは出発ロビーを出る。

 小さな、プライベートジェットに乗り込み、俺はシートベルト着用する。


「春樹くん。君の立場を伝えよう。君は私の助手としてタイへ向かっている。決して、一人で身勝手な行動をしないように」

「それがタイの政治を口にしない、ということですね」

「そうです。国際問題になりますから」


 梨田さんは俺に注意し出した。

 他国の政治には決して踏み入らない。それが大使の暗黙のルールである。

 大使が気にしなくてはならないのは、タイに住んでいる日本人の安否だ。

 悲しいことに、そこにはマリが入っていないのだ。

 でも、俺は絶対にマリを救い出すんだ。何があっても。


「予定を話します。タイに着陸後、クーデターを起こしたプラユットと会談をします」

「急ですね」

「ええ。日本人が巻き込まれていないのが、安全確認が第一ですね」


 裏を返せば、この会談はこのような意味を持っている。

 日本人は、タイの政治に首を突っ込まない。だから、日本人の安否を保証すること。

 これが、大使の役目なのだ。

 だが、俺はタイの政治について学ぶ。

 短い間だが、このクーデターが起きた経緯を調べたのだ。


⭐︎⭐︎


 やがて、プライベートジェットはタイの空港、スワンナプーム国際空港に着陸する。

 俺たちは飛行機を降機する。

 手荷物検査をされると、空港を出た。

 出た先には黒いリムジン車が俺たちを出迎える。大使館の車だと、ネームプレートにそう記載されていた。

 俺は緊張を隠さずに、そのリムジン車に乗ったのだ。

 目標は国会議事堂だ。プラユット氏と対面だ。


「いいですか。決して、タイの政治に話を広げるのではないのです」

「わかりました」


 俺はそう答えると、梨田さんは頷く。

 やがて、車は国会議事堂へと入っていく。

 俺たちは国会議事堂に降りると、軍服のお偉いさんが俺たちに敬礼する。


「梨田さま、待っていました。どうぞ、中へ」


 一人の軍服のデブったおじさんが俺たちを出迎える。

 彼がプラユット・チャンオシャ。クーデターを実行した人なのだ。

 俺たちは案内されたまま、国会議事堂の中に入っていく。

 タイ文化をアピールする絢爛な建物は鳥肌が立つような場所であったのだ。

 そこから案内された場所は、議事堂ではなく、特別応接室へと案内された。そこに待っていたのは、数々のマスコミだったのだ。

 この会談は全国のマスコミが重要視していたのだ。

 それもそうだ、発言を誤れば、日本代表はこのクーデターに賛成することになるのだ。つまり、このクーデターがどう重視されるか変わるのだ。


「ささ、お座りになってください。ミスター、梨田」

「ありがとうございます。プラユットさん」


 両者はにこりと営業スマイルを受けベルト握手をする。

 マスコミはその瞬間を捉え、写真の中に収める。

 俺は梨田さんの邪魔にならないように、彼の隣に立っていた。

 え、こんな状況に立たされるなんて、聞いていないぞ。めちゃくしゃ緊張するのだけど。


「では、まずはクーデターを実行した件についてだ。それはこの国が混乱に陥ってしまったからです。タイ人の一人としては、この状況を一刻も早く解決したいため、クーデターを実施いたしました。現状は憲法の廃止、及び新しく制定することに心かけています」

「承知しました。しかし、タイと日本の関係が途絶えなく健全な関係を保つことが第一歩の交渉条件だと我々は思っています」


 梨田さん。相打ちがうまい。

 相手の正当化に対して、全く同情の体制を見せない。クーデターはあくまでもそれは他国で起きた問題であり、こちらは手を出さない。

 そこ代わり、健全な関係を保てるか、確認をとっている。

 外相とはこういうことか、と俺は梨田さんの頭の回転に感動する。


「それを聞いて安心しました。我々、タイ人としてはタイ日間系を途絶えることはありません。そのため、一刻も早く国内問題を解決していきたいと考えています」

「平和な解決方法を願っています」

「もちろん、我々は平和で問題を解決する予定です」


 もちろん、プラユットが放った言葉は嘘である。

 俺はこの国に来る前に何名か逮捕された人が続出した。

 それも、このクーデターについて反対するものだ。ただ、ニュースにはなっていないのは明白だ。


「我々は平和、かつタイ王国のためにクーデターを起こしたのです。でも、安心してください。犠牲者は誰も一人、ありません」


 俺はぎゅうと、拳を強く握りしめる。

 このドス黒い執念が見え見えだったのだ。

 さっきから、俺は違和感ばかりで気色悪いと感じた。トドメに、犠牲者が誰一人も出ていないことだ。


「犠牲者? あるに決まっているのだろ」


 俺は黙って聞いていることはできず、立ってしまった。

 そして、タイ政治について口出ししない、ルールを破る。


「マリはどこにいる!」


 プラユットは顔をひきづって、とぼける。


「恐れ多いが、あなたは?」

「マリの婚約者だ。ピターの娘マリはどうなっている? 彼女の安否を確認するためにタイへと来た!」

「聞いたところで、君に何ができるんだね?」

「何?」


 プラユットはニヤリと笑うと、俺の全身の毛が震えだす。


「正義論について話をしよう。正義とはね、保守派でも促進派でもないのだよ。権力を持つものが、全ての正義を得られるのだよ」

「それはどういう意味だ!」

「そのまんまの意味です。正義は権力者にあらんことをね」

「マリはどこにいる?」


 俺はプラユットに再度尋ねる。

 権力論だが、正義論だが、俺には関係がないのだ。

 俺は彼女を日本に連れ戻すために、ここにやってきた。

 だが、プラユットの答えに、俺は震えが止まらなかった。

 そして、彼は口を開けると、俺は絶望する。


「マリなら、明日の結婚式典で忙しいのだよ」

「なっつ!」


 俺の唖然には裏腹に、プラユットは憎たらしい笑みを浮かべていた。

 マリは俺の婚約者だ。婚約破棄され、他人と結婚される


「ピターと合わせてください!」

「それは出来ない相談だね。犯罪者と面会するのは、

「平和な解決をしだのでしょう? なら、彼は生きているはずです」

「ふむ。なら、刑務所に行くがいい。とは言っても、ピターにあっても、君は何もできない」

「っつ!」


 人を見下すそのプラユットの目が俺は気に入らなかった。

 でも、ピターに合わない限り、この状況がよくわからない。

 マリを救えるのか、救えないのか、これはピターの状況によるのだ。

 俺は諦めない。マリを奪還するのだ。


⭐︎⭐︎


 俺たちは国会議事堂を去り、刑務所へとやってきた。

 ピターとの面会をするためにやってきたのだ。

 鉄格子の先に、彼は鉄パイプに座っていたのだ。


「やあ、春樹くん。わざわざここまで来てくれて」

「ピターさんこそ、一体何があったんですか?」

「ちょっと、お偉いさんと喧嘩してね。これがこうなったのさ」


 ピターはダンディさを忘れず、鉄格子の中でもヘラヘラと笑っていた。

 おまりにも元気だった。囚人だとは思えなかったのだ。


「ピターさん。教えてください。マリはどうなっているのですか?」

「マリはね、人質にされたのさ。僕が2度と政治力をつけさせないためにね。軍のお偉いさんと結婚するようにね」

「なっつ……」

 

 俺は歯茎を噛み締める。

 マリは人質に取れられた、しかも、知らない人と結婚することになることになったなんて。


「マリを救う方法はないのですか?」

「ごめんね。僕がちゃんとしていれば、こんなことにはならなかったよ」


 ピターはどうしようもできない、と肩をすくめるようにして答える。

 自分の政権は2度と握れないと。

 でも、俺は諦められなかった。この人が悪政治を行った事実はないのだ。ただのはったりでしかない。抗議すれば、もしかすると、クーデターが悪に写り、このクーデターが失敗する可能性もあると考えた。


「あなたが戦えば、マリは救われます!」

「それは出来ない相談だね。少年」

「なぜですか? 俺は、タイの政権のことはわからないですけど、あなたが悪政治を行った事実はないです! 裁判で抗議をすれば……あなたに疑われた容疑も晴れるかもしれない」

「それができないだ。少年」

「どうしてですか?」

「これ以上、血が流れるのは見たくはないのだよ。少年」


 最初は俺はその意味を理解できなかった。

 普段、罪の疑いがあれば、それに対して抗議し、自らの潔白を主張するのが当たり前だ。

 でも、この人はそうしなかった。

 なぜか?

 次の彼が口にする言葉に俺は理解してしまうのだ。


「僕が抗議すると、民衆が巻きこまわなければいけない。そうなれば、軍と民衆の対立が深まることになる。内戦が起きる可能性が高いのだよ。少年」


 ピターが放つ理由に俺はやっと理解する。抗議が最終答えではないこと。

 この人はタイの民衆を愛している。悪政治を行なわれようがなかろうが、疑われた時点で彼の政治の道は詰みなのだ。


「僕はマリのことが好きです」

「君がマリを好きでいてくれてありがとう」

「タイの政治のことも理解できていません。だから、マリを救いたいのです。彼女が身も知らずにの人と結婚するのを黙って見過ごすわけにはいけません」

「そうだな、君からすれば納得はいかないね」


 ピターは苦笑いを浮かび、どこか悲しそうな表情を作り上げる。

 娘が危険なのに、彼は何も手足出すことだできないのだ。

 娘と民衆、二つの人質をとらわれたため、動くことはできない囚人なのだ。

 俺はどうして無力なのだろうか。喫茶店の子でしかない。日本という平和の国に生まれ育ち、こういう場面になり、無力になる。どうしようもない権力の前では俺は一般庶民以下だ。

 ……自分が悔しい。


「君は、この人に会うべきだ」


 俺は血が出るほどは奥歯を噛んでいると、ピターは一枚の名刺を俺に渡してくる。

 俺はその名刺を受け取ると、名前を確認する・


「……誰をですか?」

「僕の後輩。革命家のロームくんだ」


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