第23話 鎖国された国
みなさん。タイの政治はご存知でしょうか?
タイの表では民主主義を掲げているが、実際には王権主義(サクディナー)と村落共同体思想であった。みんなは王へ忠誠し、王へと貢献しなければならない。
王は絶対権限があり、誰もそれを覆そうとするものは相当な罰を受けられるのだ。
言葉を変えれば、外見的立憲主義だ。王は憲法の上に立ち、罪を囚われることはないのだ。タイの首相になるには3つの段階を踏まえなければならない。一つ、国会議員になること。二つ、国会議員に選出されること。三つ、国王に任命されることだ。
首相の権力は日本とは違い、国王より下なのだ。
そこで、首相が優秀な人であるとしよう。
首相がこの国の発展に地味じみに努力し、憲法改善を行なうことを努力する人間で、促進派で、国を改善を試みるならば、保守派はそれを黙って見守っていない。
将来は国王より権限が多くなるかも知れない、と恐れられるのだ。
……出る杭は打たられる。
決して、首相が国を納めているのではない。
だから、国王は軍を動かし、クーデターを実行したのだ。
憲法を廃止し、新しくゼロから作り上げる。
それも、国王や貴族の権利が有利になる条件のもとで作成される。
だから、タイは永遠に発達途上国なのだ。この悪循環を抜け出せない限り。
⭐︎⭐︎
マリが帰国してから一週間。
俺はいつも通りの生活を送っていた。別にマリがいなくても、俺の日常は変わることはないのだ。
朝起きて、学校へと行き授業を受ける、昼休みにヴァイオリンの練習、放課後にもヴァイオリンの練習をして、帰宅したら店の手伝いをする。
この一週間のその繰り返しをしていたのだ。
「ミス多くなっていない?」
瑞希はぽつりとそう言い出す。
昼休み。俺たちは音楽室で練習している時のことだったのだ。
「俺は真剣に練習しているけど」
「まあ、上達しているのは確かだけど、ミスが多くなった気がする」
「気のせいだろ?」
「いいや、マリが帰国したと後からミスが明らかに多くなっているわ」
瑞希はそう指摘するが、俺はそっぽをむく。
図星をつかれたことに
この一週間は俺は経っても寝てもいられないのだ。
マリが帰国し、その後から連絡一つないのだ。
彼女の安否を知らないでいる。
一体、タイでは何が起きているのか、俺はザワザワする。
テレビの報道はよくわからない状況としか有耶無耶になったまま報道している。
「今日はもう帰ったら」
「え? 練習しだしてから30分も立っていないよ」
「でも、続けて練習しても無駄だと思うわ。心がここにあらずっていう状態よ」
確かに、俺はマリのことばかり考えて、何もかも集中していないのだ。
瑞希の言う通り、このまま練習しても成果は得られないと、理解した。
だから、俺はヴァイオリンをカバンにしまった。
本日の練習はここまでだ。
「ごめん。瑞希。俺、先に帰るよ」
「うん。そうしな」
俺は瑞希と別れを言う、帰路へと帰ったのだ。
調子が上がらないのはこの一週間毎日のこと。
マリが帰国してから、俺はヴァイオリンのやる気をどこかで失っていたのだ。
「今日は帰って、美味しいご飯でも食べて寝るか」
俺はそう呟くと、自分の足は喫茶店ラッセルの前に立つ。
雉丸が俺の足に絡みついてくる。にゃあと甘い声で鳴く雉丸だった。
お前も、マリに会いたいのだろう。
と、俺はそう考えていると、店の中へと入る。
「よう。ちびすけ。お前への客だ」
父さんは珍しく、喫茶店側の椅子に座っていたのだ。
向かい側にはメガネをかけた初老の男性がびっしりとスーツ姿で座っていた。彼の手にはこの店の自慢のコーヒーが注がれていたのだ。身だしなみからただものではないとすぐにわかったのだ。
だから、俺は話題に入るため、
「この方は?」
「自己紹介が遅れました。わたくし、梨田和也と申します。日本の外交省、タイ特命全権大使。つまり、タイにおける日本大使館の人だ。よろしくお願いします」
梨田さんは丁寧に自己紹介し、俺は慌てて頭を下げる。
タイ特命全権大使。つまり、タイにおける日本大使館のトップな人間であるのだ。
「あなたが来たと言うことは、マリの安否を知っているのですね。教えてください。タイで何が起きたのですか? 日本の報道はうやむやにしています」
「……ええ。結論から言います。今の彼女は無事です。しかし……」
梨田は渋い顔を浮かべてから、こう放つ。
「タイでクーデターが起こりました。マリの父親。ピターが失権したのです」
「なっ!?」
クーデター。その言葉を聞くと、俺は恐怖を感じた。
平和ボケしている自分がいて、その世界の反対でクーデターが起きているのは、予想を遥かを越えていたのだ。
でも、外人な俺にタイの問題を理解できるとは思っていない。このクーデターもどうして起きたのか、俺には全くわからないのだ。
「怖がる必要はありません。タイではクーデターはいつものことです。政治家が悪政治をした時に、軍が憲法を廃止し、新しく施行します。その繰り返しで国を納めています」
「でも、マリの父さんは悪政治をやっていないですよね? やっていたという証拠はあるのですか? それにもし、賄賂や悪政治を行っていったら、まずは裁判じゃないのですか?」
そうだ。俺はマリの父、ピターについては何も知らない。
けど、悪政治を起こしたからと言って、クーデターは違うような気がした。
まずは事実調査、裁判、判決、この三つの段階で罪があるかないか判断するのが一般だと思った。
でも、梨田さんの答えは俺を落胆させる。
「そこの辺は外国人のわたくしとしては何も言えることはありません。わたくしも帰国したのは、総理大臣にタイの状況を報告するためです」
「事実を確認しないまま、日本に戻ってきたのですか!? マリのお父様はいい人です。悪政治を行うような人ではありません!」
話にならない。と思った俺は啖呵を切った。
横で話を聞いている父さんは俺を制する。
「ちびすけ。ちょっとは落ち着け」
「落ち着いていられないですよ! マリが危ないのです」
「だから、今は無事だって言っているじゃないか。ちびすけ」
父さんはそういうと、テレビを開く。
丁度、午後のニュースを報道することになった。
そこで、タイについて報道された。
現状、クーデターで前の首相が失権したのだという報道以外何もわからない。
「春樹くん。他国の政治は君が思っている理屈が通用するわけがないがないのです。タイにはタイの事情があって、クーデターが起きたのです」
「っつ!?」
俺は唇先を噛み締める。
確かに、俺はタイの政治には何も知らない。
一ミリも知ることはなかったし、理解しようとしなかった。
でも、俺が一番に心配しているのはマリの安否だ。
「それと春樹くんにはもう一つ伝えなければならない」
「なんですか?」
「マリから婚約破棄の話が来ていた」
「なっ!?」
俺の全身汗を掻く。
マリから婚約破棄だなんて、俺は納得がいかなかったのだ。
「納得がいきません」
「わたくしからは何も言いようがありません」
「俺、マリに会って、話をしたいです。俺もタイに行きます!」
俺は拳にぎゅうと力を入れる。
マリの婚約破棄は、きっと彼女の本心ではないのだ。
何か裏があるのだ。と俺は確信する。
「でも、あなた一人でタイへ行くのはい危険です」
「わかっています。でも、婚約者が大変な目に遭っているのです。何もしない自分は嫌です!」
今でも、タイへと飛びっ立ちたいと思ったのだ。
俺は今でもたっても寝てもいられない。俺はマリにあって、彼女と愛を語るのだ。
「でも、タイは鎖国しました。今では、一般航空では着陸することは許されません」
「でも、あなたならいけるのですよね?」
「その通りです。大使は入国申請を通せば、クーデターの軍も入国を許すと思います」
「ちびすけ、春樹をタイに連れて行ってください。お願いします」
父さんは何か覚悟を決めたかのように、梨田さんに依頼をする。
「ピターは俺の友人だ。彼の知り合いとして、彼が悪政治を行ったとは思えない」
「でも、これはタイの問題です。日本人が割って入ることはできません」
「それでも、こいつを頼む。親としてできるのはこれしかないからだ」
父さんはそういうと、梨田さんに頭を下げたのだ。
その態度に俺は心を打たれる。
俺はいい親を持ったのだ。
「わかりました。ただし、条件があります」
「はい。なんでしょうか」
「タイの政治を口にしないことです」
その条件に俺は戸惑う。
けれど、それ以外にタイに行く方法はないのだ。
だから、俺は……
「わかりました。約束します」
その約束を交わしたのだ。
梨田さんは俺が約束するのを見て、一安心してからこう語る。
「では、明日の早朝。羽田空港で落合しましょう。タイへ行きましょう」
「ありがとうございます!」
俺は頭を下げると、梨田さんは席を立ってからこの店を後にしたのだ。
そこで、俺は覚悟を決める。
俺はマリを向かいに行く、彼女に会いに行くのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます