第21話 マリとトムヤムクン


「春樹さん。メニューを追加しましょう」

「ん?」


 とある土曜日の朝。

 マリはウチのメニューを見るそう提案してきたのだ。

 確かに、うちはそれほど料理は取り扱っていない。トースト、カレー、オムライス。この三つがメインな料理だ。

 でも、特に不便を感じることはないのだ。この三つでも料理は


「でも、増やすって、何にする?」

「わたし! 考えてきました! トムヤムクンはいかがでしょう?」

「なるほど」


 タイ料理で知られている伝説な料理。世界三大スープの一つ。そのトムヤムクンを作るのはこの店で提供すれば他の喫茶店と差別化することはできる。

 しかし、ここで問題がある。

 誰もトムヤムクンを作ったことがないのだ。

 そんな作ったものがないものを客に提供していいのか? 俺は疑問に思えた。

 俺が疑問を浮かべている時に、父さんは猫じゃらしを手にしてこちらにやってくる。

 

「いいんじゃないか? 作ってみて」

「いいの? 父さん」

「喫茶店でトムヤムクンを食べられるなんて。誰も想像しないだろうしな」


 確かに。洋風の喫茶店でトムヤムクンがあるだなんて、誰も想像はしないのだろう。

 けれど、トムヤムクンを作るにあたり、問題がある。

 それはこの店にはトムヤムクンを作る素材がないのだ。

 そもそも。トムヤムクンに必要な材料はなんだ? 俺はトムヤムクンについて無知なのだ。


「じゃあ、まずは必要な材料をメモしよう」

「はい」


 俺はメモをマリに渡して、彼女に献立をメモに書かせる。

 必要な材料は、えび、きのこ、玉ねぎ、ヤングコーン、唐辛子、レモングラス、パクチー、こぶみかんの葉、しょうが、らいむ、ナムプラ。

 見たところここらへんのスーパーで買い出しできるものではない。

 特にレモングラス、パクチー、こぶみかんの葉、ナムプラは近所のスーパーにはほぼ置いていないのだ。

 そこら辺はアジアスーパーに買い出ししにかなきゃいけないのだ。


「ここら辺の献立は上野にあるアジアスーパーに買い出しだな」

「はい。行きましょう」

「じゃあ、父さん。留守番。お願い」

「はいよ」


 俺は父さんに留守番を頼むと、父さんは猫じゃらしで雉丸と遊び出した。

 俺はマリが書いてくれた献立リストを手にして、店をでる。

 駅の方へといき、電車に乗ることになったのだ。

 それにしても、どうしてマリはいきなりトムヤムクンを提案してきたのか、わからなかった。

 そんな疑問を抱いた俺は隣に座っている彼女を見つめながら、尋ねる。

 

「マリ。どうして、トムヤムクンを作ろうと思ったの?」

「……それは内緒です。作り終わってから話します」


 子供の悪戯のように彼女は微笑みを浮かべる。

 俺はドキッとし、彼女から目を背けて考えてみる。トムヤムクンを作る意味を。

 でも、どう考えても答えは出てこない。

 美味しい食べ物なんだ、としか思い付かないのだ

 やがて、電車は上野駅に着く。

 俺たちは駅を出て、アメ横町を出た。


「わあ。人がいっぱい」

「そうだな。今日は土曜日だからな」


 アメ横町ではすでに人が溢れていた。ここは主に食品、衣類、雑貨、宝石品の店で溢れていたのだ。外国人が多めだ。さすがは観光スポットの一つだ。

 俺たちが用があるのはこの先にあるアジアスーパーだ。そこにはアジア、特に東南アジアからの材料があるのだ。

 店に入ると、すぐにナンプラの陳列が見つかる。

 これを購入と、俺は手を伸ばしてナンプラをカゴの中に入れた。

 俺たちはアジアスーパーのハーブを取り扱っているコーナーにやってくる。

 そこにはレモングラスやこぶみかんの葉があったのだ。

 これらを購入と、俺はそれらをかごに入れると隣に歩いているマリに尋ねる。


「他に必要なものはない?」

「はい! 大丈夫です!」


 荷物をまとめて、レジを通すと俺たちはアメ横町に再度出た。

 人が多くなる前に帰ろうとするが……


「あら?」


 マリはある異変に気づく。一人の少女がアメ横町のど真ん中で泣いていたのだ。

 誰も見てみぬふりをし、ただただと彼女を通り過ぎた。この人混みの中で逸れてしまったのだろうか。しかし、少女は日本語を話せるような態度ではなかった。

 知らない言葉で少女は日本語ではない言葉で泣いていた。


「迷子かな?」

「そうみたいですね」

「仕方がない。交番まで連れて行こう」

「はい。そうですね」


 マリは優しく、英語で迷子の子と接する。


「どうしたの?」

「ひく。ロングターン」


 すると、迷子の女の子は涙を止めて、何かしら喋り出す。

 それは英語ではない言語だった。

 でも、マリは優しく彼女と意思疎通できているところ、タイ語で話しているのだと俺は理解するのだ。


「ハルキさん。どうやら、この子。道に迷ったようです」

「ふむ。それは困ったな。ここは人が多いからな」


 この時間のアメ横町は観光客で溢れていた。

 ここで、一人一人探し出すのは無理があるのだ。交番に行き、迷子の親子がいないか、探した方が手っ取り早いのだ。


「マイペンライ(大丈夫だよ)」

「ひく、ひく」


 マリは優しく彼女に接すると、彼女の手を取り交番の方へとやってくる。

 俺は彼女が幼女に優しく接し、安心させるためにタイ語で会話するを横に、交番へと彼女たちを誘導する。

 交番に着くと、俺は事情を説明する。


「すみません。この子、外人の子なんですけどお迷子になっています」

「かしこまりました。この子について詳細は教えてもらいませんか」


 俺は警察へ事実を伝える。

 が、俺たちにできるのはこれだけだ。それ以上にできるものはない。気がつけば、彼女が道端に泣いていることしか言いようがないのだ。

 そんな時に、一人の女性が交番へとやってくる。

 タイ語で慌てた様子で交番の中に入ってきたのだ。

 でも、少女を見るとどこか安心する。

 きっと少女の母親なのだろう。

 少女は母親と再会すると、少女は母親をハグするのだ。

 よかったね、家族と再会できて。


「コーブクンマークカ」

「マイペンライ」

  

 二人は何を会話しているのか、俺にはわからない。

 けど、態度と様子を見る限りお礼を言われているのだと思ったのだ。

 マリの優しさはいつものことだ。今回も、彼女は迷子を見捨てることなく、最後まで面倒を見ていたのだ。

 少女は「バイバイ」と手を振ったのだ。

 

「じゃあ、帰ろうか」

「はい」


 人助けが終わりると、俺たちは上野駅の方へと向かったのだ。

 荷物をパンパンに持ち、電車に揺れ出された。それから、俺たちは最寄駅へと到着する。

 駅の改札口を出て、帰路に着く。

 喫茶店ラッセルへと戻ってきたのだ。戻ってきたのだ。


「ただいま父さん」

「おう。おかえり春樹にマリ」

「お帰りなさい! 二人とも!」


 俺が喫茶店の中に入ると、父さんと瑞希が出迎えてくれたのだ。

 店の客の状況を確認する。

 ガラガラだ。本日のまだも、店は暇でしたのだ。コーヒーを楽しむお客が一人だけしかいないのだ。

 土曜日の朝はこんなものか。


「厨房をお借りします」

「はいよ」


 マリが厨房の中へと入っていくと、俺はアジアスーパーで購入してパンパンとなった袋を彼女の後について行く。


「じゃあ、トムヤムクンを作りましょう!」

「ああ」


 そういうと、俺は素材をテーブルの上に乗っかせる。コブミカンの葉、ライム、ナムプラ、パクチー、唐辛子、しょうが、きのこ、エビ、にんにく、ヤングコーン、サラダオイルを準備したのだ。

 まずは、鍋にサラダオイルを入れる。

 そこから唐辛子、コブミカンの葉、ニンニクを入れた。

 フライパンにはサラダオイルを引く、そこにエビ、マッシュルームを軽く炒めたのだ。

 炒めたら、他の材料を煮る。唐辛子が染み渡るまで煮たのだ。

 事前に炒めたのだエビとマッシュルームを鍋に入れると数分間煮る。

 最後にはパクチーを飾り、トムヤムクンの完成であったのだ。


「できました」

「いい匂いだね!」


 マリが鍋にあるトムヤムクンをスープカップに分けたのだ。

 俺はそのトムヤムクンの匂いを嗅ぐ。

 スパイスが全体に漂っていて、美味しそうなのだ。

 このトムヤムクンは店の看板メニューになるのは間違いなしだ。

 そんな美味しそうなトムヤムクンを味見する。

 これもなかなかに美味しいものだ。スパイスが舌を刺激し、コブミカンの風味が口全体に広がっていく、パクチーの匂いが臭さを緩和してくれる。

 文句が言いようがないトムヤムクンだったのだ。

 これを店に出せば、店の利益が上がるに違いないのだ。


「うん! 美味しいよ! このトムヤムクン! よし! 今日の昼はトムヤムクンだ」

「はい! ありがとうございます」


 俺は厨房から出て、昼に掲げる看板に本日のスペシャルメニュを記載する。

 これでよし。本日、喫茶店ラッセルは昼の料理をトムヤムクンとライスを提供することになったのだ。

 メイド姿の瑞希は俺が看板を書き換えているのを見ると、意外そうな表情を作り上げた。


「へえ。今日の昼メニューはトムヤムクンなのね」

「ああ。美味しいぞ。マリの手料理は」

「わたしも食べてみたいわ」

「厨房に行ってマリにお願いすれば作ってくれるよ」

「じゃあ、わたし休憩入ります。トムヤムクン、楽しみだな」


 瑞希はそのまま厨房の中へと消えていくと厨房から楽しそうな声が漏れ出したのだ。

 俺は従業員の服装に着替えて、店の前にある昼分の看板を取り替えたのだ。

 これで昼の準備はよしと。

 そして、看板を店のSNSに投稿したことで客はトムヤムクンを食べてみたいと反響が出て、12時前には十組以上の客が店の前に列を作っていたのだ。

 それを捌くにはかなり時間がかかった。従業員4人でフルー体制で対応したのだ。

 それと、トムヤムクンの評判は良かったのだ。

 来た客は次回もトムヤムクンを食べたいと言い残してから店を後にしたのだ。

 気がつけば、大量に購入していた材料も午後2時で全部なくなっている。

 トムヤムクンは売り切れとなったのだ。さすがは三大スープの一つ、トムヤムクンだったのだ。

 マリのトムヤムクン作戦は大いに成功したのだ。

 ただ、一つだけ、俺は気になったことがある。

 どうして、いきなりトムヤムクンを作ることになったのだろう。


「マリ。今日はどうして、トムヤムクンを作ろうとしたの?」

「それはですね……」


 マリは優しく微笑むとこう答える。


「ハルキさんにトムヤムクンを食べさせてあげたかったからです」


 その答えで俺の顔は真っ赤になる。

 そうか、彼女は俺を元気つけるために、美味しい手料理を振る舞ったのだ。

 俺の婚約者は可愛いすぎるだろ、と俺は自覚する。



 






 

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