第11話 マリの婚約発表で学校が大暴れ

 始業式は体育館で行われた。

 今年は異常事態に、好調ではなく理事上先生が台に上がり、スピーチを行った。

 でも、大半の生徒は聞いていなかった。右耳に入って左耳に通るようにスピーチを聞いていたのだ。

 それにしても、理事情が表に出るとは、今年は何か異常なことでもあったのか?

 と、考えていたら、マリのことを思い出す。

 今年は留学生が一人この学校に留学してくる。

 それはこの学校にとっては威張ってはいけないところなんだろう。

 何せ、マリはタイの首相の娘だ。

 ここで日本の特有のおもてなしができていないと、クソみたいな学校だと馬鹿にされる。というか、日本自体馬鹿にされる可能性が出てくる。

 とは言っても、マリは人を見下すような性格ではないけど。

 

 それにしても、理事上。英語も話せたんだ。

 拙い英語だけど、簡潔にスピーチをしている。

 英語担任の前田先生が泣いていた。

 なぜ泣いているのかは、誰も知ることはない。感動泣なのか、あるいは酷すぎて痛感で泣いているのか、前田先生のみしか知らない。

 まあ、前者であることを祈ろう。

 そして、やっと解放される俺たちはゾロゾロと配置されたクラスへと戻っていった。

 俺は2年A組に戻った。

 

 クラスに到着すると、みんながわいわいとしていた。

 ヒソヒソとする声が女子の間で響いている。

 気になったが、隠キャな俺には関係ない話だな、と思い。

 

「なあ、石井。お前はどう思う?」


 席に着くと、青いピアスをし、青いま髪をした男性生徒が俺の所にやってくる。

 そいつは何かしら、興奮した様子で、駆け寄ってくる。

 一体、何事か? と俺は素っ頓狂になる。


「お前は確か……」

「俺だよ俺。浩人だよ」


 浩人と名乗った少年はピカーんとピカピカした歯を見せた。

 そういえば、去年もこいつと一緒のクラスだったな。今年も一緒になるとは、ちょっと意外だった。

 この聖ガブリエル中高一貫校は各年に4つのクラスがある。

 だから、こいつと当たるのも4分の1の確率で当たったのだ。

 

「で、何か用か?」

「冷たくないか? お前」

「いや、至って普通だ」


 嘘だ。

 お前がうざいから、さっさと話を終わらせたいからこうして話をしていた。

 一体、朝から何があると言うのかね。隕石でも降ってきたのか、と俺は内心退屈まじりにため息を吐き出した。


「で、なんだ?」

「このクラスに留学生が来るらしい」

「留学生?」

 

 俺は知らんふりをして、眉を細める。

 すると、浩人は興奮するように続けて説明し出す。


「ああ! そうだ。この学校に留学生だぜ」

「それって、理事上先生も話していたじゃないか」


 俺は理事上先生のスピーチを思い出す。

 確か、本日から留学生1名が留学してくるから、お世話するように、と告げていた。

 話を聞かない者たちは何を興奮しているんだ?


「そうだけど。それだけじゃないよ」

「なら、何があるんだ?」


 会話のドッジボールに疲れた俺は、鞄から本を取り出す。

 それもコーヒーの種類、と言う本だ。

 これからも、喫茶店に役立つ知識を蓄えたいと思った俺はこの本をチョイズしたのだ。


「その留学生がこのクラスに配置されるってよ!」

「へえ。そうなのか」

「それも、お前の隣の席で」

「それはすごいな」

「しかも、その留学生は美人らしいぞ」

「へえ。それはすごいなあ」


 ……ほう。年間コーヒーを飲む国はルクセンブルクなのか。一人当たり一年間で27.3キロも飲むのか。これはすごいな。ルクセンブルク語でも勉強しようかな?


「お前、話聞いているか?」

「ああ。バッチリ聞いているぞ。年間コーヒーを最も飲む国はルクセンブルクの話だろ?」

「ああ。こいつ全然話聞いていないぜ」


 む、話が聞いていないことがバレた。

 浩人はどこか呆れた顔を浮かべてため息を吐き出すと、やれやれと語る。


「お前なあ、転入生のことを気にならないのか?」

「気にならないな」

「即答かよ」


 ……だって、誰が来るのかもうわかっているからな。

 マリが留学生としてこの教室に配置されることは前々から知っていた。

 俺はこの浩人から会話を抜け出せないか考えていると、瑞希は俺の方へと向かって歩いて来た。 


「ちょっと、男子! 朝から下品の話をしないでよね!」

「おいおい。俺が悪いのかよ」

「あんたが職務室でコソコソしているのはもうみんな知っているから」

「バレたか」


 浩人はてへぺろ、と舌を出してから、とっとと自分の席へと戻った。

 一体、あいつは何がしたかったのか、俺には分からなかった。

 丁度、浩人が席に着くと、扉が開かれると、前田先生が教室にやってくる。


「はい。静かに! みんな席に着いて」


 バラバラだった生徒が一瞬にして自分の席に戻る。

 そして、前田先生の自己紹介が始まる。


「はい! 前田英子です。英語の担当しています。今年一年間はこの2年A組の担当をしています。よろしくお願いしますね」


 前田先生の自己紹介が終わると、誰かが唾を飲む音が響く。

 ここからメインイベントである、留学生の紹介だと、誰もが思ったからだ。

 前田先生もそのことに気づいたのか、話題を留学生について語る。


「それと、今年から一年間。この教室に留学生が一名配属されます」

「いやほーーーー」

「くれぐれも! 失礼がないように! そこ! 静かにしなさい!」


 前田先生が説明している最中に、浩人は雄叫びを上げていた。

 ……こいつは一体なんなんだ?

 なんで、こんな一人テンションが高いだ。

 まあ、他人のことは気にしなくていいか。

 俺は退屈するように、窓の外を眺める。

 今日も、蒼天の空に桜の花弁が空を舞っている。昼で終わる始業式。その後は店の戻り、手伝いをする。

 平穏な1日が訪れるのだ。


「じゃあ、留学生の方。中へどうぞ」

「はい!」


 前田先生が呼び出すと、マリは返事をする。

 そして、扉を開き、壇上の前まで歩いてくる。

 その歩き姿は可憐で、背筋を伸ばし、綺麗なフォームの歩き方であったのだ。誰もが惚れるような風貌に、天使のように愛しい容姿に全員が黙ってしまった。

 たん、と壇上のところまで来ると、彼女はくるりと翻ってみんなの方を眺める。


「皆さん。初めまして! わたし、リムジャロェーンラット・マリ。苗字が長いので名前のマリと呼んでください! この一年間は留学生として、この聖ガブリエル中高一貫校に通うことになりました! よろしくお願いします」


 途端に全員が沈黙する。

 それは彼女の美貌に惚れてしまったからだ。女子たちは表情を固まって、顔を硬直させた。今までにいない美人が留学してきたのか驚いてしまったのだろう。

 男子というと……


「よっしゃあああああああ! 女子だあああああああ!」

「うえいいいいいいいいい」


 と、宴を盛り上げていたのだ。

 特に浩人は飛び上がり、ガッツポーズをし出す。

 テンション高いな、おい。


「ちょっと浩人! 席につきなさい!」

「はあい!」


 前田先生に指摘された浩人はにこりとしたまま席に座る。

 マリは苦笑いを浮かべていたのだ。

 前田先生は一度咳払いをして、マリについて説明し出す。


「皆さん。マリはタイからやってきた転校生です。くれぐれも失礼がないように!」

「はあい」


 生徒はそう答えると、前田先生は頭を抱える。

 この陽キャが多いクラスの担当になって大変だな。

 隠キャの俺には関係ないけど。


「じゃあ、マリのスリーサイズを教えてください!」

「ちょっと、男子! 何訊いているのよ!」

  

 浩人が開口すると女子が罵倒する。

 冷や汗を流すマリが壇上に立っていたのだ。

 いつか、殺されるぜ。浩人。


「じゃあ、質問変えます!」

「変な質問をするんじゃないよ!」


 前田先生が忠告すると、浩人は、変な質問じゃあありません、と答える。


「この中で一番いい男とは誰ですか?」

「え?」


 浩人の悪ふざけな質問にマリは一瞬固まる。

 そして、モジモジとし出すとともに顔は真っ赤に染まった。

 

……おいおい。その質問には答えなくていいぞ。お前のスリーサイズと同じくらい、くだらない質問だ。

 だから、無理しなくて答えなくていいぞ。

 と、俺は内心そう焦っていた。


「……石井春樹さんです」


 マリは沈黙を破るようにそう答える。

 一瞬、俺は背筋を凍ったかのように、全生徒が俺の顔を眺めた。

 まずい。この流れだと、俺たちが婚約者同士だとバレてしまう。

 

「え? マリさんと石井くんって知り合いなの?」

「はい。私たちは婚約者同士ですから」


 その言葉を最後に、クラス全体が一瞬だけ沈黙をした。

 そしてそのすぐ。


『えええええええええ』


 と、絶叫するかのように声を上げた。

 

 ……あ、終わった。

 俺の平和の人生が終わったのだ。

 マリの爆弾発言に俺の全てが終わってしまった。

 隠キャとして過ごそうとしたのに、それが叶うことはなかったのだ。

 俺はちかくにいる瑞希の方に目線を送る。

 彼女は激おこぷんぷん丸の顔になっていた。

 ……なんで? 君も俺の味方じゃないのかよ。

 理不尽だー、と俺は心の中でそう叫びながら、みんなと顔を合わせないように俯いた。

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