第10話 マリと初めての日本学校

 4月に入った。桜が散り始める頃あいだ。

 窓の外には桜の花弁があちらこちら散らばっていた。

隣のタバコ屋さんの店主はタバコを咥えながら、ちりとりで桜の花びらの清掃をし始めだす。


俺は窓から離れて、タンスのところに向かう。

 本日は始業式だ。

 しっかりとした制服を着ないといけない。

 洗濯したばかりの冬物の制服が飾っている。

 俺はその制服を手に取り、着替えた。

 長袖の鼠色の上着に、鼠色長ズボン。定番な定番の制服ではあるが、こうして久々に着ると別人のように感じる。

 なぜだ? それはずっと着ていないからだろう。

 鏡で自分を整えると、鞄を取り出し一階へと降りたのだ。

 マリが先に来ていたのだ。彼女は制服を着用していた。

 どうやら、この格好はキニっているらしい。


「おはようございます! ハルキさん!」

「おはよう。ちびすけ」

「ああ。おはよう。マリに父さん」


 俺はいつもの席に座ると、父さんはエッグプレーンを用意をしてくれた。

 卵料理は好きだ。特に、父さんが作るエッグプレーンは別品だ。


「じゃあ、いただきます」

「いただきます!」


 俺とマリは手を合わせてからご飯に取り掛かる。

 うん、美味しい。

 本日父さんの腕はまだおとろえてないのだ。


「父さん。マリのことは学校に連絡済みだよね?」

「ああ。彼女は留学生として、聖ガブリエル中高一貫校に通うことになる。短い間だけど、学園側も承諾してくれた。学校に着いたら、マリを職務室に連れて行きな」

「わかったよ。父さん」


 俺はそう返事をすると、ご飯を全て食べる。

 プレーンエッグ美味しい。ケチャップと合う。

 俺たちは食事を終えると、喫茶店を出ようとする。


「じゃあ、行ってきます。父さん、あとはよろしく」

「行ってきます! 誠一さん!」

「おう! 学園生活を楽しめ! 二人とも!」


 それだけ挨拶を交わすと、俺たちは喫茶店を後にした。

 扉の前には雉丸が座っていた。

 相変わらず呑気な猫だ。こうも俺たちを出向かうようににあーおと大きなあくびをした。


「あ、雉丸さん! おはようございます」


 マリはそんな呑気の雉丸に挨拶をする。

 すると、雉丸は尻尾を巻いて、逃げ出した。


「あらら、嫌われてしまいました」

「ドンマイ。そいつは気が難しいからな」


 しゅんとするマリに俺はそう励ました。

 毎日、煮干しあげても俺のことを変な人間だと認識するくらいの雉猫だ。だから、気を落とすことはない。

 

 俺たちは桜並み道の下を歩く。

 そろそろ花弁が散るこの時期だ。すっかりこの道は桜の花びらのピンク色に染まっていった。俺たちは花びらを踏みながら前へと進む。

 すると、マリは何やら床に落ちている花びらに興奮し、踊るようにぴょんぴょん飛び出す。

 最初は何をしているのか、わからなかったが、ずっと観察していたらある意味わかった。

 彼女は、桜の花弁を避けて歩いていたのだ。


「綺麗ですね。桜」

「そうだな」


 俺たちはそれだけ会話を交わして、桜並みの道を超えた。

 ここを超えると、駅になるのだ。

 駅には人が多かった。四方八方から人が集結する場所だからだ。

 人混みの中、俺たちは改札駅を通り、電車に乗った。

 今日は初日なのか、人が多かった。満員電車の状態になったのだ。


「人、多いですね」

「そうだな。今日は4月初日だから人が多いのは当然だ」


 新入社員に新入生。様々な出会いが始まるこの春の季節に人が多いのは当然なのだ。

 俺たちも過言ではない。春に出会っているから、この枠に入るのだろう。

 まあ、彼女にとってはこの時間は苦痛の一年間になるかもしれない。


「あ!」

「マリ。捕まっていろ!」

 電車が揺れだすと、マリはバランスを崩れし、足を崩れ落ちそうになる。

 俺は彼女の腕を捕まり、彼女が倒れないようにした。

 反射神経だけで、彼女の体のバランスを整えた。


「あ、ありがとうございます。ハルキさん」

「あ、ああ。気をつけろよ」


ここで倒れたら、大勢の人に迷惑になる。

 満員電車だから、余計に危ないのだ。

 俺はしっかりと、マリの腕を掴み彼女が次に転倒しないようにする。


 そして、俺たちは降りる駅に着くとゾロゾロと人が降りていく。

 それに合わせて俺たちも降りることにしたのだ。

 人ごみを紛れないように、俺たちはしっかりと手を繋いで歩く。


「すまん。手を繋いでしまって」

「い、いいえ。ありがとうございます」


 改札口に出ると、やっと俺たちは手を離した。

 人混みはパラパラと四方八分に散っていくため、手を繋ぐ必要性はないのだ。

 俺たちは通学路を二人で歩いていた。

 幸い、知り合いに出会うことはなかったので、登校する際は誰からも声をかけられることはなかった。いいことだ。俺はこんな平和が大好きだ。

 しかも、マリはアジア人の顔立ちをしているため、マリのことを気にかける人はなかったのだ。

 まあ、今日の始業式のお楽しみということで。


「じゃあ、俺はここで」

 

 靴の履き替え場所、昇降口の所で俺はマリと別れる。


「はい! 同じクラスになるといいですね」

「そうだな」


 俺はそう答えると、マリはやった。と小さく喜ぶ。

 本当に可愛い婚約者だ。

 俺には勿体無いくらいな、素直でいい子だ。

 俺たちは別れようとした。

 と、俺は何かを思い出したので、マリを呼び止めた。


「ああ、マリ。一ついいか」

「はい? なんでしょう?」

「この学校では、俺に声をかけないでくれ」


 そういうと、マリは首を傾げて、何か不思議なものを聞いたような顔を浮かべた。それも当然な反応だ。いきなりの言葉に戸惑うだろう。


「どうしてですか?」

「俺、この学校だと、評判悪いだ」


 ……うそだ。

 評判が悪いじゃない。

 俺はこの学校でスクールカーストの最下位を目指している。

 それは、俺は誰とも関わりたくはないからだ。

 母さんが失ってから、俺は全てのやる気を失った。

 だから、人と向き合うの気力も失っていた。でも、俺はこのスクールカーストの最下位を気に入っている。

 誰とも関わらずことはなく、ただただ一人で生きていること。

 

「じゃあ、ここで」

「あ……」


 マリは悲しい顔を浮かべるが、俺はその表情を見なかったことにして、歩きだす。

 廊下のボードにはクラス分け表が提示されている、みんなはそこへと集中する。

 俺も自分のクラスはどこになるのか、自分の席を確認する。


「2年A組か……」


 陽キャラが濃い教室という噂があるA組に配置されたか。

 まあ、俺には関係のない話だ。

 いつものように、態度を取ればいいと思ったのだ。


「ねえ」

「ん?」


 俺は自分の教室に行こうと思った時に、背後から声をかけられた。

 振り向くと、俺よりちょっと席が低くて、オレンジ色の髪をした女子が腕を組み、青色の瞳で俺を見つめる。

 彼女の名前は吉村瑞希。俺の唯一の幼馴染だ。

 家は近くに住んでいて、長年付き合いがある美少女だ。

 残念なところは一点だけ、素顔があまりにも凶暴なのだ。

 今日もほら、俺に噛みついてくる。


「どうした? 瑞希」

「幼馴染なのに、放っておくのは悲しくないからしら」

「いや、俺も忙しいだよ」

「何よ。忙しいって」

「色々あるのよ」

「色々って何よ」


 むすっと表情を作り上げて俺を睨む瑞希。

 俺はカリカリと頭を掻きむしり、忙しいことをアピールする。

 ……まあ、俺が完全に悪いのだけど。3月の休みは彼女に一切出会っていないのだから。

 マリを隠すためでもある。

 彼女のことを話すと色々とややこしいことになるからだ。

 

「まあいいわ。それより、今日の放課後は暇? おじさんのオムライスを食べたくなったわ」

「ダメだ。忙しい」

「何よ! 忙しいって」


 むむむ、と歯茎を見せて俺を噛みつこうとする瑞希。

 誰か、俺を助けてくれ。

 マリのことを瑞希に話すわけにはいかないし。


「じゃあ、今週の土曜日に行くから」

「ああ、土曜日、俺は教会でオペラ歌っている」

「もっとマシな嘘をつきなさいよ」


 キリスト教の皆様。

 大変申し訳ございません。オペラなんて歌えませんし、神様も信じていません。

 そもそも境界なんて行ったことはありませんので、どうか許してください。


「それより、今日。最近。何かいいことあったの?」

「どうして、そう思う?」

「顔がほんの少しだけ和らげているわ」


 瑞希はそういうと、腰に手を当てる。

 俺は自分の顔に手を触れる。

 今朝、鏡を覗いた時はそこまで元気な顔ではない気がした。

 いつも、どこかやる気のない顔であるのは間違いないのだった。

 だから、俺は彼女に尋ねる。


「そうか?」

「そうよ。長年の付き合いだから、わかるわ」


 瑞希は何処か自信満々にそう答えると続けて話をした。


「おばさんが死んだ後。あんたは毎日、死んだ魚の目をしているわ。でも、今日は何かいいことあったかのようにほんの少しだけ笑っていたわ」

「……ほんの少しだけ笑っていたか」


 それはどんな微笑みな顔だ?

 と、突っ込みたくもなる。けど、俺と瑞希の関係だ。

 もしかしたら、彼女なりに俺に気づいたことがあるかもしれない。

 それに、この最近。俺は毎日幸せを感じる。

 マリが来てから、俺の人生はどこか光り輝いていたような気がするのだ。


……幸福すぎる罪は不幸になること。


「っつ!?」


 俺の頭に悪魔の囁きがする。

 思わず頭痛が走り、俺は頭を抱えてしまったのだ。

 いけない。薬を飲むのを忘れていたのだ。

 瑞希は俺の異変に気づくと、心配した声で俺を尋ねてくる。 


「だ、大丈夫?」

「ああ。大丈夫だ。ちょっと考え事をしていただけだ」

 

 なんともない。いつものことだ。

 と、俺は立ちくらみから解放されて、立て直した。

 あれ? さっきまでなんの話していたっけ?


「で、なんの話だっけ?」

「あ、いや。なんでもないわ。ただ、元気になったね。それだけよ」

「まあ、ボジボジっていうところかな」

「ボジボジねえ。その割には、顔を見せなかったくせに」

「だから、色々忙しいだよ」

「どうせ、暇なんでしょう? あの喫茶店の経営」

「いや? 忙しいぞ? カレーの仕込みからコーヒーの在庫確認は大変なんだぞ?」

「ああ言えば、こういう。おじさんがいるでしょう?」

「三月の半分くらいは父さんはコーヒーの輸入で旅をしていた」


 嘘ではない。

 マリが来る前。父さんは各国に周り、コーヒーの輸入する費用をどうか抑えられないかと、輸送会社を探していた。

 まさか、そこでマリの父、タイの首相と話をつけてくるとは思わなかった。

 俺ははあ、とため息を吐き出してから、瑞希の方に顔を眺める。


「話はこれだけ?」

「ヴァイオリンを弾いているの?」

「……」


 そこで、俺は声を詰まらせる。

 昔、瑞希は俺のヴァイオリンが好きだった。俺が演奏するたびに、喜んで拍手してくれていた。でも、母さんが死んでから、俺はそれを触らなくなった。

 だから、俺は即直に答える。


「もうやめたって言っただろ?」

「……変なことを訊いてごめん」



「話はそれだけか?」


 イライラしてきたので、俺は話題を切ろうとする。

 すると、瑞希は申し訳なさそうな表情を浮かべて、話題に入る。


「あ、ごめん。今年も同じクラスだから、一年間よろしくね」

「おう」

「じゃあ」


 それだけを言うと、瑞希はクラスの方へと消えていった。

 一人だけ、取り残されてしまったのだ。

 一体? 彼女は何をしたかったのか? 俺は気になったけど、口にしなかった。


「俺も、クラスに行かないと」


 後30分もしないうちに、体育館で始業式が始まる。

 早く自分のクラスに向かって、荷物だけおいておこう。

 と、俺は早足で階段を駆け上っていた。



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