第8話 マリと一緒に映画を見る
俺とマリが婚約者同士になってから一週間。
そろそろ桜の花が散り、来週から学校が新学期始まる頃あいだ。
俺は店内を塵取りで掃除していた頃。2階からマリの声がする。彼女はバタバタと一階に降りてきながら声をかけてくる。
「ハルキさん! ハルキさん!」
「ん? どうした? マリ」
「じゃん! この格好はでしょうか?」
俺は振り向くと、彼女は俺の目の前に立った。
マリは聖ガブリエル中高一貫校の制服を身に纏っていた。
それはフリフリとスカートに、白いブラウスになっていた。
この聖ガブリエル中高一貫校の制服は可愛いのが定番だ。
その理由だけで、女子はこの高校に入学する学生も多くいたのだ。
そんな可愛い服装に天使は身に纏っていた。それはあまりにも綺麗、似合っているの二言しか言葉が出ないのだ。
「うん。似合っているよ!」
「ありがとうございます! ハルキさん!」
フリフリ、とスカートが翻しながら、踊るように回るマリだった。
上機嫌な彼女を眺めると、こっちもほっこりする。
婚約者が楽しい人生を送れているのなら、俺も何も言うべきことはないのだ。
「それより、教科書も届いたんだけ?」
「はい! 予習勉強しています」
「マリは偉いな。勉強だなんて」
俺が褒めると、マリはエヘヘ、と笑い出す。
「あの〜ハルキさん」
「なんだ?」
「今晩は空いていますか?」
その問いに、俺は首を傾げる。
一体、今晩は何があるのだろうか?
まさか、夜のお誘い!
……んなわけがないか。
「実は一緒に見たい映画があります。一人で見るのは心細いので、一緒に見ませんか?」
俺は心の中で一人漫才をしていると、彼女はうるうるとこちらを眺める。
その目つきは断り辛いものだった。
捨てられた猫のような瞳を送ってくるので、俺は断れなかったのだ。
「あ、いいよ」
「やったー!」
俺が承諾をすると、彼女は一瞬飛び跳ねたのだ。
そこまで嬉しくなる必要性はないのに、なんだか、こっちも嬉しくなっちゃう。
「じゃあ、17時に俺の部屋に集合ね。テレビとDVDプレーヤーがあるから」
「あ、はい!」
そういうと、彼女は2階へと消えていた。
俺は店の壁に飾っている時計を眺める。今は短い針が数字の3を刺している。あと2時間は時間がある。今日の午後は父さんがシフトが入るから、俺は5時からフリーなのだ。
なんだか、ドキドキする。
誰かと映画を見るのは久しぶりだ。
なんの映画なのか、気になった。
ロマン映画だったらどうしよう。俺はロマン映画が少し苦手だ。空気をぶち壊すかな。
でも、一番ダメなのはホラーだ。
俺はホラーが苦手で、トラウマになっていたのだ。
昔、13の金曜日を映画館で見て、その夜寝れなかったトラウマがある。
だから、ホラーじゃないことを祈る。
「まあ、時間になればわかるか」
この世界はなるようになることしかないのだ
5時になる。
父さんが店にやってきた。
「おう。ちびすけ。今日の客はどうだ?」
「いつも通りだよ。父さん」
俺はそう答えると、エプロンを脱ぐ。
畳んでから、いつもの棚に置く。
これでシフトを交代することになったのだ。
「おいおい。父さんを置いていくのかよ?」
「ごめん。父さん。マリと約束があるんだ」
「チ。幸せ者め」
父さんは何かぶつぶつを文句を言うが、俺は聞こえないふりをして、2階の方へと踏み入る。
自室の前にマリが待っていたのだ。それも制服のままでだ。
「あれ? マリ。着替えないの?」
「エヘヘ。ハルキさんが似合っていると言われたので、今日はこの格好のままにしようかと思いました」
あざとい、ような舌を出して答える。
か、可愛いすぎる。俺婚約者はなんでこんなにあざといのか、気になった。
でも、これも彼女の素性が天然なのだろう。
そう思うと、俺は扉を開き、マリを中に招き入れる。
「じゃあ、ちょっと待ってね。すぐに用意するから」
「お、お邪魔します」
マリは恐る恐ると俺の部屋に踏み入ってくる。
そんなに畏まらなくていいのに、と言いたかったが、それを言うと余計に緊張すると思ったので俺はあえて何も言わなかったのだ。
俺はタンスの中からDVDプレーヤーを取り出すと、机のTVにつなげる。
テストに再生ボタンを押すと、俺が以前に買っていたアニメの映像が流れる。
うん、どうやら、まだ壊れていないらしい。
「じゃあ、準備しよう。どんな映画なんだ?」
「あ、はい。これです」
マリは俺にDVDを差し出す。
表紙はタイ語で読めないが、チャールズ・チャップリンの絵だった。
これはサイレント映画だ。
言葉はなくて、音楽、音響、俳優のセリフはなく、ただ映像だけが流れ出す映画だ。
「チャップリンか。俺、見たことがないな」
「楽しいですよ」
マリは楽しさを強調した。
俺は頷いて、そのDVDを受け取り、DVDプレーヤーに入れる。そして再生ボタンを押す。
俺たちはベッドを椅子の代わりに座り、映画を眺めた。
最初は二人隣り合わせで座っていた。
ちょっと気まずくなったので、俺は隣に座っているマリノ方に顔を向ける。
彼女も気まずく感じたのか、俺の方をじっと見つめている。
「あの〜マリさん」
「はい。なんでしょうか」
「映画を見ないのですか?」
「ハルキさんも映画は見ないのですか?」
そう言われると、俺は口をごもり出して、俯く。
……何やっているんだ? 俺。
映画を一緒に観るだけなのに、どうして、彼女の方を眺めるんだ。
集中集中!
そう自分に言い聞かせて、俺はテレビの方へと集中する。
すると、チャプリンが芸を披露する。
あ、これは面白い。
「ワハハ。これは面白い!」
「ははは。そうですね。笑えてきますね」
俺たちは互いに笑い合う。チャプリンが芸をするたびに笑い声が部屋中に響いた。
小さな幸せがここに花を咲かせていたのだ。
やがて、俺たちの肩と肩が触れて、愛しく思うのだ。
「……」
「……」
肩がぶっつかると、俺たちは沈黙し、赤面を作る。
互いに意識し合い、それを我慢していたのだ。
だが、恥ずかしさは一瞬のこと。なぜならば、チャプリンは新しい芸を披露するのだ。
「あはは。おかしいな! バケツに頭を突っ込む人がいるか!」
「はい! おかしいですね! ははは」
またも笑い合い。
互いに意見交換をすると、肩がコントぶっつける。
そこで俺たちは意識あい。また沈黙になる。
意識しないうちに俺たちは沈黙しながら、映画を集中して眺める。
1時間の映画ではあるが、退屈のタイミングはなかったのだ。
さすがはチャプリンの映画だ。
100年前近くに上映されたけど、全然古く感じない。魔法使いのチャプリンに魅了されてしまったのだ。
俺たちは互いに笑い合い、彼の芸に拍手喝采し、涙を流した。
その時間は幸福に満ちていたのだ。
俺はチラッとマリの顔を眺める。
彼女は涙を流しながら、笑っていたのだ。
マリは俺が彼女の顔を眺めていることに気づくと、またも訪ねてくる。
「ハルキさん? わたしの顔に何かついていますか?」
「い、いや。ただ、笑っている君の顔も綺麗だなって」
「っつ!?」
マリはポット顔を真っ赤になり、顔を俯く。
何か言ってはいけないことを言ってしまったのか、彼女は沈黙してしまったのだ。
すると、マリは恐る恐ると声を弱めて涙目になりながら、こう訪ねてくる。
「大声で笑うのははしたなかったですか?」
「い、いや、そう言うわけではない。ただ、綺麗だなって」
「ほ、本当に綺麗だと思うのですか?」
「あ、ああ」
俺はそういうと、彼女は両手で顔を覆いかくし、何か恥ずかしがる。
うずくまって、可愛いく言葉を発する。
「わ、わたしの顔を、み、見ないでください」
「ご、ごめん」
俺は謝罪をすると、慌ててチャプリンの映画の方に顔を向けた。
……いかんいかん。マリをいじめてはいけない。彼女は繊細なんだから、揶揄うのはここでやめよう。
それにしても、マリが笑うのは本当にいい笑顔で笑ってくれる。思わずこちらも笑ってしまうのだ。
次にチャプリンの芸を眺める。
チャプリンが一輪車で芸を披露する。
その芸はあまりにも面白かった。思わず笑いが出てしまったのだ。
「ははは。すげえ」
「はい! すごいです!」
互いに笑い合えば、気づけば映画は幕を閉じたのだ。
映画はここで終わったのだ。
俺たちは映画の余韻を堪能しながら、感想を語り合った。
「楽しかったな」
「はい。楽しかったですね!」
「チャプリンの芸は天才だな」
「はい! 彼は天才ですね。まさか、あれだけの道具をそんなに芸を披露できると思いませんでした。わたしもやってみたいです」
「マリには似合わないよ」
「ふええええ」
俺はクスクスと笑うと、席から立つ。
一旦背筋を伸ばすと、DVDプレーヤーのところまで歩くそこからDVDを取り出す。
タイ語の表示をしたチャプリン。
それはきっとタイで購入したものなのだろう。
ふむ、こう言うものも悪くないな。
「そろそろ。夕ご飯にしよう。もう、夕方の6時だし」
「はい!」
俺が夕飯のことを誘うと、マリは満面な笑みで答える。
それから、俺たちは1階の喫茶店に行き、夕飯の準備に取り掛かろうとした。
けど、一階にいくと、父さんはなんやらご機嫌でオムライスを作っていたのだ。
「おう! ちびすけ。夕飯はいるかい?」
「ああ。マリの分もある?」
「もちろんさ。ちょっと待ってな。今完成するからな」
そういうと、父さんはフライパンからオムライスを皿に移した。
丁度3人分が出来上がったのだ。
「じゃあ、これを席に持って行け」
「ああ」
俺はオムライスが載っている皿を机と運ぶと、マリはうわあ、美味しそう、とよだれを垂らす。
マリの前にオムライスを置くと、俺は調味料のケチャップを用意する。
オムライスといえば、ケチャップだ。この二つの組み合わせがよく出ているのだ。
「はい。ケチャップ」
「ありがとうございます。ハルキさん」
「どういたしまして」
お礼を言われると、俺は自分の席に座る。
そこから、手を合わせるといただきます、と声を発する。
スプーンでオムライスを掬い、口の中に入れた。
ホカホカのオムライスが口全体に幸せを運んでくれている。
さすがは父さんお手製のオムライスだ。美味しいものばかりだ。俺の腕ではそこまで上手くできないはずだ。
こうして、俺たちは本日のイベントを終える。
来週は学校の始業式が始まる。俺たちは学校に一緒に登校することになるのだろう。
学校のことを考えるだけで、気が重く感じる。
留学生として転入してくるマリ。
色々と影からサポートしなければいけないだろう。
学校では目立たないようにしているから、婚約者と知られたら目立つだろう。
「ああ。気が重い」
俺はそう小さく呟いてからぺろっとオムライスを完食する。
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