第7話 マリと俺は婚約者同士?

 「ん?」

 

 俺は途中で覚醒する。

 どうやら眠ってしまってしまったらしい。駅名を見ると、次の駅で降りなければならないのだ。

 やべ、寝過ぎた。でもギリギリセーフだ。

俺は慌ててマリの体を揺らし、起こす。


「マリ。起きろ」

「はへ?」

「起こしてごめんな。次の駅で降りるよ」

「ふぁい」


 背伸びをして、彼女はそう返事をする。

 どうやら、まだ眠いらしい。でも、ごめんな、次で降りなければいけないのだ。

 そう下車の準備をすると、電車は駅へと到着する。

 俺たちは下車し、改札口を通る。

 駅を降りると、俺たちは帰路に着く。


「今日はありがとうございました! 色々と日本のことを勉強できました!」

「いや、俺は大したことはしていないよ。次回は女友達と一緒に来るといい。そしたら、もっとファッションや小物とか買えるだろう」

「そんなことはありません! スマホも選んでもらえたし、洋服を一緒に選んでいただけましたし、たくさんたくさん楽しめました!」


 マリは笑いながらそう答えると、俺は思わず顔を背ける。

 今日のデートは成功なんだと俺は自覚する。

 昨夜はこのデートが失敗したらどうしようと、どこかで心配していたが、杞憂に終わった。本日のデートはマリが楽しめた。結果オーライということだ。

 そんなことを考えていると、俺はとある顔見知りの人物と目があった。

 その人は背丈が高く、スリムな格好をしたものだ。

 俺はその男を覚えている。昨日出会った、ダンディーの人だ。彼は電柱のに背を寄せて、立っていた。まるで、俺たちが出てくるのを待っていたかのようだった。

 ダンディーな男は俺を見つけると、お、いた、と言い出すと俺の方に歩み出す。


「日本はどうだ? マリ」

「最高です。皆さんに優しくしてもらっています」

「それはよかったな」


 ダンディーな男はマリに気楽に話しかける。

 置いてけぼりになった俺は困惑する。

 この人。マリとどういう関係なのか、俺は考える。

 素っ頓狂になっている俺を眺めて、ダンディーな男は


「やあ。少年。またあったね」

「あなたは……昨日出会ったダンディーな人。マリのことを知り合いなんですか?」

「そういえば名乗っていなかったね」


 ダンディな男はくすくすと笑い出す。

 そして、自己紹介するように俺の方に顔を向けて、背筋を伸ばす。

 手を胸に当ててから、口を開く。



「自己紹介が遅れたね。僕、ピター・リムジャロェーンラット。マリの……」

「私のお父様です」


 ダンディーの男が自己紹介する前にマリは言葉を遮る。

 俺はそんな二人を眺めると、言葉を一瞬失ってから絶叫する。


「ええ!」


 まさか、昨日街中で人々を口説いていたダンディーがマリの父親だなって、思いもよらなかったのだ。

 俺は混乱していると、ピターは俺の方にウインクをして続けてこう話す。


「じゃあ、続きは店で話そうか」

「続き?」

「喫茶店ラッセルだよ。君のお父様と商談の話をしないといけないね」



「おお! ピター。久しいの」

「やあ、誠一。君こそ何も変わっていないね」

 

 喫茶店ラッセルに着くと、ピターと父さんはハグをしだす。

 これも社会の恒例挨拶だ。サワディーではなく、ハグをうするとは、さすがダンディーな人だ。

 俺はサイフォンをいじり、二人分のコーヒーを淹れる。

 お客様が来たらコーヒーを渡すことになっているのはここの常識だ。

 店は臨時休業にしたのだ。

 連日の臨時休業でお客さんが不満にならないか、不安ではるが、客が優先だから致し方がない。

 ポポとお湯が沸いたので、俺はコーヒーを淹れる。

 二人の前にコーヒーを差し出した。


「はい。ピターさん。コーヒーです。お口に合うか分かりませんが、お楽しみください」

「ありがとう。少年」


 ピターはコーヒーを受け取ると、香りを堪能するようにコップを鼻の寸前まで持ち上げる。スーと息を吸い、香りを楽しむ。

 浅煎りのコーヒー豆だから、香りはちょっと薄いかもしれない。

 けれど、味には自信がある。

 この街でコーヒーが美味しいのは俺の父さんと俺しかいないのだ。


「ほー。ブラジル産か」

「ああ、その豆を輸入する費用を安くできないか?」

「愚問だな。私の貿易は世界中どこでも輸送できているのだよ」


 そういうと、ピターはコーヒーを飲む。

 そして、パッと輝いた瞳を作り上げる。


「95点だ。最高だな。このコーヒー」

「ありがとうございます」


 結構高い点を取ったので、俺はお礼をいう。

 インスタンスコーヒーよりは美味しいはずだ。なぜならば、サイフォンから淹れたからだ。

 丁度、コーヒーを半分を飲み終えたところで、ピターは俺の方を見つめて不思議な問いをする。


「それより、少年。僕のことを知らないのか?」

「えっと。すみません。知りません」

「ふむ。そうだな、日本は平和ボケだから、致し方がないか」


 ピターは苦笑いし、コーヒーを口にする。

 平和ボケと無知は無縁だと思うけど、ここはあえて黙ろう。

 なぜならば、俺の勉強不足で彼のことを知らないのだからだ。


「自己紹介を再度しよう。僕はね、タイ王国の首相をしている。名前はピター・リムジャロェーンラットだ!」


 ピターはカラカラと笑い、自信満々に主張する。

 え? 今なんて言った? 首相? タイ王国の首相?

 それって日本で言うと総理大臣と同じじゃないのか?

 それってタイですごい人じゃないのか? うそだ。

 昨日ナンパしていた人が首相だなって、断じて違う。

 主将は忙しい身である人間だ。


「信じていない様子だな? Wikipediaを開いて見ればいい」

 

 心を覗かれたのかのようにピターはそう言う。

 ピターにそう言われたので、俺は自分のスマホを開いて見てみる。

 すると、ばっちりと彼の顔が載っていた。

 彼はタイの30人目の首相だ。

 その若さとカリスマさでこのタイ王国を統治していたのだ、と説明欄に記載されていたのだ。

 俺はそれを見ると、冷や汗が流れ出す。

 そして、絶叫する。


「ええええええ!」

「ははは。君がびっくりする顔を見るのはいい表情だ」


 ピターはうんうんと、頷く。

 父さんは不思議のように俺の方を見て馬鹿にする。


「お前。知らなかったのか?」

「いや、知らないよ。他国のことなんて」

「ニュースを読んだ方がいいぞ。じゃないと恥を知るぞ」

 

 父さんに忠告されて、俺は恥ずかしさに顔を真っ赤になる。

 確かにニュースを読んでいないから恥をかける。

 今後、ニュースは毎日読もう。


 俺がそんなことを思っていると、ピターは父さんの方に顔を向けて商談を行う。


「貿易については手紙に記載した通りの値段でいけるぞ」

「おお、ありがとう」

「それより、誠一よ。僕は君に大切な話がある」

「おう。なんだい? 兄弟」


 父さんは腕を組み、近くの椅子に鎮座する。

 すると、ピターは自分の思いを語り出す。


「手紙の中で書いていたが、我が娘は15歳だ。そろそろ将来のことを真剣に考えないといけない。特に伴侶のことをね」

「ふむ。伴侶か」

「そうだ。だから……」


 ピターは俺の方を眺める。

 彼の黒い双眸は真剣さを露わになる。

 俺は彼が次に告げる言葉を黙って耳を傾ける。

 だが、彼が放たれる言葉は予想を斜め上になっていた。


「お前の息子とマリを婚約させないか?」

「「え?」」


 ピターの言葉をい終えると、俺とマリの声がハモる。

 え? 今なんて言った?

 俺とまりを婚約させる? それって、婚約者同士にすることか?


「なるほど。それはいい考えだ」


 俺が困惑していると、父さんはカララ笑うその考えを受け止めた。

 そんなわけで、俺は慌てて言葉を制した。


「え? 父さん! 何を言っているんだよ!」

「おい。いい話じゃないか。これを断る馬鹿はいないぞ?」

「いい話ってなんだよ! 俺はまだ15歳だよ!」

「じゃあ、お前はこの話は反対なのか?」

「ああ。反対だ。大体、俺たちは結婚できる年ではないだろ」

「結婚できる年になったら結婚すればいいじゃないか。その間、婚約同士になればいいじゃないか」

「だから! 早すぎるよ! 俺たちには!」

「なら、ここでお前に一つ尋ねる」


 父さんは腕を組み直すと、俺にまっすぐな目線を送る。


「お前は、マリのことは嫌いか?」

「嫌いじゃ……ないけど」


 俺はマリの方を見た。

 彼女は俺の視線に気付くと、にっこりと笑う。

 この状況において、なんで笑っていられるんだよ? 

 お前のこれからの人生のことと関係しているんだぞ?


「なら、決定だ。お前、マリと婚約しろ」

「だから、好き嫌いの問題じゃないよ! これは心の問題だ」

「お前、女々しいな。ああ言えば、こう言う。心の問題ってどんな問題だよ?」


 父さんはキレ散らかす。

 俺は思わず、う、と反論できずにいた。

 確かに、父さんのいう通り。俺は女々しいかもしれない。心の問題なんて、そんなものはない。

マリのことを嫌ってはないが、マリと結婚するのはまた別な問題だと思った。けれど、いい反論が思いつかない。


「少年は、我が娘と結婚するのはいやなのか?」

「嫌ではありません」


 むしろ、いいのか?

 こんな美人の婚約者になっていいのか。

 違う違う。結婚は親が決めていいものではない。双方が愛し合って結婚するのが筋だろう? 

 そう思った俺は倒産に反論する。


「あの。結婚は双方が認め合い、愛し合うってからだろ?」

「ハルキさんはわたしのこと嫌いですか?」


 マリは悲しい顔を浮かべて、俺の方を眺める。

 ジグリ、と心がナイフに抉られた気がした。

 彼女の悲しい表情を見ると、俺も悲しくなる。

 え? 俺の考えが古いの?


「マリ、君はいいのか? 俺みたいな人間と結婚するなんて」


 俺は彼女にストレートに尋ねる。

 俺は何もできない人間だ。学校でも友達も作らない。

 唯一できるだけなものはとコーヒーを淹れることだけだ。自分のは何も才能もない。偉人になれるわけもない。ただのコーヒー店の息子だ。首相の娘と相愛がない。

 けれど、マリは慈愛を満ちた声でこう答える。


「わたしは構いません。……ハルキさんなら、問題ありません」


 りんごのように顔を真っ赤にして答えた。

 え? マリは俺のこと好きなの?

 こんな何も出来ない俺で?

 俺は疑問を浮かべていると、追い討ちをかけるように、彼女は口を開く。

 

「それに、ハルキさんは俺みたいな人なんか、ではありません。ハルキさんは素晴らしい人です」

「っつ!?」


 か、可愛いすぎる。この天使は、あまりのも天然すぎる。

 俺のことをたかが、ではなくて、俺だから、結婚したいと言い出す。

 本当に可愛すぎて、俺にはもったいないのだ。

 そう思うだけで、俺の顔は赤く染まっていった。


「決まりだな」

「そうだな」


 父さんとピターはニヤニヤとしながら、俺たちのやりとりを眺める。

 くそ。俺たちはイチャイチャしていなんかないのだ。


「なら、ここで宣言しよう」


 パン、と父さんは手を叩く。


「君たちは今日から婚約者同士だ。20歳になったら、結婚するのだ」


 その宣言に俺たちの運命は本日で大きく動き回した。

 あと5年。俺たちは結婚することを約束されたのだ。

 本当に、運命の悪戯はいい方向にもいくのだな。


 

 

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