「明史」


 呼ばれた気がして目を覚ます。

 時刻は夜の5時。カーテンの隙間から太陽が顔を出し始めているのが見えた。

 軟膏の匂いとぬるついた感触に顔をしかめて、ベッドから上半身を起こした野上は、よろよろと携帯に手を伸ばした。


「そういえば、自撮りは初めてだったな」


 そう言って、自分に向けて撮影ボタンを押す。


――カシャ。


 控えめなシャッター音と、液晶画面に映る『ありえない』もの。

 グリーンフラッシュと同じ肉眼では捉えることのできない奇跡。

 携帯で撮影した写真には、死んだはずの祥子が野上の背中に抱きついて、うっとりと目を瞑っている。

 もう大丈夫だよ。と、言っているように。


「あぁ、なるほど肩がこるわけだ」


 太陽が上昇するのに比例して、白い朝陽が部屋を満たしていく。写真からたちまち祥子の姿が消えて、映っているのは野上ただ一人。

 だけど背中の重みが、彼女の存在を伝えてくれる。


「思い出させてくれて、ありがとう」


 例えようのない安らぎに包まれて、野上は微笑んだ。



 今日も撮影を頑張ろう、彼女と共に生きるために。


【了】


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グリーン・アイ たってぃ/増森海晶 @taxtutexi

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