第2話 世界をたどる

 カルミアは自宅に到着してから本をテーブルの上に置き、シャワーを浴びる。スッキリと目が覚めた気分となり少し落ち着いてから本に目を向けた。

「何なんだこの本は……」

  タイトルはなく茶色で一色のその本を不思議そうに眺める。カルミアは1ページ目を開く。


【著 ロウバイ】

その人物の名前を不思議に思い、本を読み進めた。


【外の景色は色んな顔を魅せる。】

【―遥か遠くに見える雲の上まで突き抜けるような巨大な大地に、見渡す限り何もなく地面にはただ細かい砂が敷き詰められている―】

【―永遠と続いているかのような水溜まりは海と呼ばれ、空気中の水分が凍った雪と呼ばれるものは景色一面を白銀の世界に変えている―】


【人々は暮らしている。】

【―溶岩地帯にそびえる氷の城、白い迷路に突如と現れる街―】


 書いてあるのは彼の冒険の物語そのどれもが空想の世界。その冒険地での人々との出会いと別れ、これは完全なるフィクションであるとカルミアは感じざるを得ない。


【世界にはまだ知らないことばかりだ。】


 読み進めた本はそう締めくくられていた。本を読み終えそのままベッドに寝転がり、天井を見る。今はその本の内容以外考えられない。作り話と感じたものの、惹き寄せられる何かがあった。そうした意識の中でカルミアは気づいたら眠りについていた。


 翌朝、いつもと同じスケジュールにて仕事に向かい、もくもくと作業をこなした。その後帰りにもう一度あの場所を通り過ぎるがあの男は居なかった。そしてボーっとした日々を過ごし休みの日を迎えた。




 休みの日はカルミアにも予定があるためとある場所を訪れようとしていた。外出用の私服に身を包み、家を出て最寄りのバス停に向かう。行先は「農業地区:グリン」。

 このコロニーは円形で4つの地区、面積の大きい順に「農業地区・工業地区・商業地区・研究地区」に分かれている。商業地区を中心に南西側に農業地区、南東側に工業地区、北側に研究地区がある。研究地区へは商業地区を経由しなければならず、農業地区と工業地区からは地面は続いているものの隔壁で閉ざされている。また農業地区と工業地区は自由に行き来ができるが、両地区から商業地区に立ち入るためには許可証を必要とし、検問を通過しなければならない。それぞれの地区に居住地や物を買うための店は存在している。主に商業地区は富裕層が住むとされており、研究地区は特殊な関係者しか入れない場所である。カルミアは「工業地区:アイン」の西側に住み、農業地区へは近い場所に住んでいる。


 バスに2時間揺られて一つのバス停に到着した。工場や建物ばかりの景気とは異なり、周囲には農地が広がる見通しの良い落ち着く場所が広がっている。


 そこからカルミアがしばらく歩いて向かった先はカルミアの育った場所である『ロッキー農場』であった。


 背丈くらいあるトウモロコシ畑が広がっている中に車1台ほどの道幅の土道を進んで行くと開けた先に、高い尖頂がある大きな木造の建物が見えた。家の前に着くとカルミアは懐かしさを感じ、心が少し穏やかになった。


 そう和んでいると建物の扉が開いた。

「おやおや。よく来たね。鼻たれ小僧。今年ももうそんな時期かい。」

「何が鼻たれ小僧だよ。久しぶり、アンナさん。」

 カルミアの呼んだ『アンナ』は幼い頃にカルミアを引き取った農業をしている夫婦の奥さんである。男勝りな性格で歳はまだ40半ばで夫婦に子供はいない。


「ルイスさんは?」

「旦那は今出かけているよ。疲れているんだろ?中にはいんな。」

「いや……先に行ってくるわ。そのあとで――」

「そうかい……」


 アンナは目を細め優しい表情で返事をした。カルミアはアンナの家に挨拶をしてすぐにある場所に向かった。農場から歩いて20分ほどのそこは田畑が並ぶ中にポツンとある共同墓地。特に建物でもなく、塀や垣根でもない開けた空間に存在する。カルミアはそこの一つのお墓の前に立ち止まった。


『ダリエン・カスケード マリーザ・カスケード ――安らかに眠れ――』

 刻まれた文字を見て顔が悲しげに曇る。


「父さん、母さん、久しぶり。なんとか生きているよ。これが去年と変わらず、特に何も報告することがないんだ。良いことも悪いことも……。」

 少し苦笑い気味に言いながらしばらく静かに物思いに耽る。先日出会った奇妙な男と本が頭をよぎるがそのまま目を伏せた。


「それじゃ帰るわ。また来るわ。」

 カルミアはその場を後にする墓地の入り口に一台の車が止まっていた。


「おう。カル坊、元気してたか? 乗って行けよ。」

「ルイスさん……どうしてここに――」

 カルミアは少し驚きながらもルイスの車の助手席に乗り込んだ。

「この時期だからな。前から知ってはいたが、帰った時にアンナに聞いてな……あいさつはできたか?」

「ああ……」

「まったく……しんみりしやがって。お前の両親も亡くなってもう10年か。早いもんだ――」


 そのまま車でカルミアはルイスと家に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未熟な青年が自由をつかむ 海辺 恵 @beeeemo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ