未熟な青年が自由をつかむ

海辺 恵

第1話 動き始めた時間

 今日も同じ日が始まった。空に映し出された太陽が現れ、カルミアは眩しさに目が覚める。まだ眠たい気持ちを抑えつつも身体を起こす。トイレに行き、冷蔵庫を開け、栄養補助食品のシリアルバー一本とパックの牛乳を手に取り、ベッドとローテーブルの小さな隙間の床に腰掛ける。8畳1Kの部屋。まだ寝足りない気持ちの中、用意した朝食を食べながらテレビをボーッと眺める。


「人類が今の生活余儀なくされて100年が経とうとしています……」


 そんな内容を聞きながら朝食を食べて作業着に着替え、自宅からいつもの職場へ出発する。


 アパート2階の家から外に出て階段を降りていく。コンクリートはやや老朽化が見られ階段の手すりも少しヒビのようなものが見える。いつもの職場へと出発する。毎日同じ空の下に同じ気温、道路に沿って並ぶ無機質な建物を見ながら進んで行った。徒歩15分ほどで目的地に到着する。どっしりと構える工場の表面は所どころ錆に覆われ、いかにも昔からある印象を与えている。ゲートをくぐり、ロッカールームにて自分の荷物をしまっていると聞き馴染みのある声を聞いた。


「おはー。今日も一日頑張りますかぁ~」とあくびをしながらハヤテがしゃべりかけた。

「言葉のわりにはだるそうだな。」

「当たり前だろ。毎日毎日同じ作業の繰り返し、刺激のない仕事に味気のない食事だぞ。言葉だけでも取り繕っておかないとやってられねーよ。」カルミアとハヤテはお互いにロッカーを閉めて持ち場へと廊下を歩く。


「そうかもな。でも決められた仕事をやらないと生活できない。やるしかないだろ。」


「ほんとに考え方が優等生だこと。」


「――お前も同じだろうが……」別れ道にて遠ざかっていくハヤテの背中に弱々しく、聞こえないと思う声で言った。持ち場についた。この日も一日中工場のラインを見送っていた。


 穏やかな時間が流れるようになり、道行く人々は帰路についている。上空は赤色からオレンジ色にグラデーションがかかっている。


 カルミアも帰路についていた。(今日もいつもと同じ景色か……)

 カルミアはゆっくりと脱力したペースで足を進める。まばらに人が行き交う中、見慣れない露店商人らしき若い男が目にとまった。露店商人自体は珍しくはないが、誰もその人に気をとめずに通り過ぎている。その商人らしき男は肩まで伸びている赤色の髪の毛にハンチング帽を被り、黒の長ズボンに長袖の汚れた白いTシャツを着て地面に座っている。


――気がつくと、呆然と立ち尽くし目が離せなくなっていた――


 その男の周りだけ時間が遅く流れているような、景色の一部となっているかのような感じだ。カルミアは微動だにしない男の異様な雰囲気に当てられていると、男は下を向きながら顔を上げずに口を開いた。


「どうした。気になるものでもあるのか。」

 その座っている前に風呂敷を広げて数冊の本が置かれている。


「い、いえ。変わった本が置いてあるな……と――、なにか珍しい本のようですね。」

 ハッと我にかえったカルミアは咄嗟にそう返事した。


 決して本に興味があったわけではなく、そこにただ座っている男に魅せられているだけであった。


「そうか。お前はこの世界についてどう思う?」

「どう思うって…… どうも思わないですよ。」

「ふっ。そんなもんか。」

 男はカルミアの返答に対し冷笑する。


「そんなもんかって……なんだよ!――ただ毎日同じ日々の繰り返し。そんな現状でも生きていくためにはやるしかない。世界ってそんなもんなんだろ!」

カルミアはムカついた感情を表に出した。


「であればどうして、この場に足を止めた。」

 男は冷静に返した。するとカルミアは、

「……見えたんです。光……、光が見えた―― 普段は目に写らない光をあなたから感じた。」

「ほう……」

 男は何かを感じたかのように頷いた。


「……偶然か必然かお前はここに立っている。お前がどう感じるかは勝手だ。選んでみろ。」と、男は軽く顔をあげ、座ったままカルミアに本を一冊指し出した。男は真剣な顔をしていた。


「なんですかこれは!あなたは何をしているんですか!」

「もう行け。またな。」


 カルミアは一冊の本を持ちその場をあとにした。100メートルほど歩いた後に後ろを振り返ってももうあの男は見えなかった。


 そのまま何も考えずにカルミアはただボーっと歩いて帰り、家に到着した。

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