エピローグ ―抜けたジョーカーの秘密―
商店街が夕暮れに染まる頃、メディエットとリリーは石畳の道を歩いていた。食料品店、衣料品店、雑貨屋といった多様な店が並び、彼女たちを取り囲む空気はさまざまな香りと色彩で溢れていた。リリーはこの地元の商店街をよく知っており、新たにこの街で生活を始めるメディエットに必要な店を丁寧に紹介していた。
そんな和やかな雰囲気の中で、メディエットの目はリリーの頭に煌めく髪飾りに引き寄せられた。
「それは花の髪飾りか? なかなか良い物を持っているんだな」
「えっ、なにいっているんですか。この髪飾り、メディエットさんが送ってくれたものですよ」
リリーの言葉に、メディエットは一瞬戸惑いを浮かべた。確かに、かつてリリーにプレゼントした花と同じ形をしていた。「髪飾りなんかが似合うんじゃないか」と言ったこともあった。だが、この髪飾り自体を贈った記憶はなかったのだ。
さらに、リリーの栗色の髪に留められているその髪飾りは、単なる花とは言えなかった。蝋燭にも見えるような微妙な光沢があり、茎の先までが宝石のように透き通っていたのだ。
「……こんな風になってしまったら分からないですよね。メディエットさんからもらったスズラン、一輪だけになってしまったから。ランディスさんに頼んで造ってもらったんです」
「ほう……。あのご老体が。見かけによらず器用なものなんだな」
「そうなんですかね? マジェスフィアを使うのに器用さも必要なんですか?」
「どういうことだ?」
「メディエットさん。ランディス支部長のマジェスフィアの能力知らなかったんですね。いつも短杖を持っているじゃないですか。あれ、なんでも鉱石に変えちゃうマジェスフィアなんですよ」
「そうだったのか……。そんな凄い力を持っていたのか。あの人は……」
メディエットの謎が一つ解けた。だがメディエットにはまだ引っかかる謎が一つだけあった。
「なぁリリー。気になっている事がある」
「なんでしょう?」
「なぜこの街のトランプにはジョーカーが入っていないんだ?」
「あぁ、その事ですか」
リリーは一瞬、言葉を慎重に選ぶように沈黙し、そして、口を開く。
「あれはですね。旦那様とトランプで遊んでいた時なんですけどね。マジェスフィア無くされまして。片付ける際に入れ間違っちゃったんですよ。そこら辺のトランプと裏の表紙は同じですから」
「はぁっ!?」
「その後がまた大変で! 結局見つけるのに三日三晩かかりまして。最終的に厨房で見つかったからよかったものの、誰かが間違ってお使いにでもなれば、大問題だったんです」
メディエットはリリーの言葉に一瞬仰天したが、その話には何か愛らしい、納得できる要素があった。震える肩を揺らしながら、ぎこちない動きで右腕を脇腹に押し当てた。そして、口角が緩み、豊かな笑い声を空に放った。
「ハハッ――ハハハッ――」
「ど、ど、どうしたんですか、メディエットさん?」
「いや、単にその話が子供らしく感じたんだ」
メディエットは今まで以上に明るい表情で、言葉を続ける。
「なるほど、そんなことじゃあ、当分ジョーカーをデッキに戻せないな。アイツが『ジョーカー』をなくしたらこの街から伝説が消えてしうんだから」
この街のトランプにはジョーカーが含まれていない。その理由はよく知られている――もしジョーカーがトランプに含まれていたら、都市伝説にまでなった「死者と踊る道化師」が現れなくなる。街の人々の笑顔を守るため、ジョーカーが再びこの街のトランプに戻る日は、まだ遠く先のこととなるだろう。
ジョーカー・ザ・ネクロマンス ―死者の蠢く街と、双翼の女機士― @jesterhide
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます