エピローグ ―復活―

 魂の因果はこうも複雑に絡むものなのか。この振興都市ホロウオッドでは普通の常識は通用しないだろう。

 魂は舞踏する。待ち望んだ夜を真昼のように賑わせて。踊りながら、永別した者達と酒を飲み、互いの昔話に花をさかせるのだ。

 一夜という短い時間なれど、それは心に忘れぬ時を刻むだろう。だが、彼等が見えない世界に帰ったからといって決して忘れてはならない。彼等はずっと遠くから見守っているのだという事を――。


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市長執務室前の廊下は、静寂と優雅さで包まれていた。アレックスの公邸は「ミニチュアの白亜の城」とも称され、その風格は執務室の前まで続いていた。石畳の床、重厚な木製の扉、そして微かに聞こえる庭園の噴水の音。これら全てが、訪れる者に一種の尊厳を感じさせていたのだ。

 そんな執務室の重厚な扉の前で、一人の少女は立ち止まると、一瞬、深呼吸をしてから口を開いた。


「アレックス市長。入ってもよろしいでしょうか」

「どうぞ~」

 室内から伝わる子どもの声が合図となり、扉がゆっくりと開かれる。淡い陽光が廊下へと流れ込み、その光に照らされた少女の姿を明らかにした。


 アレックスは、年齢に似合わず堂々とした態度で、長い歴史を感じさせる木製の机に座っていたた。彼はまるで大人のように、肘を机に優雅に置き、指先を組んでいる。背後に広がる壁の中央には、一枚の美麗なステンドグラスが設けられており、そのステンドグラスからこぼれる繊細な光が、ほんのりとした神秘的な雰囲気を与えていた。この微妙な光が若き市長の顔に影を投げかけ、彼の存在感を一段と引き立てていた。


「やぁ、メディエット。やっと退院かい?」

「あぁ、まだ折れた肩は痛むが。いつまでも病室で寝ているわけにもいかない。それに、体がなまったら沽券にかかわる」

 トールの動く死体との壮絶な戦いで重傷を負ったメディエットは、あの夜、病院へ緊急搬送された。メディエットを診察した医師は、当初、彼女の状態を非常に危険だと見なしていたが、彼女の驚くべき回復力によってその見方は一変したのだ。わずか三日間の入院で、彼女はみるみるうちに体調を取り戻し、医者たちを驚愕させた。そして、退院が許された日、彼女はすぐさまアレックスの執務室に足を運び、二人は再び顔を合わせたのだった。

「君を担当した医師が驚いていたよ。死んでいてもおかしくないって言っていたのに、次の日には意識を取り戻して。さらに、驚異的な復活を遂げるなんてね」

「あぁ、こんなところで死んでられないからな。私にはやらなければいけないことがあるんだ」

「そうなのかい? 差支えなければ、キミの目標を聞いておくけど」

「私は、姉さんに誓ったんだ。この翼剣『ダブルダウン』を受け継いだからには、姉さん以上に立派な機士になるって」

「なら目先の目標は支部長ってことだね」

「へっ?」

「キミが言ったんだよ。姉さんは生きていれば今頃、支部長にでもなっていただろうって。だからキミのいう目標はそこら辺なのかなって思ってさ」

「……あぁ、そうだな」

「でも支部長って、先は長いよね。階級第1位のキミが、まず13位まで上り詰めないといけないんだ。その先の局長試験をパスして、はれて支部長というわけだけど。今は人がいないからね。無鉄砲なキミでもチャンスがあるのかな」

 アレックスの悪態に、メディエットは一瞬怒りを感じたたが、すぐさま深呼吸で落ち着きを取り戻すと、口を開く。

「アレックス、お前は機士協会の内情にやたら詳しいな。なぜなんだ?」

「僕はもともと魔鉱機士だよ。そして、キミと同じグリードリバーの数少ない生き残りさ」

「そういえばそうだったな。あの時はトールに変身していたんだったか」

「あぁ、そうさ。グリードリバーで戦っていた本隊と合流する前にトールさん負傷しちゃってね。グリードリバーではトールさんに頼まれたから、僕のマジェスフィアの能力でトールさんに変身したんだ。その時に得た彼の記憶がいろいろと教えてくれたよ。マジェスフィアについてだったり、機士協会についてだったり、ほんといろいろ。誰かになるのはあれが初めてで、キミが3人目だった。幸いトールさんも君も似た性格で助かったよ。」

「どういうことだ?」

「君たち2人、短絡的な思考っていうのか。記憶の中にあんまり負の感情がなかったから、やりやすかった。勝気なところまでよく似ている」

 アレックスの言葉に、メディエットの拳がわずかに震える。その震えがアレックスの視界に入ると、アレックスは大慌てで両手を前に突き出し、顔を歪ませた。まるで燃え上がる炎を消すかのように、急いで彼女の怒りを鎮めようと焦っているようだった。

「あっ、うそうそ。気を悪くしないでくれよ、悪気があって、言ったわけじゃないんだ」

 メディエットは、突如として慌てふためくアレックスの少年らしい挙動に目を落とし、その姿に心の中で笑いが湧き上がる。その笑いはついに抑えきれず、ほんのりと広がる笑みから一気に明るい笑いへと変わってしまった。

「アッハッハッハッハッ――。トールと私が良く似ているか。トールは強かったな。ベイカーが真犯人で助かった。トールが自分の意志で動いていたなら、それこそ歯が立たなかっただろうさ」

 そこまで言って、メディエットは自身が捕まえ損ねた犯人のことが気になる言葉を続けた。

「ところで、ベイカーはいまどうしているんだ? 死んではいないのだろ?」

「協会支部じゃないかな。ランディスが身柄を引き取って行ったから。きっと協会のやり方で裁くと思うんだけどね。彼らに連れていかれたら僕らはもう手が出せないよ。協会支部に戻ったらランディスに聞いてみて」

「そうか……。時間をとれるだろうか……」

「時間? あれっ、協会支部へは戻らないのかい?」

「事件は片付いたし、いったんサンディルの本部に戻ろうと思ってな。正午には大陸横断鉄道で本部に戻る予定だ」

「そうか、そうだったね。キミはもともと応援として派遣されていたんだっけ? 寂しくなるよ」

 アレックスはメディエットの言葉に少し考え込む。その顔には、深い思索と僅かな悲しみが浮かび上がっていた。


 ――そんな時だった。


 アレックスの背後にあるステンドグラスは、その美しさで部屋に微妙な明かりを散りばめていた。しかし、その繊細なガラスに黒い陰影が浮かび上がると、メディエットは瞬時に状況を把握。大急ぎで身を低くして、目の前の重厚な執務机にへばり付いた。


 その瞬間、破裂するような音と共にステンドグラスが粉々に砕け、その破片がまるで花火のように部屋中に飛び散る。ガラスの破片が執務机や床、そして壁に当たる音が重なり合い、瞬きする間に起こった出来事が、が室内に多層的な響きを与えた。

「なに! なに! なんなのさぁ! あぁぁぁあっ! わあっ――僕のステンドグラスがッ!!」

 アレックスは突如として響きわたるガラスの破裂音に耳を塞ぐほど驚いた。瞬時に頭を両手で覆い、目を細める。その次の瞬間、彼の目は窓ガラスを破って飛び込んできた何かに釘付けになる。室内を縫うように飛ぶその物体は、一匹の大きな翼をもつ鳥だった。この鳥は、何とか小さな室内で華麗に旋回を果たし、最終的にはアレックスの目の前、執務机の上にしなやかに着地した。

「なに……、この、メカメカしい鳥は……」

「おそらくグレゴリー本部長のマジェスフィアだろう。あの人のマジェスフィアは金属を組み合わせて動物を作りだすことが出来るから――」

「へぇ~くわしいんだねぇ……。メディエット……。確か、キミ。窓ガラスが割れる前に隠れたよね」

 怒りに燃える瞳で、アレックスは目の前に舞い降りた鳥、正確には、鳥の形をした精緻な機械を睨み付ける。その機械は少しも悪びれる様子なく、鉱石のように輝く丸い瞳を煌々と光らせていおり、優雅に毛並みを整えるようなしぐさを見せていた。

「さて……。この怪鳥が割ったステンドグラスの弁償はいったい誰に頼めばいいんだろうか」

 アレックスは怒りの籠る変わらぬ瞳で、メディエットに視線を向ける。

「私を見るな。私は関係ないだろ」

「じゃあ一体なに? なんで僕のところにこんなのが飛んでくるのさ」

「あぁ、それならたぶん……」

 メディエットはそう言うと、不思議とばかりに漂う声に、素早く身を乗り出し、その機械仕掛けの怪鳥を鷲掴みにした。

「きっと……私に新しい任務を伝えに来たのだろう。足下に書簡がつかまれされている」

「えぇ~っ、やっぱりメディエットが絡んでたんじゃん――」

「――私を問題児のようにいうな」

 嫌味が毒のように自分に向かって飛んでくる前に、メディエットはそれを冷徹な表情で一蹴すると、自分宛に送られたと思しき丸められた手紙をさっと広げ、目を通し始めた。

「あの~なんか凄い音がしましたけど大丈夫ですか?」

 主の仕事場から響く騒ぎに気を引かれてやってきたのだろう。リリーは開きっぱなしの執務室の扉枠から、控えめに顔を覗かせていた。メディエットはその微細な動きに目を留めた後、読み終えた書簡を机に乱雑に投げ置き、リリーの方へと足を運んだ。

「――メディエット、その手紙にはなんて書いてあったんだい?」

 アレックスは執務室の扉へと進むメディエットの背中に対して、言葉を投げかけた。その声に耳を傾けたメディエットは、一瞬足を止め、手を挙げてさりげなく返事を返す。

「どうやら、首都サンディルに帰る必要がなくなったみたいだ。グレゴリー本部長が、本日付けで私をファントムウッズの駐在に任命するとのことだ。まぁトールの後任が決まるまでらしいがな。もう少しこの街にお世話になるぞ、アレックス」

「えっ……」

「さぁ――リリー、この街を案内してくれ」

「あのッ! あのぉッ! ちょっと! 割れたガラスを片付けないと――」

「――いいって、いいって!」

 メディエットは、リリーの戸惑いを感じつつも、彼女の背中に力強く手を当てて廊下へと導いた。その動きに溢れるエネルギーは、メディエットの顔にも表れており、彼女の表情はこれまで以上に明るく、何処か楽しげにさえ見えた。

 床一面に散らばるお気に入りのステンドグラス、その残骸に目を落とし、アレックスは凍てつくような吐息を一つ漏らす。机の上で、金属で作られた怪鳥が一匹。自らの使命を完遂したことを誇らしげに語るように自身の身体を膨らませるようなしぐさを見せていた。

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