女神の憂鬱

猫丸

女神の憂鬱

「父上と義母はは上は、またやりおうておられるのか」


 女神〈パラス・アテナ〉はひとり小高い丘の上に立ち、何もない荒野を睥睨へいげいしつつ呟いた。駐留している地球型惑星はまだ幼く、知的生命体は確認されていない。眼下には茫漠たる景色だけが広がるばかりである。

 参謀本部の報告によれば、オリュンポス軍の最高意思決定機関である〈御前会議〉は紛糾して終わる気配をみせないという。作戦会議での席上で、オリュンポス軍総司令たる父、大神〈ゼウス〉と、副指令たる義母、女神〈ヘラ〉は事あるごとに対立している。今回は、第二次巨神戦争〈ギガントマキア〉の趨勢を決するかも知れぬという、決戦兵器のを巡って争っているらしい。


「この戦、長引くかも知れぬ。たかが兵器の名前ひとつでこうも揉めるとは」


 ――戦場いくさばに立つ身にもなって欲しいものだなと、つい愚痴をこぼしそうなった時、警告音と共に高度戦術支援用人工知能エー・アイ〈ニケ〉の合成音が女神の思考に介入してきた。


『位相空間振動を感知。量子テレポートです。十二時の方角、距離およそ二千五百。所属不明機アンノウン多数、急速接近中』


「ほう。物質転送テレポートの技術をお持ちだったか。大婆ガイア様も学習なされたとみえる……しかし、正面から突撃して来るならば同じこと」


 女神は軍技術廠ヘパイストス製の神鎧しんがい 〈アイギス〉のエネルギー偏向力場を展開すると、優雅に左手を振るい、自動迎撃システム〈メドーサ〉を起動させた。


「塵は塵に、灰は灰に……」


 左腕に装着された兵器は、毒蛇のごとき触手を四方に広げて目標を自動補足すると、高出力レーザーの咆哮をあげる。

 全身各所に生成した生体レーザー兵器を乱射し、土煙を巻き上げながら疾走する異形の巨人型兵器ギガースどもは、次々と緑の光線に打ち抜かれて崩れ落ちていった。一方、巨人が放つ赤い光線は偏向力場に阻まれて、美しき女神に傷ひとつ負わせることも叶わない。


「土くれより生まれたお前たちは、再び土くれへと還るがよい」


 視覚に直接投影された拡張現実エー・アールディスプレイから敵機を示すコードが次々と消失していく中、勝利を確信して酷薄な笑み浮かべる女神の思考に、再び警告音が鳴り響く。


『地中より振動音を感知。距離千二百に大型機出現。百手巨人ヘカトンケイル型三体を確認……目標、岩塊を射出! 質量兵器の為、偏向力場による回避不能!』


「はははっ。やるではないか!」


 女神は右手に携えた、プラズマ・ライフルと高速振動剣ヴァイブロブレードが一体化した長大な武器、銃槍ガンスピアを無造作に振るい、百手巨人ヘカトンケイルの装備する電磁加速砲レールキャノンから打ち出された巨大な岩石型弾頭を両断した。分子レベルで超高速振動して白く輝く刀身に、加速を促す金属製の弾心コア までもが易々と切り裂かれ、地面に衝突した岩塊は粉々に砕け散る。


「土中から我を殴りつけようとは無粋な輩め……消え去れ!」


 女神は銃槍ガンスピアよりプラズマ弾を発射し、三体の百手巨人ヘカトンケイルを一瞬で蒸発させると、深く大きなため息をついた。


「何と愚かなことよ……」


 この戦が始まってから、女神の苦悩と疲労は蓄積するばかりだった。銀河の支配権を賭けた大戦とはいえ、所詮は一族郎党を巻き込んだ盛大な内輪喧嘩モメなのだ。

 女神の曾祖母たる大地母神〈ガイア〉は、いまだに王権を不当に剥奪されたと怒り狂って、大神を僭称している――と、彼女は思っている――孫を罵って決して赦そうとはしない。女神の父たる大神〈ゼウス〉もまた、苦労して得た宇宙の玉座を、簡単に手放すことはないだろう。オリュンポス十二神が率いる全軍を投入しているのだ。いくら相手が祖母とはいえ、以前のように奈落の惑星〈タルタロス〉に幽閉するだけで済むはずがない。

 女神は暗号化された思念通信を通じて麾下きか自動戦闘機オートマトン ・蟻人兵〈ミュルミドン〉の一個大隊投入と、敵残存兵力の殲滅せんめつを命じると、衛星軌道上に停泊する旗艦〈パルテノン〉へと量子テレポートで帰還した。

 大神〈ゼウス〉の愛娘、女神〈 パラス・アテナ〉の憂鬱は、いつ果てるとも知れないのだった。


(女神の憂鬱・了)

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女神の憂鬱 猫丸 @nekowillow

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