第63話 六本木で乾杯

「うおお大都会だあ!」

悠里は始めての六本木を見渡してそう言った。


「……割と雑多なところだね」

和樹は感じた事をなるべく穏当に表現した。


日本の大都会といえば東京、その東京の中でも最先端の繁華街と言われているのがここ六本木だが、なんか汚い街だなというのが和樹の第一印象だった。


和樹と悠里が六本木まで来たのには理由がある。エリーズがここ六本木でも有名な六本木フォレストという商業ビル内にオフィスを構えるというので、様子見と冷やかしを兼ねて覗きにきたのである。


「でっかー!」

六本木フォレストを見た悠里はそう声を上げた。


「……なんだこれ……?」

和樹はそのビルの表にある蜘蛛みたいな謎のオブジェクトを見てそう言った。


警備室でビジターカードを借りてオフィス用エレベーターに乗って目的の階へ赴く。オフィスはまだレイアウト中だったがエリーズと共に何人かが居た。


「やあエリーズ、はいこれ差し入れ」

地下鉄六本木駅から上がってすぐ近くにある有名な洋菓子店でシュークリームを20個ほど買ってきたのだ。これだけあれば足りるだろう。


「ああ、ありがとう……ヒョードーさん」

エリーズは日本語ではなくフランス語だが、さすがに「パパ」と言えば悠里に勘ぐられると思い、事前にその呼び方は止めるように言っておいたのだ。


「コニィチハ、ユーリィサン」

エリーズはたどたどしい日本語で悠里にそう挨拶した。悠里にはエリーズは同族の人間とだけ伝えてある。娘とかいうといろいろ面倒だ。


「ぼ、ぼんじゅーる、まどもあぜる、えりーず」

悠里もたどたどしいフランス語でそう言うのが精一杯である。


「麗しの初対面か」

そう言いながらアランが奥から現れた。彼はこの事務所に配属になった訳ではないのだが、連絡員として利用することも多いでしょう?という理屈でエリーズに無理やり手伝わされているのだ。


「こんにちはユーリさん。わたしはアランです」

アランがエリーズより流暢な日本語で悠里に挨拶した。アランが連絡員として指名されたのは言語習得能力が高いからである。


「こんにちはアランさん。日本語お上手ですね」

悠里はにっこりと笑ってアランにそう挨拶した。


「ありがとう、ユーリさん」

アランもにっこりと微笑んでそう返す。


「めちゃ可愛い娘じゃない」

エリーズはフランス語でそう言った。悠里は顔つきはまだあどけない部分も残っているが、それでも目鼻立ちが整っており実年齢より上に見える。


「本当にいい娘をつかまえたもんだ」

アランも冷やかすようにそう言った。


「なんていってるの?」

悠里には二人の言葉が判らないので和樹に訊いた。


「悠里がとても可愛いって」

和樹がそう言うと悠里は微妙に恥ずかしそうな笑顔を二人に向けた。


「じゃあまあ水だけどとりあえず乾杯しよう」

和樹がそう言い、エリーズがスタッフを集めてペットボトルの水を配った。


「じゃあ皆の健康と幸福を祈って、乾杯」

エリーズが音頭を取ってそう言った。悠里には正確にはその言葉は判らなかったが、それは悠里と和樹の前途を祝してくれているように思えた。



(第一編 完)

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