第62話 キューピットの愚痴

「まったく、好きに遊びやがって」

アランはホテルのバーで和樹にそう言った。


「仕事だよ仕事」

和樹は笑ってそういなした。


アランは和樹と悠里がオランダに行ってる間、ここに泊まり込み、二人の不在をその力でごまかし続けたのである。つまり二人の愛を育むキューピットになってくれたのであった。本人はいやいやだが。


「いつかこの貸しは返せよ」

アランはデュベルをを飲み干してそう言った。


「ここでかわいい娘は見つからなかった?」

和樹がそう言うとアランは口をへの字にした。


「お前の彼女はかわいいけどなあ」

つまり全然見つからなかったらしい。


「ゲイシャ・ガールが居るとは思ってなかったが」

ここまで味気ないとは思わなかった、とアランは吐き捨てた。アランからすれば西洋人と同じ格好をした女性ばかりで、オリエンタルな魅力を感じさせる女性などどこにも居なかったのだ。胸も尻もない女がワンピースなんか着るな。みっともない。


「帰りに京都でも行ってみれば?」

和樹は適当にアランを慰めた。和樹も京都に行った事はないが。


「わざわざ行くほどじゃない」

和樹もそうだがアランも衝動的な性欲を持っている訳ではなく、それをしっかり制御できる。必要ならホモ・サピエンスの男なんか比較にならないほど深く強く女性と交歓できるが、必要もないのにそれが湧き出したりはしないのだ。


「そういえばエリーズが来るんだってな」

アランは話題を転じた。


「ああ、すごくイヤがってるけどね」

和樹は苦笑しながらそう言った。


「俺もエリーズと一緒だな。フランスがいいんじゃなくてこの国に魅力がない」

アランは呆れたようにそう言った。


「……まあ、否定はできないかなあ」

和樹もそれに同意した。この国に来た当初は形骸化した軍事政権が人口増加に対応できずに不況に喘いでいたが、それでものどかないい国だと思った。それがペリー来航から激動の時代が始まり、大戦で敗北して以来、国の魅力がなくなってしまった。


「正直、そろそろまたどこかに移住しようかと思ってたんだよ」

和樹はぽつりとそう言った。


「……そしたらかわいい彼女ができた」

和樹は惚気のろけ顔でそう言った。アランはけっ、と口を歪めた。


惚気のろけやがって」

とは言えアランも人の悪い男ではない。再びグラスを会わせて無言で乾杯した。

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