3 裁きはどんなものでも公平である

 三之丞と神社の近くで合流し一凛の得た創作怪談の話を聞き、厄介そうに頭を掻いていた。


「創作の怪異ってあれか? 妖怪たちが噂してる……」

「ええ、昭和後期から平成の今にかけて情報の錯綜が早くなってきました。当然、今の時間帯で外国の現状がわかったりするのです。便利でありながら不安定な時代ですよ」


 三之丞は難しそうな顔をしながら、頭をかく。現代に沿わない古い妖怪からすると、かなり面倒事になってきたのだろう。だが、一凛は創作怪談の怪異について話は聞いているが、今回の猫の件について特殊のような気がした。


「今回のあの悪戯猫の怪談について、かなり特殊だと思うんだけど……」

「そうでしょう。今回のあの猫は『悪戯猫の戯れ』という怪談にたまたま合致し怪談の影響を受けて少しずつ生成して妖怪化してきている。……けど、妖怪になったそれは猫又や化け猫とは違ったものになるでしょう」


 彼女に同意して放す安吾に、三之丞は険しい顔をした。


「けど、話を聞くに、その話をもとに妖怪に転化するとなると快楽殺人を好む妖怪になるぞ」

「……それって」


 息を呑む一凛に安吾は腕を組む。


「……立場上無視してもよいですが、個人的には無視できませんね」


 無邪気なものが更に悪意ある無邪気になると、もはや野放しにはできない。三之丞は険しい顔をした。


「だったら、急いだほうが良い。猫たちに聞くと、あの猫は国道一号線に向かおうとしていたらしい。国道一号線はトラックが多く走ってる。あそこであの幽霊猫が動くと確実に死人が出るぞ」


 国道一号線は静清バイパスという高架道路がある。また近くには高速道路の料金所もあり、トラックのドライバーなど動いている。要は、交通事故が起きれば重傷者か死人が出る確率が高い。安吾は眉間にしわを寄せ、一凛は焦った。


「それはまずい! 安吾さんのお陰で私は助かったけど、あの猫は確実に人を轢かせようとしてた。さっき見た男性がいた場所は車から見える場所だったから、飛び出した姿が見えてぎりぎり助かったと思う。でも、国道一号線なんて大型のトラックがよく通るから怪我や事故は免れない!」

「けど、あの猫を捕まえるにゃあ策を練らないと。けど、そう簡単に策なんて……」


 安吾は口を動かす。


「できますよ。策とは言えないお粗末な作戦ですが」


 一凛と三之丞は彼に顔を向けると、悪戯っぽく笑っていた。


「流石に幽霊猫といえど、やりすぎは良くないですね? 三之丞さん」

「あ、ああ……」


 言われても頷く三之丞だがぎこちない。一凛が見たものよりもだいぶ邪悪な笑みであるからこそ、ぎこちなくなるのも当然だと言える。




 簡単な作戦を聞いて三之丞は驚いたあと早速実行に移す。

 国道一号線の道路に移動し、安吾は大曲という呼ばれる場所の歩道の上に立っていた。信号機は青信号。法定速度を持っている車も入れば、持っていない車もある。安吾は普通の人のように反対側の道路を見ていた。三之丞と一凛は歩道橋の上から様子を見守っている。

 様子を見つつ、三之丞は息を呑む。


「……なぁ、あの安吾っていう兄ちゃんは大丈夫なのか? 久世ちゃん」

「大丈夫です」


 自信満々に頷き、安吾をみる。


「安吾さんはあの猫を捕まえますよ。事故に遭うことはありません」


 三之丞は心配そうであるが、安吾を知らなければ不安に思う。彼女は安吾を見ていると、安吾の近くに白が多い白黒の猫が現れた。三之丞は小さな声を出す。


「……違いない。あいつだ。あいつが妖怪たちに迷惑をかけてた」


 猫は安吾の隣に立つと、億から大型のトラックがやってくる。大型トラックが来るタイミングを狙って、人間を操って飛び込もうとしているようだ。たちの悪さに三之丞は眉をひそめ声を上げる。


「あの、クソ! わざと……!」


 一凛は拳を握り、安吾を見る。大型トラックが近づいてくる。猫は身構えて走る体勢をとり、安吾もこれから走ろうとする。猫と安吾が共に走り出していくと大型トラックも近付いてきた。真正面に安吾は現れ、大型トラックと正面衝突しそうになる。三之丞は慌てて身を乗り出そうとするが、大型トラックが安吾の姿を煙のように消すだけで通り過ぎていくだけ。


「……へっ」


 三之丞は呆然とした。大型トラックをすり抜ける悪戯猫だけが残される。猫はターゲットが消えたことに驚きつつ周囲を見回すが、何もないところから手が現れた。安吾の手だ。安吾は猫の後ろ首を掴むと、一凛の隣に現れて猫を連れてきた。


「はい、これでおしまいです」


 後ろ首を掴まれた猫は大人しくぶら下がり、三之丞は驚きながら安吾を見る。


「こりゃ、たまげた……。人じゃないと聞いたときは驚いたがこんな芸当ができるとは」

「いえいえ、大したことではありません。僕としてはこの猫に一杯食わせて満足です。……さて、この幽霊猫ですが」


 安吾は猫を冷ややかに見る。


「辺り一帯の安全のため処分しましょう。凶焔」


 安吾の言葉とともに黒い炎が現れ、猫を燃やす。猫は悲鳴を上げ、黒い炎の中で燃やされていくもすぐに形を無くした。炎が消えると白い魂のようなものが現れるが、それは天に昇ることなく地面に向かって沈んでいく。

 天に昇れば極楽か天国の可能性が高く、沈めば地獄の確率が高い。そう聞いていた一凛は複雑そうな顔をしながら三之丞を見る。


「……あの、三之丞さん。猫というか……動物や妖怪も同じように地獄に向かうのでしょうか?」

「向かうな」


 即答し、三之丞は話した。


「相応の悪さをすれば、裁かれるのとは当然だ。妖怪も裁かれるときは裁かれる。動物も裁かれるときは裁かれる。人間と同じようにそこは公平ってやつだろう。とはいえ、動物が地獄行きっていう話の真相はわからない。動物に飼い主がいる場合は、飼い主とその動物の性格次第かもしれない。これら俺個人の意見ってやつだな。

だけど、今回の件は流石に裁かれるだろうな。たちが悪すぎた」


 三之丞は腕を組み、苦笑いする。


「……まあ、同情は少しする」


 話を聞き、一凛はなんとも言えなくなる。かつて犬を飼ってた身としてはまともな境遇であればと同情は少しできる。だが生物の種が違う上に、現状は解決している。悪質な行為のこともあり、一凛は悪戯猫に何かしてあげられないと息をついた。 




 夕日がくれる頃、白髭神社の近くでの三之丞は猫又の姿に戻り、二人に頭を下げた。


「ありがとうな! これで嫌な話を聞かなくてすむ。礼できる礼はすくねぇけど、困ったときがあったら声をかけてくれよ。安吾の兄ちゃんに久世ちゃん!」


 と三之丞は快く言うが、不思議そうに安吾は聞いた。


「しかし、三之丞さん。貴方は人に友好的ですね。友好的な妖怪はあまり見ませんし、猫又というど友好的なものはそう多くない。何故ですか?」


 一凛が見てきた中で友好的な妖怪は見たことない。最初に出会った鬼は一凛を食べようとしていた上に、犬神は主人を仇なしていた。聞かれた内容に三之丞は答えた。


「ん? ああ、俺の女房と子供が人間だったからな。伴侶と作るつもりはないから、今の俺は寡男やもおになるか」

「「えっ!?」」


 と衝撃的な事を聞き、一凛と安吾は驚く。寡男とは未亡人の逆バージョンと思ってくれれば良い。まさか所帯持ちだったとは思わず、口をあんぐりとさせるしかない。二人のリアクションに三之丞は大笑いしていた。


「あっはっはっ! 確かに人間が伴侶ってめずらしーだろうな!

子供は半分妖怪の血を引く半妖ってやつだったけど、かなり人間よりだったし人間の血のほうが強かった。息子は妖怪にならなくて人として天寿を全うしたよ。孫も人間として生きて死んで、曾孫も人として生きて死んで、その先ずーっと俺の子孫は人間だ」

「……これは、驚きの事例ですね。では、親類はもう……?」

「いや、子孫はいるぞ。安吾の兄ちゃん。

子孫は日本海側と関東。あとはここに住んでるな。もう妖怪の血は薄まってほぼ人間だけど、俺は顔を見に行くぐらいはしてるぞ。子孫たちはな、妻と人間に化けた俺にそっくりな部分がある」


 と自慢気に言い、一凛と安吾は驚きながら顔を見合わせる。凄い人ならぬ猫又に出会ってしまった。三之丞は二人を見上げて口を動かす。


「俺が所帯を持ったのは幕末ぐらいだ。だからまぁ子孫はたくさんいる。俺が人間臭い理由は人間の女房に惚れたから、人に友好的な理由は女房と過ごしたこの街を、その子孫が暮らしてる街と日常があるからだ。ここも俺の子孫が住んでる街だから、悪いのなんて見たくないのさ」


 一凛は妖怪が所帯を持って、子孫を見たこと守っていると思わなかった。妖怪側にとっても珍しい話だろう。だが、見守り続けているその彼に尊敬の念を抱かれずにいられず、素直に褒めた。


「凄いですね……」

「そうか? けどまあ人間の久世ちゃんが言うならそうなんだろうな」


 安吾を見つめながら三之丞は聞く。


「でもさ、安吾の兄ちゃんは人に友好的って言うけど、お前さんも妖怪と言う割に友好的だよな。……いや、違うな。まさかと思うけど──」

「三之丞さん」


 安吾は指を立てて口に当てて微笑む。三之丞はその顔を見たあと目を丸くして、すぐに笑みを浮かべる。


「そうだな。人間にも妖怪にも知られたくないこと一つや二つある」


 半妖とは知られてはいけないわけではないが、安吾達の立場は深入りさせてはいけない。特に組織については普通の妖怪でもかかわらせたくなかった。

 彼の対応に安吾は感謝をし、三之丞は気にするなと笑っていた。

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