2 猫については猫に聞け

 猫については猫に聞く。道理ではあるが、猫について猫に聞けるわけがない。だが、猫については妖怪の猫に聞ける。神社の近くに猫又の気配があるらしい。彼女達は白髭神社の近くにいる尻尾が二又の三毛猫を見つけた。人が通ることが少ないような時間。二人は猫又の前にしゃがみ、事前に用意したスティック状の猫のおやつを安吾が渡す。


「こんにちは。猫又さん。少々、お聞きしたいことがありまして、貴方に話しかけております。餞別にこのおやつをどうぞ……」


 猫又はおやつを見ると立ち上がって、嬉しそうに受け取る。


「へぇ、俺が猫又とわかる上に気が利くな! あと、俺は三之丞っていう名前があるんだ。そう呼んでくれると嬉しいねぇ」

「ええ、わかりました。ああ、名乗り遅れました。僕は鷹坂安吾。こちらの女性は久世一凛さんです」


 流れるように紹介をされる。かなりフレンドリーな猫又だ。一凛は頭を下げる。


「あっ、は、はじめまして」

「久世? ……その雰囲気と眉と口……もしかして久世隆司の坊やの娘さんか?」


 三之丞に言われて一凛は驚く。


「えっ、父を知っているのですか!?」

「あったりまえよ。俺はこの清水区に三百年は住んでるんだ。ある程度の住人の顔は覚えてる。あと、隆司を知ってるのはあいつが近くの中学に通ってたからな。女に告白して綺麗に玉砕した記憶は今でも思い出せる」


 腕を組みながらうんうんと頷く猫又の三之丞に、一凛はなんとも言えない顔をする。父親の古傷とも言える話を他人から聞くとはむず痒さがあるというもの。聞かなかったことにしようと、一凛は恐る恐る聞く。


「け、けど、よく私達に話しかけられても驚きませんね……」

「ああ、退魔師とか陰陽師が時々神社の神使や俺のような近隣に住まう妖怪に聞き込みすることがあるから。それに、ここ最近陰陽師のあんちゃん達がここに来て俺達に聞き込みしてたし。まあ最近妖怪側にも事件が多いから、動かざる得ないんだろーけどさ」


 スティック状の猫のおやつを手慣れたように切る。両手で器用に出して舐め、猫のように可愛くおやつを食べるが。


「っあー! やっぱこりゃうまいねぇ! 酒の肴だわ!」


 と、人間らしいおっさん臭さを出して今度は片手で舐める。一凛は人間臭い妖怪を見るのは初めてであるが、おっさん臭さが漂う猫又を間近にして妖しさというものがぶち壊される。

 安吾は苦笑しながら聞いた。


「本題に入ってもよろしいですか?」

「ん? おう、いいぞ。聞きたいことってなんだ?」


 おやつを食べる手を止めて顔を向け、安吾は質問をする。


「お伺いしたいのは、道路で現れては人ともに車に突っ込もうとする白が多い白黒の猫の幽霊のことです。何か、心当たりは有りませんか?」

「白が多い白黒の猫の幽霊?」


 ピクッと耳を揺らし、三之丞は表情を真顔にする。


「それ最近清水区にいる妖怪達に加害してる怪異のなり損ないだぞ。とうとう人にちょっかい出したのか?」

「……怪異のなり損ない、ですか?」


 驚く安吾に三之丞は頷く。


「ああ、どうやら飼い猫だったらしいんだが、性格が良くないらしい。俺達猫っていうのは自由気ままではあるが、相手を死に至らしめるまでは滅多にしない。……というか、飼い主がちゃんとしてなかったのもあるんだろうな。保護される前に死んだからか、成仏はできなかったようだな。浮遊霊になって、妖怪や人間たちに悪戯したり、ちょっかいを出してたぐらいなんだが……」


 三之丞は地面に腰をついて腕を組みながらあぐらをかく。


「……調子に乗って来たんだろうな。変に力をつけ始めて、妖怪たちを加害し始めた。最初はまあ妖怪同士をぶつけさせ合うぐらいだった。けど、今は走ってくる妖怪に妖怪をぶつけてはねさせる真似をしてる。悪戯の域を超えてるんだよ」

「それって……妖怪でも危ないんじゃ……」


 一凛の言葉に三之丞は同意する。


「そうなんだ。まあ死ぬまで至ってないのが救いだが……つうか……安吾の兄ちゃんの話を聞くにとうとう人間までてぇ出したか。妖怪になれる手前に来て、調子に乗ってんな」


 怒りながら言い、三之丞はおやつを一気に食べ終えるとスティック状のおやつを握る。一瞬で三之丞が煙に包まれて煙から姿を表す。五十代ぐらいの黒に近い茶髪の男性で、服はTシャツとジーパン。靴はサンダルという近場にいそうな中年男性の姿となった。

 頭をかきながら微笑む。


「とりあえず、俺もあんたらに協力するわ。この一帯の人間にてぇーだすのはいただけねぇからな」


 猫又は化け猫同様変化ができると言う。三之丞も人に変化できるほどに力があるのだろう。思いの外快く協力してくれる様子に、安吾は立ち上がって聞く。


「……非常にありがたいのですが、よろしいのですか?」

「構わんさ。俺はのんびりと平穏に過ごしたい。こーゆー厄介事は早々に片付けるに限る」

「……ご協力感謝します」


 頭を下げる安吾に三之丞は笑った。


「俺は野良猫に聞きながらあの猫幽霊を追いつつ、被害に合いそうなやつ助けてく」

「僕も猫を探しつつ被害を未然に防ぎます」


 安吾は一凛を見て話した。


「では、一凛さんはあの猫が何なのかを神社の中で調べてください」

「了解。任せて」


 安吾の話を聞いて三之丞は不思議そうな顔をするが、十数秒で納得したように頷く。


「…………あっ、わかった。今じゃあ、すまほ? ってやつで簡単に調べられるんだっけ? 今の俺はそういうの手に入らないし、凄いな。じゃあ、そっちがなんかわかったら情報交換な。俺もなんかわかったら、こっちから駆けつけるから」

「わかりました。よろしくお願いします」


 一礼する安吾を見つつ、三之丞は走って行く。安吾と一凛は互いに顔を合わせて頷いた。安吾は空中に姿を消すと、一凛は神社に参拝をしてからスマホで簡単に調べていく。

 神社の中であれば多少の悪意ある怪異や妖怪から身が守れる。

 スマホをバッグからだして、一凛は灰色の猫について調べた。

 灰色の猫で検索しても恐らく別のものが出るだろう。三之丞から聞いた話を思い出しつつ、キーワードを打ち込み該当されるようなものを出そうとした。

 猫、車、事故、悪戯、被害。そして、怪談。

 検索欄に書くと該当し、一覧が出てきた。『怪談図書館』のサイトであり、またお世話になるとは思わず彼女は内容を見た。『悪戯猫の戯れ』というタイトルであり、中身を読んで。


「戯れじゃないじゃん……!」


 猫の戯れというには度が過ぎており、言葉通り悪戯の域を超えていた。詳しく話を見ていると。


「そこ、人の通り道だから長居すると邪魔になっちゃいますよ」


 優しく背後から声をかけられ、一凛ははっとして振り向く。

 ショルダーバッグをしている。他の男性よりも身長が大きいゆえに一目つく。春服はかなり似合っている。ふわっとした茶色の短髪の二十代後半ぐらいの男性。前髪の一部を色付きのヘアピンでクロスさせておしゃれに止めている。ふわふわとした白い雲のような優しいイケメンとも言える風貌だ。

 一凛は隅によって道を開けて、彼に謝った。


「すみません。どうぞ!」

「いえいえ。──こんにちは」

「……こ、こんにちは」


 頭を下げて挨拶をし返すと微笑まれる。男性は手水舎にいって手を洗う。作法通りに洗うと、ポケットからハンカチを出して手を拭く。バッグから財布を出して五円玉の小銭を出す。本堂の前に行くと賽銭箱に入れて鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼をする。その後は境内を見ていた。

 不思議な男性だなと思いつつ、スマホに目を向けようとするが足音が聞こえる。顔を向けると先程の男性であり、彼女に声をかけた。


「あの、すみません。ここは有名な漫画家さんが子供の頃に遊んでいた神社だとお伺いしたのですが、本当ですか?」

「あっ、はい。そう言われてますね。私は話を聞いただけなので詳しくは知りませんが……」


 適当に愛想よく返事をすると、男性はにこやかに。


「じゃあ、君が組織『桜花』に保護されているのも本当かな?」

「え」


 受けた質問に目を丸くした。


「あさがおさん!」


 鳥居の方の向こうから声が聞こえ、彼女は振り返ると安吾が慌ててやってきていた。彼女のもとに来ると、安吾は焦りながら問う。


「あさがおさん、いや一凛さん! 貴方の方に優しげな男性が来てませんでしたか!?」

「ピンポイントでいう……。まあうん、安吾さんの言う通り、話しかけてきたよ。こちらの──あれ?」


 振り返って男性に向けようとすると、彼女に話しかけてきた男性の姿はなかった。安吾は彼女の向いた方に目を向けて舌打ちをした。


「……残滓がある、逃げましたか」

「えっと、安吾さん。神社にいても大丈夫なの?」


 安吾な流れる血は穢れや不浄を司るようなもの。存在の安定のことを考えると神社は良くない。彼女の質問に彼は頷く。


「人間の状態であれば多少は平気です。ですが、流石に神社の中で姿を現すことはできません。神社の敷地の外であれば大丈夫なのですが……いえそうではなく」


 彼は真剣な顔で話した。


「僕がここに来たのは、あいつの気配を感じたからです。……僕が来る前に貴方が遭遇した人に気をつけてください。……変なこと聞かれませんでしたか?」

「変なこと……? あっ、君は組織に保護されてるのは本当かって……」


 先程の男性の質問を思い出して一凛はゾッとする。

 わかっているように聞いていた。些細な反応でもわかるようにあえて確認の質問をしていた。一凛の反応からイエスと答えてしまったようなもの。だが、先程の様子は普通の人だと思う接し方であり、怪しい人物とは思えない。油断させられたと顔色を悪くする。


「……あの人って……!?」

「大丈夫。組織の仲間です。一凛さんに下手な手出しはしません。ですが、正確にはという状態ですが」


 組織の仲間と聞き、彼女はそっとしたが白黒などのはっきりとした状態ではなく曖昧な答えに一凛はきょとんする。


「……ってどういうこと……?」

「立場や返答次第では敵になり得るってことですよ」

「……それかなり綱渡り……」


 慄いて彼女は彼について聞こうと考えたが、我に返って目的に比重を傾ける。


「ってそうだ。安吾さん、あの猫について、わかったよ!」

「! 流石、感謝です」


 スマホを見せて怪談を見せると、安吾は軽く拍手をしてから笑みを見せた。

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