1 稚児橋近くでの結界づくり
巴川。二人は稚児橋の上にいる。またの名を地元の人間は由来や橋に河童の像があることから『かっぱ橋』と呼ぶ。東京にあるかっぱ橋ではないのでご安心を。
その歴史と言い伝えのある稚児橋は巴川の灯籠祭りが行われる。いわば地元のまつりだ。七月に行われる灯籠であるが、夜は手筒花火が行われる。
何げに風情のある祭りであるが、彼らが今過ごしている月は五月初旬。現在は行われない。彼女たちがいる地区は某国民的アニメや漫画の話にも出ている。
緑色に見える黒髪をした一つ縛りのおかっぱ男性。顔立ちが整っており、糸目のような目で刀印を組んでいた。
彼は印を組むと波紋のように現れて、橋全体にいきわたるとすぐに消える。
「……ふぅ、これで最後ですかね」
彼女はその様子を見たあと、息をつく男性に声を掛ける。
「うん、これで境界の調整もおしまい。お疲れ様、安吾さん」
「あさがおさん、どうも」
「あさがおさん?」
「……あっ、すみません。
慌てて呼び直す彼に朝顔の少女は微笑んで頷く。一つ縛り茶髪の少女が返事をした。朝顔のように愛らしくもあり、表情も生き生きとしている。
悪しきものが出られぬように結界を作る杭を打ち、境界を整えろ。上司から手紙できた任務であり、範囲はかなり広範囲だ。範囲内は静岡市の全体。距離と範囲はかなりある。上司風に言うと、「面積1411.93平方km 県境に沿うように結界を張ってね♡」である。安吾は「クソ上司」と悪態をついた。結界はすでにはりおえて、面倒くさい場所の境界も整え終えている。あとは清水区の境界を整える場面で彼女と遭遇した。
ちなみに、一凛は付き添いだ。商業施設でのお菓子フェアを見に行っていたところで安吾と遭遇したのである。
事情を聞くと一凛も手伝うと話していた。あぐねていた所に、上司から見計らったかのように電話が鳴る。四苦八苦しながら安吾が出ると「彼女も任務手伝って、イインダヨォ! Freeだよぉぉ!」と通話を上司が切り、その後すぐに安吾が自分の携帯を叩き壊した。壊した携帯は自分で処分するとのこと。つまり、手伝っていいよである。
出会った流れを一凛は思い出しながら苦笑していると、安吾が話しかけてくる。
「一凛さん、よろしかったのですか? 確かに今回の任務は危険性はありませんが、僕の手伝いはしなくても構わなかったのですよ」
普通に過ごしていても問題はないが、彼女は首を横に振る。
「確かにそうかもしれない。でも、組織にあの子がいるなら、私も少しは手伝いたいの。少しでも助けになりたい」
「……罪悪感を抱かなくてもよろしいのでは? 昔の貴方の状態と貴方のご友人の状態は、一凛さんのせいではありませんよ」
言われるが、彼女は再度首を横に振った。
「ううん、あの時の私は知らなかったとはいえど傷付けた。後からわかった事だとしても、私も悪いよ。あの子に償えるなら償いたい」
あの子にとは、一凛が幼い頃に十歳までともにいた仲良かった昔の友人だ。名前を取られており、彼女は名前を取られたことがわからずに傷付けてしまい、その友人に会って謝りたいと思っている。少しでも助けになりたいと思っているのは本心だ。一凛の気持ちがわかるのは、安吾が負の気持ちがわかる。感じる負や瘴気から記憶や情報を得れるという反則的な能力。仕事関連以外ではあまり使わず、使うとなると配慮や気遣いをするためだけに使用する。
安吾の配慮に一凛は笑顔になった。
「ありがとう、安吾さん。そう言ってくれるだけでも、気持ちが軽くなるよ」
温かい言葉を向けられ、安吾は頬を少し赤らめて笑みを作る。
「お気にならず、少しでも気持ちの負担が軽くなったなら、僕がこうして存在している意味があります」
言った瞬間に、一凛はジト目になる。
「安吾さん。それ重いよ」
言われ、安吾は少しショックを受けたように彼女に目を向ける。
「ええっ、そんな酷い。僕にとってそう思うのです。それに貴女が僕に居てほしいって言ったから、楔となって僕をここに留めたのでしょうに……」
「そうだけど、言い方! ……確かにそうだけどちょっと言い方を考えて!」
照れくさそうに注意する彼女に、安吾は次第に笑みを浮かべて笑う。
「ふふっ、すみません。少しからかいました」
「もー……心臓に悪い」
からかわれているとわかっていたとはいえど、やはり心臓に悪い。少しの仕返ししようと考え、安吾の片手を両手で掴む。そのアクションに安吾は目を開けて驚いた。
「えっ」
「近くに美味しい和菓子屋さんがあるんだ。甘い物好きだよね? 買って家でお茶でもどう?」
「えっ、いや、あの、て」
顔を赤くして困惑する安吾に、一凛はいたずらっぽく笑う。
「手? 安吾さん、ここの地理にまだ慣れてないでしょう?
迷子にならないように手を繋がないと」
「いや、あの、その、って、お家に僕を上げてもいいんですか!?
お父様がいるのでは……!?」
戸惑いながら安吾は聞く。手を離す口実が欲しいようだが、一凛はニヤリと笑いながら空いている片手で親指を立てて腹を見せた。
「うちのお父さん、まだお仕事中だから。残念」
「うぐっ……! 不良……!」
言葉に詰まり反論の語彙が少なくなると、一凛はしてやったりと笑う。
「お客様を家に上げるだけなのでまだ健全でーす」
と安吾を連れて白髭神社通りと呼ばれる道路へと向かう。安吾は悔しそうに黙ってついていく。赤い顔をしているので悔しいだけで嫌ではなかったり。歩道をわたって十字路の信号につくと赤信号であり、二人は足を止める。一凛は『とおりゃんせの常世信号』の話について思い出す。
発生するのはメロディー式や鳥の声が鳴る信号限定ではある。だが、十字路を見ていると思い出すのだ。
にゃあと近くから猫の声がする。一凛は気付いて足元を見ると白が多い白黒の猫が近くおり、彼女は癒やされる。
「あっ、ねこちゃん──」
猫が駆け出すとともに、彼女の足が勝手に動き出す。
「──!?」
勢いよく走り出そうとするが、安吾に強く引っ張られる。
「一凛さん!」
「っきゃ!?」
彼女を強く引っ張って受け止めると車が勢いよく通り過ぎていく。安吾は倒れることなく、しっかりと受け止めて一凛を抱きしめながら息をつく。
「……っよかった」
「……えっ、安吾さん。今のは、なに……!?」
今度は一凛が困惑する。勝手に自分の足が動こうとしたのだ。彼女は信号機のある方を見ていると、男性が横断歩道の前に歩いてきて立ち止まる。すると、近くに先程の猫が現れた。
猫は走り出すと男性も走り出した。信号機は赤いままであり、車が走ってくる。ぶつかると思ったが寸での所で車は急ブレーキで止まり、男性は腰をつく。車窓が空いて、運転手が文句をいった。
「おい、テメぇあぶねぇぞ!」
「……えっ? あっ!? すみません……!」
男性は謝って急いで横断歩道を渡った。運転手の男は舌打ちをして窓を閉じて道路から去っていく。双方の様子を見つめていると猫は残念そうに四本脚で駆け出して──その姿を風景の中に消した。
「……! 今の……!」
「……動物霊、というのはたちが悪すぎますね。あの気配……悪霊に近いものですよ」
安吾は一凛を放す。助けられた彼女は彼に向けて頭を下げた。
「安吾さん。本当にありがとう!」
「いえ、無事で良かったです。……けど」
猫の消えていった方向を見据える。
「……あれは、野放しにして良いものではありませんね。あからさまな人的被害が出てしまうかも」
「確かにそうだけど……どうするの? 聞き込みしようにも……幽霊とか妖怪とか普通の人間には見えないんだよね。人外の干渉や元々霊感のある人じゃないとわからないって聞くし」
男性はあの猫に気づいた様子は無かった。運転手も猫を見てなかったと推測できる。一凛の考えを聞き安吾は考え、思いついたかのように指を鳴らす。
「そうです。猫について聞くなら、同類が同族に聞くのが一番です」
「……えっ?」
きょとんとする彼女に安吾は笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます