3 現代

 2012年。平成24年の4月下旬。組織の運営するシェアハウスにて彼らはいる。啄木はリビングに隣接しているキッチンでココアを淹れていた。二つのマグカップに淹れて両手で持つ。足をドアが空いている部屋に向けて進める。

 その部屋では安吾がダンボールをまとめて紙紐で縛っている。


「……これでよしっと」


 現代の春服の姿で、いくつかのダンボールをまとめ終えていた。まとめたダンボールを部屋の隅において息をついていると、啄木の声がかかる。


「お疲れさん」

「おや、啄木。……その両手にあるマグカップは?」

「ココア。部屋の模様替え、お疲れ様」

「ココア! あの甘いどろっとした飲み物! ありがたいです。感謝します」


 表情を明るくして啄木からマグカップを受け取り、安吾は一口飲む。口に広がるココアの苦さと甘みにほっとして微笑む。


「……はぁ……体に染み渡ります。飲み物が甘いといいですねぇ……」

「ダンボールだらけ、ホコリまみれの部屋がよくここまで整って綺麗になったもんだ」


 啄木は感慨深く部屋を見ながら言う。

 大きな棚には占いの道具が置かれられた箱がキレイに置かれており、ポスターは十二支や方位など占いが関係するようなもの。風水の色にならって、ポスターの貼られている位置と色にこだわりがある。本棚には占いに関する本が多く入っている。

 畳の敷かれた区域があり、そこは安吾の夜寝るスペースだ。勉強机に似たテーブルと椅子の上には現代の占いやカード占いの本がある。部屋の内装はごちゃごちゃしておらず、まとめられている。安吾は内装を見ながら、ココアを再び口にした。


「……部屋の内装はこんなものですかね。掃除をする際は気をつけないと」

「まさか、お前が部屋をちゃんと使うとはな」


 感慨深く言う啄木に、安吾は困ったように笑う。


「流石に彼女が組織に保護されて、ここに来る機会があるなら整えますって。……彼女が楔となってしまった以上、あそこでの長居は逆に彼女にも危険ですから。しばらくは現世で過ごします」


 ネックレスを互いにつけられ、楔となった彼女を守るために、現世に居ざる得なくなった。バランスを取るためにこもることもあるが禍津にいる際の与える影響も考え、表で寝食をすることとなる。エネルギー補給は禍津の中にいれば必要はない。だが、現世にいる場合は必要になる。安吾は息をついていると、啄木は話しかけきた。


「朝昼夕のご飯は初めてだろう。多く食べすぎると太るから定期的に運動しろよ」

「じゃあ、毎日運動付き合ってください。鈍ると大変なんです。啄木も体術を磨くのにいいでしょう?」


 顔を見て不敵に微笑む相方に、啄木は苦笑する。まだ安吾の大切な人間を関わらせた件を根に持っている。安吾自身のせいもあるが、啄木にも非はあるため仕方ないと笑う。


「了解了解。気が晴れるまで付き合ってやるから」

「付き合う礼の代わりに貴方の求める情報、掴んで来てあげます。それで、どうですか?」


 安吾の情報収集能力は組織の中でも一番と言えよう。個人情報やプライバシーの保護何ぞ意味がないほどに。提示された礼に啄木は絶句した。


「……珍しくやる気だな」


 驚く相方に、安吾は息をつく。


「あさがおさんのこともありますからね。利用や狙われる可能性があるとなると、不安の芽は先に潰しておくに限ります。……友人のその後を考えられなかった自分の反省も込めてますから」


 反省しながらココアを飲む安吾に、啄木はじっと見つめて次第にニヤニヤと笑みを作る。ニヤニヤと笑う気配に気付き、安吾は嫌そうに顔を向ける。


「……なんですか。その顔は」

「いやー? お前、本当にその子を友人と思ってるのかなぁって」


 指摘を受け、安吾は頬を赤くして怒りながら手を振って目線を払おうとする。


「っああ、やめてください。その指摘とその目は本当にやめてください。今はまだその気持ちがわからないんですから、もう少し時間をください……」

「俺に時間をくださいって言っても、その問題はお前達ものだろ。というか、意識したら絶対にヘタれるだろうなぁ。……ヘタレのヘタゴー?」


 悪戯された分からかい返す啄木に、安吾は不満げにツッコむ。


「ヘタゴーってなんですか! 言いにくい!」

「ツッコむとこ、そっち? ……ヘタレってことは認めるんだな」


 啄木の言葉に、安吾は赤い顔のまま頷く。


「……それは、認めますよ。そもそも、僕は色恋沙汰を経験してませんし、貴方達みたいに色仕掛けやハニートラップというような技術は得意じゃないんですよ。仕方ないでしょう。初めてなんですから」

「……恋愛クソノザコかよ」

「……喧嘩なら買いますが?」

「残念ながら仕入れてませんので、また後日に伺ってください」


 丁寧に返して、啄木はココアを飲み干す。安吾は不満げになりながらもココアを口にし、マグカップを空にした。ティッシュ箱から1枚で出して、口を拭いてゴミ箱に捨てる。

 マグカップを手にし、安吾は啄木にわたす。


「……ご馳走様。僕はこれから手紙を書きます。ちょっと占いもするので、啄木は邪魔しないでください。啄木」

「わかってる。けど、占うなら一つ。占ってほしいことがある」

「占いで頼みとは?」


 啄木の頼みに、安吾は不思議そうに言うと。


「ゼロ学占い。霊力なしにできるか? 月じゃなくて毎日はわかるだろ」


 頼まれた占いに、安吾は目を丸くした。

 ゼロ学占い。易、四柱推命、気学、西洋占星術など下にした近代の占いの一種。運命学の集大成と言われている占いであり、耳にした安吾は困惑している。


「ゼロ学占いって、新しい占いじゃないですか。まだ勉強中ですが……」

「……できないか?」

「いえ、できますよ。ただおおまかになってしまいますが……啄木は何を知りたいのですか?」


 不思議そうに聞く相方に、啄木は余裕なさそうに話す。


「その生まれた日にちの人間の運気の流れだけを知りたい。……人から外れた俺達には意味ないけど、運良くっていうのも避けたい。……注意もできるからな」


 相方の表情を見て察し、安吾は頷いた。


「……なるほど。概ね察しました。できる限り、一年後の今日までは運気の流れを出してみましょう」

「悪い。手間を掛けさせる」

「ええ、構いません。……ただ、の運勢を占いたいのですよね?」


 啄木が首肯するのを見ると、安吾は腕を組む。


「なら、感知か察知されると思ってください。占いは統計学といわれているようですが、僕達は出自やあり方故に占いを防げるし、占いで探られることもわかる。ゼロ学占いは最新式で多くの人間の運勢がわかりますし、にも適用される」


 険しい顔をし、安吾は口を動かす。


「ですから、占いをした瞬間にバレる割合は六割程と思ってください。……いいですね?」

「相手にはとっくにバレてるんだから、十分な数字だ。ありがとうな」


 啄木の感謝に、安吾は顔を見て笑いながらウインクをする。


「報酬は、静岡銘菓一式で手を打ちますよ♪」

「じゃ、うす茶糖もつけとくな」

「そこは苦いお茶ですよ〜」

「甘いお茶ほうが好きなくせに何言うか」


 軽く言い合い、二人は笑いあった。

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