番外 知識の瑞獣と偽書の魔神の小話

1 幼少期

 物心がついたときには、すでに安吾は陸奥国の外ヶ浜の地域に住んでいた。母親は幼い頃に安吾を亡くなっており、彼が母を覚えているのはごく僅か。布団の上で顔色悪くしながらも優しく撫でてくれる記憶だけ。

 医師である先生と共に数えで七つになるまでは陸奥国にいた。七つになるまでの間、彼は子どもたちと遊ぶことはなかった。人の場所にいると、知恵熱で倒れてしまうからだ。この頃の彼は力の制御が未熟であり、悪意を多感に感じていた。

 そんな彼が人々の交流をきっかけとするのは、ある出来事と出会いからだ。組織のもとで引き取れると同時に、長屋に用意された部屋で遊んでいた。

 細い竹の棒──筮竹ぜいちくに似たものを使って占いごっこをしており、扇形に広げて難しそうに棒を見ている。

 まだ幼さがあり、目は薄く閉じられていた。目でみても情報を読み取ってしまうために、薄目にしている。成長し力の制御ができれば問題ないが、将来薄目になってしまうのは名残だろう。

 そんな彼が組織に来てからは、ずっと長屋の自室に籠もっている。力の制御を少しずつできるようにするための訓練をしているが、やはり人の多い場所ではまだ処理がしきれない。

 組織の幼い仲間以外、接するときは気持ちを感じさせないように話してくれる。

 が、今日に限っては違った。慌てた声が響く。


「早く、火と温かいものを!」

「ぬるま湯ときれいな手ぬぐいも用意しろ!」


 近くからバタバタと廊下を走る音が聞こえ、安吾はびっくりして棒を落とした。通り過ぎる中、焦った先生や先輩からの溢れたものを感じ取る。

 怒りから感じ取れた情報に、安吾は目を丸くした。


【海に溺れた子供。迫害された。弱っている。急げ、はやく、たすけろ】


 バタバタと廊下の走る音はそれ以降聞こえなくなった。安吾は部屋の戸を開けて廊下を見る。

 何が起きているのか気になるのは当然だ。長屋にいる人は少なく、殆どは書庫か外にいる。出ても問題ないだろうと、安吾は声のした方向に走っていった。

 声がした方向は医務室のような部屋であり、人が数人いるのがわかる。戸は閉じられているものの、薬の匂いがした。


「っ体温は戻ってきたが、熱が出てるな……」

「汗を拭いて。飲める水もこっちに」

「傷は力で直せるもので良かったけれど」


 彼にとって、部屋は覗かないほうがいい。だが、安吾は気になって覗いてしまった。

 清潔な着物を着た先生たちが手際よく処置をしている。その布団に眠っている安吾と同じくらいの少年がいた。灰色に近い黒髪だが角と耳が生え、額に瞳がある。顔色が悪く、苦しそうに息を吐いて涙を流している。

 彼を見たのが、良くなかった。


【神様。助けて。やめて。くるしい。いたい、かかぁを助けて。ぶたないで。いい人をいじめないで。悪魔って言わないで。違う、悪魔じゃない、かかぁは悪魔じゃない。おいが悪い。おいがいるからいけないんだ。助けてかかぁを助けて。神様、かかぁだけでもいいから助けて。なんで助けない、おねがいだからたすけて】

「かかぁ……かかぁ……」


 悲痛な母親を呼ぶ声に相手の悲しみと恐怖と怒り。

 周囲が悪魔と罵る映像。誰かの母親が必死で何かを守ろうとする姿。村人が子供を逃がそうとする場面。子供の母親が船を押して子供を逃がそうとする場面。

 安吾の中に気持ちと記憶が流れ込む。

 思いと記憶を直接食らってしまい、安吾の両目からは涙が出ていた。怖くて悲しくて優しくて切ない思いがこみ上げる。頭と体が熱くなるのかわかり、安吾はボロボロと涙を流しながらしゃっくりをする。


「っふっ、うっ……」


 我慢したくてもできず、安吾は口を大きく大声で泣いてそのまま気絶した。




 安吾が目覚めたときには布団の上におり、ぼうっとした頭で天井を見る。


「気付いたか」


 組織の上司が近くに降り、安吾は彼に首を向ける。


「どうやら、彼の思いを直に食らったようだな。機会が悪かった」


 医務室で治療を受けていた相手は啄木のというらしい。安吾は名を知り、息を吐く。


「……たかむらさん。わっきゃ……」

「今は寝てなさい。しばらくしたら彼に会いに行けばいい。だから、力が制御できないうちはやめなさい」


 頭を撫でられ、上司は立ちあがって部屋を出る。部屋を出たあと、一人残された安吾は息をついて啄木という少年を思い浮かべた。

 多くのものを感じ取った中、このときの彼は初めて絶望というものを感じ取り、啄木を気になったからだ。



 子供の頃の二人はまだ未熟であった。すなわち、ときは戦国時代の末。織田信長と明智光秀が存命の時。

 これは、ある二人の半妖の小話である。



 寝て快調になった。その数日後、安吾は手に玩具を手にして廊下を走っていった。啄木が養生している部屋をこっそりと覗く。

 彼の姿は異形のままではなく、安吾と同じような普通の姿となっている。恐らく薬で力を抑えているのだろう。啄木は布団から上半身を起こしてぼーっとしていた。

 安吾に気付いている様子はない。上司の言いつけを守らず、彼はどう話しかけようか悩んでいた。啄木と対面してしまうと、また情報量の多さにまた倒れてしまう。

 ちらちらと様子をうかがっているせいか、安吾の姿が啄木の方からすると、一部見えているようだ。


「……だれ!?」


 バレたことに安吾はビクッとする。

 この部屋から啄木は出ていない。当然だろう。先生から彼について簡単に話を聞いた。

 多くの人々から疎んじられ、悪者扱いをされながら母親に祈りられながら守られたと。彼が詳細を知るのは追々であり、今の安吾は啄木がとてもひどい目にあったとしかわからない。

 いや、わかってしまう。離れていてもわかる彼からの恐怖と悲しみが安吾にも感じる。慌てて安吾はお気に入りの玩具を戸の近くにおいて、話し出す。


「わのお気さ入り、置いでおぐはんで楽すんで!!」


 早口で話して、安吾は駆け足で自分の部屋に戻る。自分のお気に入りの玩具を置いておくから楽しんでといったのだが、残念ながら言葉の壁というものは日本にもある。

 安吾の早口を聞いた啄木は部屋でぽかんとして、遠くなる足音を聞く。


「……なんばゆうとか?」


 何を言っているのか、啄木はわかっていなかった。



 その後、何回か安吾は部屋の前に来ては季節の花やお菓子などを分けて逃げる行為が続く。それが何回も続けば、啄木の中にある恐怖心はある程度薄らぎ慣れてくる。

 その慣れてきた頃に安吾はゆっくりと歩み寄り、啄木の居る部屋の前につく。甘味のお裾分けをしようとしたとき、戸が開いた。

 啄木が現れ、安吾はビクッとして後ろに向く。


「っ……あが、いつもあまかもんやものとかえとかたくばってん、なんばしたか!?」

「わっきゃいずめるつもりはね。わりやづでもね!」


 啄木は物をおいていく行為について安吾に訪ねたく、安吾は悪者ではないことを言いたい。

 互いに怯えてる故に言葉遣いが強くなり、さらに恐怖心を与える……というわけではない。

 何しろ、当時の日本国内でも言葉の壁というものはあるのだ。耳にした言葉に、彼らは怯えるどころかお互いに頭にはてなを浮かばせる。


「……うん、こけーなんしぎゃきとーったい?」

「……わっきゃわりやづでねじゃ」


 何をしに来たか尋ねる啄木に悪いやつではない主張をする二人だが、やはり頭を疑問符が二人の間に続く。

 やがて二人が何度か二人が言葉をかわすうちに、いきつく言葉は一つ。


「なんばいいよっとか、わからん!」

「なんしゃべっちゅのが、わがね!」


 何を言っているのか、わからないと二人は言っている。

 当時の日本は東北や九州や四国によるほど訛がキツく、方言などがよく飛び交っていた。言葉を敬語などで統一されるのは明治以降。組織内では早口言葉の喋りを統一しているが、安吾は自分の力故に人との交流をあまりしておらず、啄木は組織に来たばかり。故に二人の言葉による意思疎通は難しかった。近くに通りすがった先生のおかげで通訳がなされ、お互いにやっと名前を知れる。

 そこから安吾と啄木の交流がなされ、やがて通訳が介さなくなるほど互いの言葉がわかってくる。

 互いの言葉がわかってくる頃には、同世代の仲間との交流が始まっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る