6 明かされなかった話3

 スケールの大きさに衝撃を受けた。知られたくなかった安吾の心情を理解し、一凛は呆然とするしかない。安吾から明かされなかった話は想像以上に重い。明かさなかったのは、一凛には重すぎる為に話さず、どうすることもできないからだ。

 安吾は己の存在について、彼自身が一番に悩んでいたのだろう。役立つものであるが、実在してはならないもの。神獣にも引けを取ならない血を引いているだが、実在しているものではない。


「いらないと言えば、いらないのであろう。存在するなと言われれば、存在してはならないのだろう」


 啄木の言葉だ。一凛は顔を向けると彼は切なげに語る。


「あいつは自分が居てはいけないと強く思っている。己の複雑なあり方故に。久世さんも見たことはあるんじゃないか? 何も無い場所から現れたり消えたりするあいつを」


 一凛はゆっくりと頷く。


「『天魔雄あまのさくの』の半妖を作る際に心を乱す要素として生物の悪意、瘴気などを入れた。あいつは心を乱す象徴としての力もあるからこそ、負の思いや瘴気から色々と読み取れる。人や生き物がいる場所なら、あいつはどこでも現れることができる。同時に悪意や瘴気の境界である証明だ。作られたといえど、悪意や瘴気の塊から作られたこの世の呪いのようなもの。現世に長居させるのは危険なんだ」


 彼女は腑に落ち、口を閉じた。安吾が体質が犬神に近いといった意味を理解したのだ。犬神は妖怪といえど本質は呪い。彼も本質は呪いに近いからこそ、悪意から人の思いや記憶を読めてしまう。

 犬神のように作られたからこそ、安吾は犬神を同族嫌悪していた。打ち明けられたことで多くが納得いき、彼の憧れが少しだけ理解してしまった。

 この世にいてはならないとわかっているからこそ、一凛のような存在が救いだった。何も言えないでいる彼女に、謝罪をする。


「暗い話ばかりで悪い。でも、暗い話ばかりじゃない。今は居てはいけないって思いが、あいつの中では少し薄れてるみたいなんだ」

「……いても?」


 元気のない一凛の言葉に、啄木は首肯して楽しげに笑う。


「それが、久世さんのおかげなんだよ。あいつポストを開けるとき、楽しそうに手紙があるかどうかを見るんだ。ポストに投函するまでも浮足立ってたしな。少しは生きてもいいとか思ってるんだろうな」


 知ったように話す彼に、一凛はきょとんとしながら話す。


「……佐久山さんは、本当に安吾さんのこと詳しいのですね」


 聞かれ、啄木は嬉しそうに話す。


「あいつが引きこもってもよく話してた相手って俺ぐらいだ。幼馴染のようなものだし、四百年ぐらいも話してれば詳しくもなる。でも、ここまであいつが親身になるのも俺以外初めてじゃないか? 本当に初めての友人なんだな」


 三桁の付き合いらしく、一凛は思った以上に生きて付き合いがあることに驚いていた。だが、少しでも居てもいいと思えた理由が自分にあること。それが、嬉しくも気恥ずかしく一凛は顔を赤くする。


「だから、あいつは君を救って助けた。自分の身を削ってまで助けたんだよ」


 身を削って助けた。一凛はどういうことかと聞く前に、安吾の言っていた言葉を思い出す。犬神が血筋や家系に受け継がれるもの故に体の一部でもある。自分の力が犬神の一部の代わりとすると。


「……犬神って、家系で受け継がれると聞きました。祓わず抜き取ったらどうなりますか」


 気になり質問をすると、啄木は考えるように彼女を見る。


「犬神を使役できない家系の犬神は癌のようなものだ。宿主が衰弱して死ぬか、短命になるか。祓わずに犬神を抜き取るのは、生きたまま臓器を抜くようなもの。もしくは癌に侵された臓器の摘出に例えられるだろう。

弱まらないために、君を生かすために、代わりに安吾が力を入れたんだ。安吾の力は呪いと同じだが、同時にいいものではない」

「? いいものではないとは?」

「君は呪いの元を宿してるようなもの。それに犬神が抜けて、安吾の力が入った。つまり、呪いの受け皿にもなれるし呪物にもなれると証明してしまったんだ。……コトリバコ、何百箱ぐらい入るのか」


 不思議そうに聞いて険しい表情で答えられた。

 コトリバコを一凛は知らない。だが、その答えが良くないことは察し、一凛は渋い顔をする。コトリバコとは洒落怖や現代の怪談の一つであり、相手の親族を呪い殺すと言われる呪いの箱だ。作り方もよろしいとは言えないからこそ、呪物の怪談として伝わっている。


「だからこそ、安吾を連れ出せる」


 啄木の言葉に驚いていると、その理由を話し出した。


「君は安吾の一部を入れているからこそ、君だけなら安吾を連れ戻せるんだ。俺はあいつを連れ戻すために久世さんを探していた」

「……私だけが連れ戻せる……?」


 呆然と呟く彼女に啄木は頷いた。自分が安吾を連れ戻せるならば、やるがなぜできるのかが気になった。


「……なぜ、私ができるのですか?」

「話した通り、安吾の一部が君の中に入っているからだ」


 話し、一凛の聞きたかった話に移った。


「安吾は自分の力が存在とも言える。安吾の力は自分そのものと同義だ。だが、作られた強力な存在である分、存在の維持が難しく力を分散させてはならない。君に力を分け与えた故に、あいつの存在は不安定になった。次第に自分の存在の維持が難しくなっていき、あいつは瘴気の奥底で眠った」


 啄木はため息を吐いた。


「……いや、それが狙いだったんだ。自分が弱まれば、久世さんの中にある自分の力は戻ってこないし、力が変に暴走することもない。元より不安定だったのにな」


 安吾に力を入れられた時、彼の姿が一瞬だけブレるのが見えた。あれは維持が難しく不安定になった証だ。あえて自分を弱らせて、一凛に害がないように過ごさせている。自分の身を削るとは命を削るという意味と知り、一凛は拳を握った。自分のせいで安吾が危うくなっているようなもの。彼女は苦しげに話す。


「……私のせい、ですね」


 啄木は首を横に振る。


「久世さんのせいじゃない。これら全部安吾の自分勝手で自己満足だ」

「自己……まん……? あっ」


 自己満足と聞き、一凛はある会話との断片的に思い出しハッとした。

 本来なら記憶を消すはず。瘴気の中にいれば、力は消えずに維持される。自分の存在は表に出てはいけない。

【でも──僕は彼女の傷になりたい。思い出に、なりたいんです】

 思い出の中で、覚えていてくれるだけで居てもいいと思えると言っていた。

 助けてくれた恩はあるが、別れ方に自分勝手な押し付けを感じ、一凛は顔を俯かせる。両手の拳を更に強く握る。眉間にシワを作りながら、怒気を含んだ吐息をする。


「馬鹿、ふざけるな」


 こみ上げてくる思いを小さな声で吐き出す。傷になりたいや思い出になりたい。これらにどんな意味や思いを込めているのかは、安吾のみ知る。だが、後味が悪い別れ方をされ、自己満足とも言える言葉を聞いて、一凛は怒らずにはいられない。

 何としてでも彼に会わなくてはならない思いがあり、顔を上げた。


「……安吾さんはどこに?」


 目線を合わせて聞く彼女に、啄木は感じ取ったのか微笑みを作る。


「あいつはこの世にはもういないが、あの世とこの世の間にいる」

「……黄泉比良坂ですか?」


 あの世とこの世の境目である黄泉比良坂が思い浮かんだ。彼は首を横に振る。


「いや、黄泉比良坂じゃない。黄泉比良坂よりも非常にたち悪い人や生き物の瘴気の中。とも言おうか。あいつはその瘴気の中にいる。俺じゃそこにはいけない」


 いけない理由を聞く前に、啄木は悔しげに話した。


「俺はあそことは相性が悪い。長居は逆に安吾が危ない。だから、久世さんを探していた」


 啄木でも無理か模様に彼女は驚く。驚いた後、彼女は複雑な顔をした。話を聞きながら彼女は薄々と感じていたことがある。高級料亭というもてなしに、啄木という彼が探し一凛に頼るほどのこと。何となくという直感が合わさって感じたものだ。

 聞くために疑問を口にする。


「……あの、ちょっと話を聞いていて、薄々感じていたこと口にしてもいいですか?」


 彼が首肯をしたのを見ると、遠慮なく口にした。


「安吾さんを連れ戻すことですが、やはり無事ではすまないってことですね?」

「……そうだ。危ない」


 一凛の質問に、啄木は申し訳無さそうに答えた。


「安吾がいるのは瘴気や悪意、生き物や人間の負が渦巻く呪いや厄の元となる場所。人を傷付けるものが多い場所だ。……久世さんの中に安吾の力があったとしても危ない。そして、俺が頼もうとしていることは、久世さんに死に行ってほしいと言っているようなものだ。

ここで食事するのは恩返しの一つ。恩返しするのもしたりない。これから頼むことを考えると、相応の事をしなくてはならない」


 オカルト側といえど不思議な力で解決するのではなく、現実的にも対処するつもりのようだ。啄木の姿勢から一凛は感じた。自分が死んだ場合も後処理してくれるのだろうと。

 朝顔の少女を見据え、啄木は真剣に話し出す。


「けど、俺はあいつの大切な人を危害を出すのは本望ではない。連れ戻すのは、頼みたいことではあるが断ってもいい。ここまで長い話をしてすまない。ここからが本題だ」


 一凛は何を頼むのか、もうわかっている。答えを先に出さず黙り、啄木の話を聞く。


「俺は、危険を承知で久世さんに安吾を引き摺り出してもらいたい。だが、安吾が表に出てこなくても組織に影響はない。ただ俺が気に食わないだけ。

久世さんはこの頼みを拒んでもいい。もし協力してくれるなら報酬もだすし、ケアもする。もし亡くなった場合の後処理もする。

……安吾をここに連れ戻すのに協力してもらえないか」


 声や手が震えており、啄木が必死なのはわかった。ただ一つ答えを出す前に確認をする。


「佐久山さん。一つ聞いてもいいですか? ……もし協力を拒んだ場合、私はどうなりますか」


 彼女にとって聞いておかなくてはならないその後。啄木は言いにくそうに教えた。


「……俺達、安吾に関する記憶を消す。こっち側の関わりなんて本当にろくなものでもない。安全の為に消すんだ」

「──なるほど、わかりました」


 答えを聞き、一凛は真っ直ぐと安吾の相方に顔を向けた。


「やります。安吾さんを連れ戻すの、協力します」

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