4 明かされなかった話1

 土曜日。朝の八時半頃。一凛は差し障りのない出掛け着に着替えた。歯を磨いて朝ご飯も食べ、掃除もした。戸締まり確認をした後、施錠をする。鍵をバッグの内ポケットにしまう。

 財布と携帯もといスマホ。ハンカチやティッシュに生理用品の入ったポーチもある。保険証は大事なところにしまってあることを確認し、彼女は忠霊塔の公園へ向かう。

 道を通りながら、千木のモニュメントがある方へ。スマホを出してみると、まだ九時になっておらず、【8:45】と画面にある。早くきすぎたかと思い、モニュメントの方を見てみると見たことのある男性が立っていた。

 相手は一凛に気付いたのか、身体を向けて破顔して手を振っている。啄木も先に来ていたようだ。彼女は駆け足で向かい、彼の前で肩を上下させる。

 息を切らしている彼女に、啄木は申し訳無さそうに話す。


「急かしたようで申し訳ない」

「い、いえ……。こちらこそ待たせてすみません」

「こっちも気にしてない。お互い様か。よし、じゃあ公園の近くで待つか」


 待つと言われ一凛は不思議そうにしている。啄木は階段の方を指差した。


「公園の外側を指定して、俺の予約したタクシーが来るようにしてるんだ。

徒歩で移動させるのも悪い。予約した料亭までタクシーが案内する。代金はこっちもちだから気にしてないでほしい」

「えっ!?」


 一凛は驚愕する。厚待遇であり、高校生の身としては受けるはずのない待遇だ。しかも、料亭となると個室になる可能性もある。一凛は硬直していると、指をおろして彼は真剣な顔で話す。


「事前に言っておく。料亭と聞いて個室を想像しているだろうけどその通り。だが、考えてほしい。これから俺達が話すことは公衆で話すことかを」


 言われ、気づく。安吾は自分の身の上を話さなかった。人間社会に出ていいものではないと安吾自身が言っていたようなもの。前に彼が人の漬物を美味しいと言った時点で、啄木達の属している組織は表立っていいものではないのだ。

 一凛は息を飲み、啄木は声を掛ける。


「じゃあ指定した場所まで行くか。あ、近くの交番のおっちゃんたちは外に出てくる様子はないから気にしなくていいぞ」

「は、はぁ、そうですか」


 間抜けた返事をするしかなかった。

 二人は階段を降り、公園を出る。啄木とともに待っていると本当にタクシーが来た。タクシーに乗ると、彼女は何処まで行くのか気になった。

 県道を走る。そこまではいいが、国道を出てバイパスに乗ってからは彼女の顔色は変わった。

 清水区かと思ったのだろう。言わば清水区の地元民がいう『お街』である葵区だ。地元民である一凛にとってはお高めだ。タクシーの料金メーターをみて、一凛は目眩を起こしそうになった。目的の料亭に着くと、少しでも払うという間もなく、啄木がすぐに払った。タクシーから降りる。タクシーがさると、一凛は目的地の目の前たち唖然としていた。彼女は見覚えがありよく知っている場所

 徳川慶喜公屋敷跡があった場所であり、現在は料亭となっている。徳川慶喜公屋敷跡の証拠として、葵の御紋の暖簾が店前にあった。

 県内で有名であり、一般市民の一凛はガクブルと震えながら啄木に顔を向ける。


「あ、あの、こ、ここ」

「普通は入れない店だな。でも、予約しちゃったから入るしかない。ここの代金も俺持ちだから気にしないで」


 タクシーも店も代金持ちと言われ、萎縮する。店から見てもお値が張るとわかるが萎縮している間はなく、彼女は啄木についていく。

 店に入り、二人用の個室に案内される。靴を脱き、案内された和室へと入った。

 畳も上質なものであり、額縁や窓から見える庭の風景もいい。机には箸とお盆など、料亭らしい装いと気遣いがある。紙があり、懐石料理の料理名が書かれていた。改めてとんでもない場所に来たと、一凛は顔色を真っ青にする。

 彼女の困惑しているさまに、啄木は笑う。


「気にしないでくれ。ここで食べられる分の余裕があるから」

「気にしますって、本当に申し訳ないですって……!」


 困惑しながらツッコミを入れる。二、三万ほどする料亭であるが、当然味は保証する。啄木は笑いながら声を掛けた。


「とりあえず、席についてくれ。そしたら、ある程度話す」


 落ち着かないのは確かに話しにくい。一凛が席につくと、啄木も席につく。一息つくと、近くにいる店員に啄木が何かを話す。店員が一礼をして部屋から去った。人の気配がなくなると、啄木は何かをつぶやいた。周囲には波紋のようなものが広がると彼は息をつく。


「防音と人避けの結界を張っておいた。料理も俺達が話し終えたら持ってきてくれる手筈になっているし、予約する際にそうしておいた」


 最初から対面して話すつもりだったのだろう。啄木は一凛に顔を向け、自己紹介をした。


「では、ちゃんと改めてだ。はじめまして、俺は佐久山啄木。紹介もなしにこんな場所に連れてきて申し訳ない。安吾とは相方で同じ仕事仲間であり、幼馴染だ。察していると思うが、俺も半分人ではない『半妖』と言う生き物だ」


 一凛はそうだろうなと考えていた。啄木と別れたときに、周囲には彼の姿はなかった。あえて人外ならざるような現象を見せたのだとわかる。


久世一凛くぜいちかです。よろしくお願いします」


 彼女も自己紹介をすると、啄木は身を少し引いて土下座をした。


「──久世さん。ありがとう、そして申し訳ない」

「えっ、あっ、えっ」


 頭を下げられ、一凛は戸惑うしかない。感謝される覚えもなく、一凛は思い出そうとする。啄木が顔を上げ、笑顔になる。


「あいつが少しだけ世間慣れしたの久世さんのお陰だって、あいつが居なくなってから知ったんだ。久世さんがあいつの友人になってくれたのが俺は嬉しい。ここで食事をするのは、俺のほんの僅かな感謝の気持ちだ」


 高級料亭の懐石料理がほんの僅かと聞き、一凛は内心で嘘だろと言う。一筋の汗流しながら息を呑む。彼らからしてみれば感謝しきれないのであろうが、一凛からするとお腹いっぱいである。

 彼女の表情を見て啄木は苦笑した後、座り直して一凛に問う。


「さて、久世さん。安吾から俺達のこと何処まで聞いて気付き、把握しているか。何があったのか、聞いてもいいか?」

「それは、一切合切ですか?」


 聞くと彼は頷いた。


「話せば、円滑に安吾について話せる」


 それならば話すしかない。一凛は正直に話す。

 自分のことについて、犬神憑きであったことについて。

 安吾が半妖で人には言えないようなことをしている組織であり、死神のような仕事をしていること。そして、本当に法を犯しているであろうと啄木に打ち明けた。彼は話を聞き入るように黙り考える。

 正直に話すが、一凛はほとんどを知らない。粗方話し終えると、啄木は腑に落ちたように溜息をついた。


「……なるほど、安吾は久世さんを協力者扱いではなく保護という立場で置いていたか。では、俺達の詳細は知らされてないということでいいかな?」

「はい」

「……あのバンゴー……本当に何もいってないんだな。久世さんが良い子で良かったな本当……。……これから、君に話してないことを打ち開ける」


 啄木は深いため息を吐き、真面目な顔で話する。


「俺と安吾は半妖で構成されている組織『桜花』に属している。『桜花』あの世、または地獄、冥府、黄泉と言う場所にある組織。国家公認裏組織所属。輪廻を保つもの『桜花』だ。国家公認と言うが、国の税金で賄ってる組織じゃない。脅して互いに不干渉って約束しているだけの組織。裏組織って名乗ってる通り、人には言えないことをしている。人には言えないこと、それは妖怪退治だけではない。暗殺、抹消。要は人殺しだ。……初めて聞いたか?」


 あの世の組織で、国家の公認。初めて聞いたものばかりで、一凛はゆっくりと頷いた。人殺しについては察していたが、あの世で国家の公認だとは思わない。国も存在を知っていたとしても関わりたくない代物。

 安吾が詮索するなと言っていた理由がわかったが、彼女はそれでも聞く。


「……佐久山さん達は、本当に人を殺しているのですか?」

「殺している。任務に関係のない死人を出すのは禁止だけど、人間社会で言えば犯罪者になりえるな」


 即答され、彼女は黙った。即答したのは純然たる真実であり、立場が違うことを明確にしているのだろう。一凛は沈黙していると、啄木は話を続ける。


「俺達は半分妖怪というが、本来はありえない半妖なんだ。

神獣や強力な妖怪の血を引くように作られて生み出された。使い捨ての再利用の利く存在。地獄の罪人から半妖へと転生させられた罪人。生まれながら罪人であり、地獄の獄卒でもある再利用の利く道具だ」


 一凛は呆然とした。

 スケールの大きさについていけないのもあるが、彼女が衝撃を受けたのは別である。再利用の利く道具。その文字だけで彼女は言葉が出てしまったのだ。つまり、生まれながら苦しみ続けて人を殺し、自分の価値を低いと考えている。自分から苦しみを与えているようなもの。

 安吾の今までの言葉や反応が腑に落ちた。

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