3 愛犬が呼びこんだ細い縁

 ミヤコを撫でていたのはメガネを掛けた長身のイケメン。ガタイがよく、一見はアスリートに間違いそうだ。灰色に近い黒髪は少し長く、一つに結われている。春服のコートに出掛け着として差し障りのない格好をしている。素材がいいせいか、一凛から見ても似合う。

 彼は一凛の存在に気付く。ミヤコは一凛の元に駆け寄り、尻尾を降る。立ちあがって、彼はスニーカーを履いた足を向ける。


「君がこの子の主人か?」

「あっ、はい……」


 頷くと、優しくはにかんでミヤコを見る。


「そっか、この子が君をここまで導いたのか」


 ミヤコは力強くワンと吠え、ニッコリと笑うと姿を消して小さな蛍の光となる。ミヤコとなった蛍の光は空へと登っていき、一凛は名を呼ぶ。


「ミヤコ!?」


 行ってしまうのかと声を出す前に、男性が優しく話し出す。


「大丈夫。君の愛犬は安心できると思って成仏したんだ。今まで君を影から見守っていた。そして、今来たるべき時が来たから俺の元に導いたんだろう」


 来たるべき時が来るまで、今までミヤコが見守っていた。愛犬の愛情と忠誠心になんとも言え抜くなり、一凛は泣くのを我慢する。今は聞かなくてはならないことがある。


「……貴方は、なんですか?」


 ミヤコが見えて、オカルト側に詳しい素振り。かなり怪しい。不審者ならば、すぐに逃げなくてはならない。逃げる体勢をとっていると、彼は眼鏡をかけ直し一凛を見る。


「その前に、一つ。君は鷹坂安吾ってやつを知っているか?」

「! 安吾さんを知っているの!?」


 逃げる体勢をやめ、一凛は声を上げる。男性は首を縦に振り、肯定してみせた。


「知っているさ。浦島太郎で未だに携帯の扱いに慣れてないバンゴーな」


 呆れながら話す様子に、一凛は安吾の話していた相方について思い出す。恐る恐るその彼に聞いた。


「……えっ? ってことは、貴方は安吾さんの話していた啄木さん?」


 男性は目を丸くし、深い溜め息をつく。


「俺の名前を知ってるってことは、なるほど。安吾は俺のことを話していたか。……色々と聞きたいが」


 啄木は夕暮れの空模様を一瞥してから、難しそうに頭をかく。


「残念ながらもう夜になる。最近は物騒だし、三月の夜も冷える。家に帰るように。けど、君にこれを渡しておく」


 コートのポケットから折り畳まれたメモを渡された。一凛は受け取り、中身をひらくと、『佐久山啄木』と書かれた名前と電話番号にメールアドレス、住所などが書かれていた。


「俺の携帯の番号とメールだ。今日、空のメールを送って電話をしてほしい。そうすれば、安吾や俺達について話す日時を合わせる」

「……家に家族はいないので、家で話を聞くことができますよ?」


 すると、啄木はあまりいい顔をしなかった。


「不用心だ。近所の人の目がないわけじゃないんだ。そういう誘いは、学生であるうちはしないほうがいい」


 叱られ、一凛は黙る。安吾については友人という名目で上げていた。しかし、見知らぬ彼からの正しい言葉だからこそ反論できないのである。早く安吾のことを聞きたかったが、下手に急ぎすぎるのも良くない。彼はため息を吐き告げる。


「……早めに事を急ぎたいのもわかるが機は今じゃない。君がしたいと思ったときで構わない。知りたければ電話とメールをしてほしい。それじゃあ」


 背を向けて階段に向かって降りていく。一凛は振り向いて、啄木に声をかけようとした。しかし、啄木の姿はなく、階段に向かっても下りていく姿はなかった。




 家に帰って戸締まりをする。

 ご飯を食べて宿題を終わらせた。休憩の合間、父親に簡単なメールをして、保護者へのお知らせの要点を打ち込んで写真を撮る。それだけでは味気はないので、友人と話したことを簡単に話して送る。

 お風呂に入り出ると父親からメールが来ており、髪を拭きながら返信の内容を見る。


【一凛。お疲れ様、俺の方の仕事も一段落ついた。手紙の内容もわかった。三月の末の土日には顔を見せれそうだ。その時に母さんとミヤコの墓参りに行こう。

レシピノートにある豆天玉が上手くできるようになったんだ、帰ってきたら振る舞うよ。それと、そちらでは最近不審者の話が多いらしいな。心配だ。できるだけ、早目に帰って来いよ。それじゃあ、おやすみ】


 メールを見終えると一凛は優しく微笑んだあと、すぐに天井を見る。


「……お父さん。本当にいい人、いないのかな。私は大丈夫なのに」


 一凛が元の姿に戻ってから、彼女の父親は女性の気配を感じさせない。娘を一人にさせないと決心したのか。帰って来ると、甲斐甲斐しく世話をかけてくる。父親は一人娘が心配なのだ。わかるが一凛は大丈夫だと言いたくなり、父親の人生を歩いていってほしかった。

 息をつきながら髪をドライヤーで乾かし、櫛をしてドライヤーを片付ける。粘着ローラーで落ちた髪の毛を集めて捨てた。そろそろ寝ようかと思う前に、机にあるメモを見る。

 知りたければ、電話とメールをする。

 安吾のことを詳しく知れるならば迷いはなかった。

 彼女は充電中のスマホを手にし、メールアプリを起動させる。メモを見ながら、アドレス欄にメールアドレスを打ち込み空のメールを送った。

 電話番号を入力し、彼女は耳を当てる。出てきてくれるかと不安に思いながら、何度も呼び込みの音が響く。ブツッと音がする。


《もしもし、佐久山啄木です》

「もしもし……夕方ぶり、です」


 恐る恐るスマホに声を掛けると、驚いたような声がした。


《……早いな。今日のうちにかけてくるとは思わなかった》

「安吾さんには多くを教えられてないことがあるのです。……だから、教えてください。安吾さんだけでなく、貴方達のことを」


 電話の向こうで頭を掻いているような感じがし、その後ため息が続く。


《そうか、安吾は何もかも話してなかったか。相方が申し訳なかった》

「むしろ彼がいなかったら私は助からなかったので、そう謝らないでください。安吾さんの口から謝罪は聞くので」


 何もかも話さず、まともな別れの挨拶をしない安吾に一言申したかった。一凛の発言に啄木は失笑し、楽しげに話す。


《っぷ、いや、失礼。君もあいつに振り回されたんだなとわかってしまって》

「安吾さんの話は聞いてました……。本当に大変でしたね」

《どこまで話したかも聞きたいが……今はいい。学校はもう少しすると休みに入るだろうけど、いつ会おうか?》

「今週の土日でも。聞きたいことがたくさんあるので」


 電話から絶句した声がする。早い返答が出るとは思わなかったようだ。すぐに会って安吾について聞きたい。誕生日や出身地、どんな妖怪の血を引いているのか。何故、雲や夕暮れを綺麗ではなく羨ましいと思うのか。

 彼は負の気持ちから一凛を知っている。だが、彼からは多く語ってこない。安吾をよく知る相手から聞くしかない。

 返答を聞いて数分、電話からは呆れた声が聞こえる。


《……あのマンゴー。何やりやがった》

「別れの挨拶もなしに別れて、送られた手紙の返信がないような失礼ですかね」


 怒りを含んだ声で話すと、納得するような声がした。


《……概ね理解した。定期的に安吾宛に届く手紙は君のものか。今まで送られてきた手紙はあいつの部屋にレターボックスごとおいてある。捨ててないから安心してくれ。絶対にあいつに読ませる》


 話を聞いていると、啄木という彼は安吾をどうにかしたいらしい。何者なのか、気になるがまずは合う日時と場所を決めなくてはならない。

 啄木と一凛は話し合い、土日の場所と休みを決める。

 話し合う場所は啄木側が決めた。待ち合わせは先程で出会った慰霊塔があるモニュメントの場所。日にちは土曜日。時間は朝の九時となる。通話を切ると、彼女は連絡帳のアプリを開いて佐久山啄木の欄を作った。相手側も作っただろうと考え、電話できたことを安堵する。一凛は土曜日に備えて、心身を万全にしておこうと部屋の灯りを消した。

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