2 元に戻ったはずの日常

 三月の中旬の頃。桜がちらほらと咲いてきている。海月と朝香も名前で呼び、途中まで帰っている。バスでの乗り換えの話をしていると、通行の便などの海月と一凛の愚痴の言い合いが始まった。


「本当、地元のバス停の本数が少ない! いや、選んだ高校のある場所が遠いから仕方ないんだけどさー」

「あー、わかる。私、バスと電車で乗り継いでるから。あと、私のバス停のバスの本数が少ないのが不満」

「本数減らす話、聞いたことある。確か、資金のためだっけ?」

「そうそう」


 二人の話を聞き、朝香は小さく笑う。


「ふふっ、私は行きは送ってもらうからわからないなぁ」

「コノヤロー! 朝香のうらぎりものー!」

「朝香ちゃん、ズルいー!」


 海月と一凛はぷんすこと怒るふりをする。その後三人は笑いあう。軽い冗談を言い合えるぐらいにはなった。名前を呼んでもいいと言われ、一凛は失礼がない程度に呼び合っている。

 彼女たちの距離を測っている最中であり、一凛なりに仲良くなろうとしているのだ。

 文句を言った二人に朝香は笑う。


「でも、帰りは自分で帰ってるよ。塾に行ったり、一人でカラオケに行ったり」

「ヒトカラできるなんて、朝香ちゃんすごい……」

「ただのストレス発散だよ。でも、ありがとう」


 一凛は褒めると、朝香は感謝した。海月は一凛へ笑顔を向けた。


「お昼にもらった一凛のお弁当のおかず。すごく美味しかったよ!

手作りのお弁当を毎日だなんてすごい!」

「夕飯の献立は次の日でも食べれるものにしてるから。冷凍保存しているものも多いし。簡単にできるからたいしたことないって」


 謙遜すると、海月は首を横に振る。


「いやいや、簡単で言うけど、やれてること自体すごいからね!

話を聞く限り、家事とか全部自分でやってるんでしょう? すごいよ!」

「家計のやりくりもちゃんとしているんでしょう?

リスペクトだよ……」


 感嘆する海月と朝香に一凛は照れだす。


「そうかな……私はそこまで意識したことなかったよ」


 一軒家の家事を一人でこなすことは普通ではない。海月と朝香は親がいる家で過ごしているため、家事をやる機会は少ない。一凛は二人の反応から自分のこなしていることの凄さを実感し、むず痒くなってくる。

 むず痒さから抜け出そうと、彼女は提案をする。


「いつか、私の家にくる? ホットケーキとか、出せるけど」

「えええ!? ホットケーキを出してくれるの!? 嬉しい!」


 喜ぶ海月に朝香は顔をほころばせる。


「ホットケーキは大好物だから嬉しいな!」


 本当に嬉しそうな二人に思い出したように一凛は聞く。


「あっ、ごめん。アレルギーとかない? 一応、ホットケーキミックスのアレルギーとか見ておくけど。卵とか牛乳とか使うから、駄目なら別のものに差し替えるからね」


 アレルギーを一凛は気にするのは、『わんこ』であったときの名残だ。

 元の姿に戻ってからは、多くのものが食べられて食べている。犬として受け付けられなかったものも、最近は飲んでいる。例えば、お茶。カフェインが入っているので駄目である。摂取でないものができるようになり、犬としての特徴も無くなった。今は匂いと音に敏感ではない。人であるありがたさを常に実感しているが、やはり体に害がないか気にする癖は抜けていない。

 海月と朝香は首を横に振る。


「ないよー! むしろ、私ははちみつかけてたべる!」


 元気に伝え、朝香は和やかに話す。


「私もないよ。かけるならジャムかな。あっ、自家製のジャムがあるから今度持ってきてあげるよ」

「自家製のジャム! それは、気になる。持ってきてくれると嬉しいな!」


 と一凛と二人は和気藹々と談笑していく。

 一凛の家に行く日にちを決めていると、私鉄の駅の近くについてしまった。


「あっ、もうここまで来ちゃった」

「いつもは一緒の電車に乗るけど、今日は迎えなんだよなぁ」


 不満げな海月に一凛は心配そうに見る。


「今日のお昼、海月ちゃんが話してた不審者の話? 怖いね、何も起きないといいけれど」

「まあね。けど、静清バイパスの近くで起きた行方不明事件のほうが怖いって。何でも被害者は骨壺で帰ってきたらしいし」

「……骨、壺」


 骨壺として帰ってきた。何度聞いても一凛はおかしさを覚える。別れの機会がないのは切ないが、骨壺として帰って来るのおかしいのだ。

 そう、被害者が骨壺として帰って来る課程が気になったのだ。

 遺体がどうなったのか。どのように帰ってきたのか。前に、ニュースで犯人が逮捕されたのは見たが本当に犯人なのかも疑わしい。後々考えてみると、違和感があるのだ。

 前に女子学生二人と黄泉比良坂に入ったとき、女子学生は鬼に連れられたまま帰っていない。鬼の発言からして、まだ亡骸だったものは鬼のもとにある。今でも女子学生は行方不明者の扱いのまま。では、骨壺として帰ってきた被害者たちはどうなったのか。骨壺として帰ってきたと言うことは、遺体は回収されたということだ。

 誰にと疑問が湧くと、何故か安吾の顔が過る。


「おーい、一凛ちゃん。早くしないと、目的の電車きちゃうよ」

「えっ、あっ!」


 朝香に指摘され、彼女は線路を見ると遠くから電車がやってくるのを見た。一凛は慌てて、定期のパスケースを出す。二人に手を振って別れの挨拶をした。


「ごめんね! 海月ちゃん、朝香ちゃん。またね!」

「またねー! 一凛!」

「一凛ちゃん、またね」


 ばいばいと手を振る。帰るときに、彼女は何度もこのまた明日に合う約束の挨拶を噛み締めている。数年ぶりとも言えるに彼女は感動しながら、改札にICカードを当てる。ぴっとなると彼女は改札を抜けて、ホームに入る。

 ギリギリ電車は開く前であり、駆け込み乗車にはならなかった。息を切らしながら中に入り、空いている長い座席に座った。

 息をついて発車のアナウンスを聞きながら、車窓から風景を見る。

 列車が動き出しゆっくりと風景は流れ、次第に流れは早くなった。電車に揺られて音を聞きながら、彼女は安吾と電車に乗ったことを思い出す。

 列車の動く模様に彼は普段は閉じている目を開けていた。子供のように目をキラキラとさせて、窓に張り付いていたのを覚えている。「すごいですよ! あさがおさん!」とはしゃぐように指差すさまは、年上の男性とは思えない。その時は人が少なかった救いであるが目立つ。安吾を宥めて注意と教え、彼がしゅんとして謝罪した記憶はまだ古くない。

 一凛は小さく思い出し笑いしたあと、すぐに笑みを消す。

 安吾の手紙の返信はなく、彼の痕跡というものがない。いや、神出鬼没のように現れる安吾に痕跡というものがないのかもしれない。だが、彼と過ごした時間は偽りではないと、バッグの中に入っている朝顔の髪ゴムが告げている。

 唐突に別れたのは許せないが、別れたのにはそれなりに理由があるのだろうと今では考えている。

 だが、それでも彼女は。


「……会いたい、な」


 あの開眼して驚くさまを見たい。嬉しそうに笑っている姿を一度でもいいから見たい。とりあえず、手紙の返信が来てないことについて問い質すと決めていた。

 目的の駅に降り、バスに乗る。

 バス停の近くは忠霊塔の前であり、彼女はグラウンドの前に行き忠霊塔の階段から目線を向けて、千木をもしたモニュメントを見る。空はすでに夕焼けの色であるが、日が伸びているのは春に向かいつつある証だ。

 時々慰霊塔のある場所を通っていくと、公園から出て家の近くにつくことができる。だが、四時の時間帯は通らないようにしている。『4:44 16:44 4:44:44』と遭遇しないためだ。

 彼女はスマホから携帯を出し、時間を確認する。

 午後4時50分。大丈夫ではあるが、今日は通るのをやめようと考えた。通り過ぎようと、足を向けたとき。


 犬の声がする。


 何度も引き止めるように吠えており、彼女は驚いて足元を見た。透明な姿の黒柴の成犬。愛犬のミヤコがいた。


「……ミヤ、コ?」 


 呼ぶと嬉しそうに尻尾をはげしく振り、わんと鳴く。安吾と別れたあと、ミヤコの姿は見なかった。彼女はしゃがんで触れてみると、透明ではあるが犬としての毛並みと肌触りを感じる。

 幽霊であるはずの愛犬に触れることに驚いた。

 そのまま両手で撫でてみる。顔と頭を軽くなでた後、喉元を優しくなで耳を撫でる。背中を優しくなでていると、ミヤコは寝転がり腹を見せる。腹を優しくなでている時もミヤコは嬉しそうに尻尾を振っていた。

 愛犬の可愛らしい姿に微笑みを浮かべていると、ミヤコが起き上がる。足を動かしてグラウンドの中に入っていった。

 グラウンドの中央に来るとミヤコが鳴く。来てと言っているのだろう。気になりながらも、彼女は愛犬についていくと決め足を向ける方向を変えた。

 後をついていくために足を動かすと、ミヤコは歩き出す。ミヤコはモニュメントのある階段を登り、一凛は慌てて後を追いかけた。ついていきているかを確認するように顔を向け、黒柴は階段のゴールにて待つ。

 早めに駆け上がったせいか、息を上げながらたどり着く。

 鬼に追いかけられたときほどではないが、彼女は肩を上下させた。


「っはぁ……はぁ……ミヤコ……待って……」


 息を切らしながら顔を上げる。


「おーよしよし、いい子だな。こんな人懐っこい動物霊久々だな。まだ虹の橋わたってなかったのか」


 慰霊塔の近くでしゃがんで黒柴のミヤコを可愛がる男性がいた。

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