5 8月の別離1

 晩夏の候。八月上旬の季節の挨拶として使われる。2011年の八月の初旬または上旬の金曜日から日曜日にて行われる。

 港祭りの案内はいいが顔見知りと出会す可能性があり、頼まれた瞬間ヒヤッとした。ヒヤッとする理由を話して、総踊りの一日目だけにしてもらい、花火は別の場所で見てもらおうと考えた。

 他者から認識できないとはいえど、かつての友人と出会う可能性もある。正直に言って、安吾の頼みは断わりたかった。だが、彼は妖怪から守ってくれたり、日常生活を普通に過ごせるように歯てくれた恩がある。懇切丁寧にお断りするわけにはいかなかった。

 だが、その祭で、喧嘩別れした友人が参加している可能性が高い。花火がある祭りならば、その友人は確実に参加している覚えがあった。その日が来るなと思いながら、カレンダーを見ながら日々を過ごす。

 安吾から頼まれた日から約三ヶ月。祭り当日がやってきた。

 その夕暮れ。潮の含んだ風と夏の暑さが肌を撫でた。元々海に近いため、潮風を浴びやすい。浴衣で見に来る人物もいれば、私服で見に来る人もいる。『わんこ』たちは私服であり、総踊りに参加するわけではない。

 私鉄の上りの終点駅の前辺りから通行規制が入り、ある橋まで歩行者天国となった。通りや商業施設には屋台が並ぶ。祭りがなければ、普通の工場地帯があるただの港町だ。しかし、年に一回行われる祭りで地域は盛り上がる。

 港まつり。一日目、二日目にてさつき通りと呼ばれる通りで総踊りが始まり、祭りの最後の日は花火大会がある。地元祭りに来るのは久々であり、『わんこ』は懐かしみながら怯えていた。

 犬の両耳は垂れ、尻尾の降る速度は遅い。


「……来ちゃった」

「……申し訳ございません」

「ううん、安吾さんは悪くない。悪くない。私が意気地なしなだけ」


 首を横に振り、耳を倒しながら落ち込む。会うかどうかもわからないが、元気そうな顔が見れるだけでも十分であった。

 歩きながら、彼女達は踊るチームを見る。総踊りはそれぞれのチームがある。チームには特色があり、地元会社や個人のチームが祭りが始まる前に申請すれば参加できる。

 道路には各連飾り車の山車。連衆の荷物がある台車があり、連をアピールするボードが一人の仲間によって掲げられている。安吾は興味津々にチームを見ながら、『わんこ』は顔を見せないように手で顔を隠していた。人から認識できないというが、名前を奪われた友人ならば気付く可能性もあったからだ。

 祭のオープニングセレモニーとして、ある場所では地踊りの次郎長踊りが踊られている。

 歩きながらどうしようかと考えていると、安吾から声がかかった。


「あさがおさん。踊りが始まるみたいですよ」

「えっ、もう?」


 スピーカーから流れる始まるアナウンスと曲。耳にした瞬間、『わんこ』は耳をピンっと立てた。

 曲が流れ始める前に、かっぽれの始まりの合図が始まる。各ギターのビートが効いた曲が始まると両手を前に出し、踊る。所作にかっぽれの踊りが含まれていた。

 日本のかっぽれといえば、『江戸芸かっぽれ』が有名だ。しかし、静岡の清水港で行われるかっぽれは伝統的なものを、若向きにアレンジしている。地元のかっぽれを作り出したのは、有名なアーティストだ。清水の祭りのかっぽれの曲はほとんど彼が手掛けている。

 懐かしい曲に『わんこ』の尻尾は激しく振られる。揃っていないように見えて、きっちり揃っていた。総踊りを見るのは数年ぶりぐらいだ。また彼女は観客側から踊りはあまり見たことない。

 懐かしい踊りと曲に立ち止まり、楽しげに踊る人々の顔を見て彼女は小さく手で踊る。踊れるかと思ったが思ったより覚えたいたらしく、地元の特有の踊りも『わんこ』は踊れる。簡単であるが思ったより振り付けができ、『わんこ』は驚く。

 隣で簡単な拍手が送られ、彼女は向くと安吾は微笑んでいた。


「あさがおさんは踊れるのですね」

「……自分でもびっくり。もう数年は踊ってないのに自分思ったより踊れるんだなって」


 ダンスとともに辞める前まで踊っていたが、数年のブランクがあるゆえに踊れないと思っていた。少しでも覚えていたことに驚いていると。


「本当はこの総踊りに参加したいんでしょう?」


 言われ、『わんこ』は目を丸くした。安吾に不満げな表情を送り、口を動かす。


「……安吾さん。私の心、読んだ?」

「いいえ、見ていてわかりますよ」


 微笑ましく見てくる彼に『わんこ』は恥ずかしくなり、顔を両手で押さて横に逸らす。

 一連の踊りが終えると、休憩に入る。『わんこ』たちは近くの屋台で腹の足しになるものを幾つか買った。道路から少し離れて、彼女たちは商業施設の近くにあるベンチに座る。遠くから流れる曲と掛け声を聞きながら、『わんこ』と安吾は屋台のご飯を食べていた。

 安吾はじゃがバターを食べ、『わんこ』は唐揚げを食べる。少し強い海風を浴びながら『わんこ』は咀嚼し、屋台で買ったご飯を見た。


「屋台のご飯ってお祭りのときに食べると美味しいの、不思議なんだよね」

「そうなのですか。けど、じゃがバターは美味しいです」

「お祭りの定番だね」

「おや、そうなのですか?」

「わからない」


 互いに笑いあった。屋台のご飯を食べながら、二人は多くを話す。清水港のお祭りの由来やかっぽれの作詞作曲者。忠霊塔公園の一部は花火を見れるビュースポットであるなど。多くを話し、安吾からは過ごした普段の日常について話す。

 

「三日前の詫びと所望品の件、たくぼっくんは忘れてたんですよ!?

昨日やっと希望通りの詫びと所望品が来たから許しましたけど」

「そのたくぼっくんっていう人も忙しかったんじゃないかな……?」

「はっはっ、次はねぇです」

「……ガチおこだ。でも、安吾さんらしいや」


 笑っていない目で話す安吾に、『わんこ』は少し引くが少し微笑する。彼女の反応を見たあと、安吾は笑みを作る。


「まあ、その分僕はちょっとやらかしたりしてますので、あいつとはお互い様です。去年のこの頃、女の形をした怪異に式神を使った全裸五千人鬼ごっこしましたし」

「ちょっとどころじゃないんだけど」

「ええ、たくぼっくんに頭から叩かれました。『姦姦蛇螺かんかんだら』の怯えた表情……良かったのに」

「私でも叩く。そもそも、セクハラと嫌がらせの組み合わせが悪意ありすぎて叩く」

「悪意には斜め上の悪意いやがらせが効きますよ?」

「そうじゃなくて、そうじゃなくて」


 首を横に振る。オカルト方面といえど、とんでもないことをやらかしていた。出会ったときからサドの気は感じていたとはいえ、話を聞くと余計に感じる。引きつった笑みを浮かべたくなり、『わんこ』は息をつく。


「安吾さんって結構おちゃめだよね」

「悪餓鬼とも昔は言われしたけどね」


 とんでもなかった。『わんこ』はなんとも言えなくなり、安吾は楽しそうに笑う。


「あっはっはっ、なんかすっごく驚きと少しの畏怖を感じました。

すみませんね。僕はお利口さんじゃないのです」

「……き、気持ち読まないで。って、そもそも安吾さん。良くないことしてるし隠し事とか多いし、浦島太郎な部分とか多いし、ちょっと抜けてウッカリする部分とかあるんだから、お利口さんじゃないのわかってる!」


 吠えるように言い返すと、苦笑していた。


「真実なんで言い返せないですね。これは」

「……もー……」


 拗ねてそっぽを向いた。ご飯はとっくに食べ終え、彼女は屋台飯の空の容器をゴミ袋に一つにまとめた。安吾からは優しい言葉をかけられる。


「少し気が逸れましたか?」

「えっ?」


 安吾に顔を向けると、『わんこ』に向けて申し訳無さそうに微笑んでいた。


「約三ヶ月前ほど、僕が無理を言って祭の案内を頼んでしまいました。……本当は来たくなかったのにすみません。あの時他に貴女を悪いものから気をそらす方法が思い付かなくて、祭りの案内を頼んだのです」

「……えっ? どういう事……?」


 彼女はキョトンとすると、安吾は切なげに唇を動かす。


「貴方が自責の念に駆られない為にです。別の話題で、今日までその自責から目を向けさせたかった。多少はうまく言ったみたいですけど……」

「……ありがとう。私は大丈夫だよ」


 苦笑している彼の考えに気付き、『わんこ』は複雑そうに笑いながら感謝をする。彼女を見て安吾は拳を握り、首を横に振った。


「そうではない。そうじゃないのです。あさがおさん。貴女は苛まれるように促されているのです」

「……えっ、はっ?」

「そもそも、本当に全部貴方が悪いのか。考えてみてください」

「それ、は」


 指摘され、『わんこ』は目を丸くする。

 友人と喧嘩別れしてしまった。母親を助けられなかった。ミヤコを死なせてしまった。いくつかの問題に自責の念を感じている。だが、母親とミヤコが死んだのは犬神のせい。友人の名前を奪われたのは悪い妖怪のせいだ。

 前に安吾が言った通り、『わんこ』に大きな責任はない。自分が強く感じているだけだが、追い詰めるほどに苛まれる必要はない。

 腐敗臭が何処からかする。遠くから犬の声が聞こえてくる。

 聞き覚えのある犬の声と、おどろおどろしい獣の声。


「……っ!?」


 彼女は顔色を悪くする。勢いよく立ち上がり、走り出す。


「っあさがおさん!?」


 安吾の呼び掛けに答えず、彼はゴミ袋を手にして追いかけた。

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