2 出会って一年2
食事を食べ終え、安吾は両手を合わせた。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
対面にいる『わんこ』は頭をペコリと下げる。出したご飯はハンバーグであり、玉ネギを使っていない。体質が犬によっていている為、犬に害となるものは入れていない。肉肉しさがよく分かる為、安吾からは好評だった。
安吾は片付けを手伝い、皿を泡立て彼女が流す。片付けが終えると、『わんこ』は空いたコップに牛乳を入れ、安吾にお茶を淹れ直した。安吾は綺麗になったテーブルにカードを広げていく。新品であり、使われてまだ間もないと感じる。『わんこ』は椅子に座り、興味津々に尻尾を振りながらカードを見た。
「見たことないカード! 犬と蛇、花束に指輪と船。いろんな絵柄があるね」
「ルノルマンという歴史ある占いのカードです。他にも、オラクルやタロットなど持ってきてますよ。見てもいいですよ、どうぞ」
安吾はバッグから箱を出し、カードを見せていく。『わんこ』は興味津々にカードを見ていると、安吾はルノルマンカードをきりながら話す。
「色んな占いのカードとかあるので、花札を占いの道具として扱うの期に少し手を出してみようかなと。式占や卜占などやってはいましたが、海外の占いも練習してみようかなと」
「……そういえば、安吾さんって占いが得意なの?」
占いに詳しかったり、占いの知識に明るい。聞かれるとカードを切り終え、山札を置く。
「僕達の方では基礎なのです。ただ僕の場合は好きだったから、進んで占いを学んで得意となったのですよ」
「……それは、結果が確定しているわけじゃないから好きなの?」
感じてきたことを憶測として口にする。『わんこ』の言葉に安吾は目を丸くし、やがて苦笑する。
「ええ、そうです。……けど、よく好きな理由がわかりましたね」
「……安吾さん。夕焼けとか雲とか犬神。実体のないものとか、つかめないものとか、境目のような曖昧なものにすごく羨ましそうだったから。占いとかは結果が確定してないものはいいのかなって」
言い当てられ、複雑そうに笑う。
「一年だけでよくわかりましたね」
「一年間、安吾さんと交流してれば、ちょびっとだけはわかるよ」
言われ、安吾は更に笑う。
「っはは、一本取られましたね」
「うーん、一本、取ったのかな? そうは思わないけど……」
少しだけ知って、長生きの安吾から一本取られるとは思えない。笑っている彼は笑みを柔らかにし、頷いた。
「ええ、一本。取ったのですよ。あさがおさんは僕の核心に少し突いたんです」
「……安吾さんの核心?」
きょとんとする彼女に安吾は人差し指を立てる。
「これ以上は、プライバシーというやつですので秘密です。詮索はなしで」
「……あっ、そうだよね。ごめん」
耳を倒して落ち込む『わんこ』に安吾は申し訳無さそうに話す。
「ごめんなさい。でも、それだけ知っているなら十分です」
「……? 羨ましいことが?」
安吾は頷き、湯呑みを手にする。
「僕の引く人外の血は強いんですけど、それは本当にいるかどうかもわからないものなんです。本当なら居てはいけないものとも言えるのでしょう」
居てはいけないと聞き、『わんこ』は手を止める。彼女は安吾が何の半妖なのかを今まで何度か聞いていた。しかし、上手くはぐらかされて教えてくれていない。言及されるのは初めてである。居てはいけないという言葉にもかなり驚いていた。
彼女は聞こうとするが、すぐに口を閉じる。話してくれない話題ほどに、個人的に触れてほしくないのだ。聞く代わりに、彼女は想いを吐き出す。
「居ちゃいけないなんて、そんなことないと思うよ。こんな私が居ていいように、安吾さんは居てもいいんだよ。居ていいかどうかを決めるのは、世界とか人じゃなくて自分なんだから」
犬の姿でおり、誰も彼もが自分の本当の姿を認識していない。『わんこ』は呪われたても居なくならず生きている旨を伝えたかった。死滅願望はあるといえど、今までよく生きてきたものだと言える。まともに生きられるはずないと思っていたが、安吾と出会ったお陰で良いことが起きた。救われた部分もあり、生きていてよかったと思える。
表情を柔らかに安吾は彼女を優しく見つめる。
「ありがとうございます。あさがおさん。居てもいいって言われるだけで嬉しいです」
感謝をされ、『わんこ』は暖かな気持ちとなる。彼女は安吾の過去は知らない。だが、辛いことを抱えているのだと言うことは察しがつく。アルバムを持ってくる前に、『わんこ』は安吾にやってほしいことがあった。
「ねぇ、安吾さん。ルノルマンってやつじゃなくて、花札で占ってほしいかな」
「花札ですが? 西洋のほうが絵柄的に面白いと思いますし、占いの意味もちゃんとしてますよ?」
彼は驚いている。今まで安吾が花札で占ったのは、彼独自の方法だからだ。実際の花札の占いは日本では散逸している。タロットやルノルマンなどの方は占い方や意味はわかっている。ちゃんとした結果を受け取りたいのであれば、確実にわかる方が良い。
今まで彼女は花札で占われてきている。花札の方が良い馴染み深いのだ。
「うん、わかってる。でも、花札の方が良い私はいいかなって。安吾さんが占う時は、花札を使っている方が似合うって個人的に思うだけだからさ」
「……似合うって言われるだけでも照れますね」
安吾は照れたように頬を掻き、頷く。
「わかりました。花札で占いましょう。何が聞きたいですか?」
「えっと、漠然としてるけど……今後の私とかは?」
ドキドキしながら『わんこ』は安吾を見る。占いは今後の参考になるが、信じすぎるのも良くない。だが、どんな結果と解釈が出るのか。彼女は楽しみであった。安吾はルノルマンのカードを箱にしまいながら考える。
「今後の私ですか……占ってみますが。今後もいってもわからないので、一枚引きはどうでしょうか?」
「うん、それでいいよ」
「わかりました。では、さっそく」
バッグから花札の箱を出し、花札の山札を出す。花札の札はよく使われているのか、札の角が少し擦れている。よく占っている証拠だ。
札を切って、安吾がこれだと思ったものを引く。
札をひっくり返し絵柄を見ると、そこには草が風によってなびくような黒い山の絵柄だけがあった。空白の部分には何も描かれておらず、坊主にも見える。安吾は「あちゃー」と声を上げる。
「これは、芒という絵柄の札で素札。花札ではカスと言われる点数の低い札の一つですね」
「えっ、それは悪いってこと……」
心配そうに言う彼女に、安吾は首を横に振る。
「いえ、普通に平々凡々ってことです。花札のルールや絵柄の意味を総合してみても、可もなく不可もなくという感じなので」
結果を言われ、『わんこ』は項垂れそうになった。心配して損した気持ちになり、『わんこ』は苦笑をした。
「か、可もなく不可もなく……か、なるほど」
「ええ、何事もない方が一番いいですからね。平穏一番です」
「それには同意せざる得ない……」
安吾の言葉に何度も深く頷く。オカルトを実体験している身としては、平穏が一番である理由が身に沁みてわかる。安吾ははっとするように声を上げる。
「って、そうです。あさがおさん。愛犬さんの写真、というかアルバムを見せることになってましまよね。覚えてますか?」
「……あっ、そういえば! ごめん、すぐに探してくるね!」
安吾を誘う理由をつけておいて彼女は忘れていた。慌てて『わんこ』はリビングから出ていった。
慌てて部屋を出る彼女の背中を見送る。安吾は笑顔で手を軽く振って見送ったあと、すぐに笑みを消した。『わんこ』が部屋に入るのを確認しおえたあと、花札の芒の素札を見て自嘲した。
「……嘘と誤魔化しも僕たちの方では基礎なんですよね」
芒の札を置いて、安吾は袖に隠したもう一枚の花札を出す。手品の応用で札を隠しておいたのだ。札の出し方を少し変えて本当の札を隠す。
袖から出した花札の絵柄を彼は出した。
白の余白がなく全体的に血のように赤い。雨が降る中、鬼のような手が伸びており雷神の太鼓を手にしようとしているような縁起の悪そうな絵。十一月の札の柳の種類。素札の一つであり、鬼札と呼ばれる特殊なもの。
札の絵柄を見て、安吾は溜息を吐く。
「またこれが出るとは……」
鬼札はジョーカーとも取れるゆえに、良い意味でも悪い意味としても取られる。不吉な絵柄が出た場合、相場は決まっているが。安吾は札を山札においた。
「不吉なものにさせませんよ」
真剣な声色を出し、安吾は拳を強く握った。
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