11 墓前での再会
骨壺を家において、日にちが過ぎたあとのこと。
家の近くにある寺にて骨壺を納めた。父方の祖父母よりも早く墓に入ったことに、祖父母と父親のやるせない気持ちが伝わってきた。『わんこ』も同じ気持ちであった。県内にあるのが救いだが母が死んだのだと、ちゃんと真実として受け入れるのには時間がかかりそうであった。
骨壺を納めたあとの精進落とし。静岡県では『祓いの膳』という名で、食事会が行われ、父親とともに帰宅する。
数日だけだが、父親が家に泊まるのだ。理由は少しでも娘と話したいとのこと。
落ち着かない気持ちになりながら、リビングで久々の父親と対面する。お茶とお菓子を出しながら、『わんこ』から話を切り出し今まであったことを話す。家の中もきちんと掃除している事、料理も上手くなったこと。色んなことを話したが、安吾や犬神などのオカルトについては話していない。話すと安吾が動きづらいと思ったからだ。信じるとも思っていない。
父は娘の話をちゃんと聞き、少しずつ娘と距離を縮め直しとしている。『わんこ』もそれがわかり、内心嬉しかった。奇行のことや母親のことについて謝罪すると、逆に父親からも謝罪がくる。娘が怖く向き合うのが怖く仕事の方に目を向けていたと。これから向き合いたいと。宣言するが、すぐに断りを入れて父親は申し訳無さそうに謝った。仕事などが忙しくなりまた単身赴任の日々に戻らなくてはならないのだ。連休や大晦日などには顔を出すと話すが、父は何処か怯えているようにも見えた。向き合いたいと言うが、『わんこ』が奇妙に見えるのは仕方ない。恐怖や偏見は簡単に消えるものではない。
構わない旨を言うと、申し訳ない表情をしていた。代わりに遠くでも少し話せるよう、父親が携帯を契約して買ってくれた。嬉しかったことや、イベントがあった時は話やメールをしてほしいと。
歩み寄る姿勢に彼女は涙が出そうになるが、彼女は本心を告げる。
「私はお父さんに幸せになってほしい。だから、お父さんもお父さんでいい人を見つけてね」
と告げると、父は号泣した。号泣し、娘を抱きしめる。『わんこ』は泣かせるつもりはなかった。だが、自分がこの先生きているとは思えない。まともな人間としてここにいられるのかも不明だからこそ、『わんこ』は父親に思いを告げたのだ。恐らく、自分の元の姿に戻ってもそう思うだろうと『わんこ』は考えている。
即ち、彼女は自分自身が元の姿に戻ると思っていない。
自分の姿が他者に認識できない。自分の姿が犬に見え、犬に寄って来ているのはミヤコが呪っているからだと思っているからだ。
泣いている父を宥めながら、彼女は父親に感謝をした。父が仕事にいく日まで、『わんこ』は母親との思い出話に華を咲かせた。
当日の朝。車のエンジンを動かし、父親を見送った。去っていく車を見ながら、『わんこ』は息を吐く。
夏休みも終盤に近く、勉強を粗方終えた。家に戻ると、『わんこ』はお墓参りの準備をする。準備をしている最中、リビングのテーブルにあるチラシを微笑む。
「懐かしいなあ」
港祭りのチラシだ。昔は友人と共によく港祭りの総踊りに参加していた。今の時期は終えており、『わんこ』も参加はしない。ダンスは中学に上る前にやめ、部活も入っていない。自分の姿を認識できないだけではなく、『認識できない』ことで認識されるのも嫌という理由もあるからだ。
彼女は息をつき、安吾を思い浮かべる。別れた日以降会っていない。
安吾とは手紙でやり取りをしているが、『わんこ』の方も忙しく会うことはなかった。いや、会うのが気不味かったが正確であろう。手紙や電話で会いたいと言えば会えるだろう。だが、安吾が人外なのだと実感し、怖く感じ距離も感じたのだ。
「……安吾さんは、私のその気持ちを真実として捉えてもいいって言ったけど……」
呟きながら線香とライダーを用意し、箱に詰める。確かに畏怖していたが、『わんこ』は安吾を化け物だとは思わなかった。
「……それに安吾さんは、事前に言ってくれるし……」
人外の素振りや自分で言っていた。怖い場面に遭遇する前に、心構えをするように話していた。
怖いとは思う。だが、彼が怖いだけで化け物とは思えない。買ってもらった平成での最新機種の携帯。俗に言うスマホをトートバッグにしまい、墓参りの道具もしまう。
靴を履いて、外に出て玄関の鍵を占めた。戸締まりの確認はしたと頷き、墓参りへと向かう。学校の近くにある寺であり、歩いていける距離だ。
歩道を歩きつつ、彼女はスーパーで買うものを考える。
寺に来て墓参りである旨を伝えた。『わんこ』は墓苑に入ると、線香の香りがする。線香を焚いて時間が経っていないように思えた。墓苑全体を見ると、見覚えのある後ろ姿が見えた。しかも、母親の墓前の前におり、彼女は驚いて駆け出す。彼女が近くに来ると、その相手は気付いて振り返る。気まずそうに微笑み、挨拶をした。
「おはようございます。あの時ぶりですね。あさがおさん」
「……安吾さん。おはよう。お久しぶり、かな……」
彼女は戸惑いつつ、安吾に挨拶をする。
彼の服は前と別れたときと変わっていない。彼は墓前を見る。『わんこ』も見ると、墓前は見たときよりも綺麗になっており、花も増えていた。安吾が焚いたばかりの線香は良い香りがする。質が良く高い線香のようだ。
「僕も関わった者として、参りしにきました。……僕の仕事の一環も兼ねてますが……貴女のお母様がちゃんとお墓に入れて良かったですね」
墓を見る彼は慈しみがあり、『わんこ』は何とも言えない気持になる。畏怖する存在であると同時に温かな人でもあるのだと見て、改めて実感する。彼女は頭を下げて、感謝をした。
「安吾さん。お母さんを救ってくれて、ありがとう。お母さんもきっと天国に行けたと思う」
「ああ、ご安心を。元々貴女のお母様は極楽に……っ」
「……へっ?」
彼女が顔を上げると、安吾は口を押さえ顔を横に向けていた。凄く焦っている感があり、『わんこ』はしばし黙り考える。彼がポロッとこぼしたことを合わせ、墓の場所と諸々を推察していく。
一つの答えにたどり着き、彼女は恐る恐る聞く。
「……もしかして、私のお母さんは無事天国にいるってこと……?」
「いやぁ、あははっ……貴女のお母様は悪いことしてないんじゃないかなと……ははっ」
聞かれた答えに、安吾はあからさまに目線をそらす。誤魔化しきれておらず、『わんこ』は指摘する。
「……安吾さん。機密情報扱うの慣れてなかったりする?」
「っ違います。僕が浦島人見知り太郎なだけです!」
「浦島人見知り太郎!?」
新たな言葉に『わんこ』はわけがわからないと声を上げた。安吾は目を開けて顔を赤くする。
「……っ兎も角、秘密なら本当に話しませんし、これは僕がいつか話さないとならないものだって思っているものですから、機密というほど機密ではありません」
「……そういえば、安吾さんは半分人じゃないって言ってたね」
安吾は苦笑しながら頷く。
「ええ、僕は『半妖』という生物で化物なんです。そして、半妖で構成されている組織でお仕事しています。仕事内容は死神に近いと思っていただけると嬉しいです」
打ち明けられ、『わんこ』は彼の過去の言動の意味が腑に落ちた。
長生きであるからこそ、半分人外の妖怪の血を引く。人間味があるのは半分人の血を引いている故に、本当に浦島太郎であり今どきのお喋りや交流は少し得意ではない。妙にポンコツな所があるのは、世俗をあまり知らないからだろう。
彼の素性の一片を知ったが、『わんこ』は一つ聞く。
「……ねぇ、安吾さん。これ以上は聞いたほうがいい?」
「……知りたければ答えます」
渋い顔をして答えており、『わんこ』はあまり答えたくないのだと察する。聞かないほうが身の為なのだと考えついた。人を殺したと聞いても平然とした態度や、犬神の時に見せた残虐性がそう至らせる。
首を横に振り、『わんこ』は喋る。
「ううん、聞かない。安吾さんにとってそれが知られたくないことなら、私は知らないようにする。お互いのためになるならそうする。それに、私はこれからも貴方と仲良くなりたいから、前と同じようにまた会っていいかな」
彼女の言葉に安吾は目を丸くする。『わんこ』はすかさず、彼に思いを吐露する。
「安吾さんは怖い部分があっても安吾さんなんだよ。貴方を化物だなんて思わない。……思いたくないよ」
切なくなり、『わんこ』は顔を俯かせた。怖くてもここにいる彼は安吾は安吾である。卑下しないでほしかった。
彼女の思いを聞く。それだけでなく、彼は思いも読める。『わんこ』を見ている安吾は段々と目を丸くし、泣きそうな顔で笑顔を作る。
「ありがとう、ございます。あさがおさん」
泣きそうでありながら、嬉しそうであった。
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