7 曰く付きの憑き物筋

 お昼近くになるとき、安吾と『わんこ』は近くのファーストフード店に寄る。注文をし、二階のカウンター席に二人は座る。盆に乗ったハンバーガーとポテトをテーブルに置き、彼女は不安げに尋ねた。


「安吾さん。大丈夫なの? 被害、出ない……?」

「問題はありません。恐らく、今度のは焦るのがまずいかと思います」


 後に続いて安吾も置き、息をつきながらカップを手にする。


「……草薙駅前のスクランブル交差点の怪異は人を取り込むためのものでしょう。ですが、僕たちが先程遭遇したものは違う。あれはあさがおさんを狙ってのものでしょうね」

「……私を? その犬神っていうのが狙っているの?

憑き物筋とか色々と気になるものが出てきたけど……」


 図書館のときは犬神という言葉を見て、良くない気配が『わんこ』に襲いかかってきていた。今は話に出してもない。安吾はお茶を飲んだ後に、彼は話す。


「憑き物筋というものは、民間信仰の一つ。狐や犬、動物のような存在が憑いている家系。もしくは、その憑き物を使役する家系のことを言います」


 カップを置き、次第に表情は複雑そうにしていく。


「憑き物の話題をするときは、実は気を使わなくてはいけません。昔は格差のために利用される言い訳でもありましたし、差別とかも起きるものでもあります。今でもある田舎では、憑き物については家系を調べられると聞きます。基本的に憑き物は良いイメージは持たれません。だから、僕はあさがおさんに注意したのです」

「……では、その憑き物筋と犬神の関係って……」


 彼女はなんとなく察せられた。安吾は察している彼女に話をする。


「ええ、犬神は憑き物筋の一つ。呪いの一種でもあり、妖怪にもなり得る存在。貴女は恐らくその犬神に狙われていると見ていいでしょう。……そして、非常に言いにくいのですが……」

「……私も犬神の憑き物筋ということだね」


 答えを口にし、『わんこ』に謝る。


「すみません」

「……気にしないで。その犬神ついて、教えてくれる?」


 安吾は渋々と犬神について話しだす。


 犬神は呪いの儀式である。

 腹をすかせ飢餓状態にした犬を地面まで埋め、目の前に餌を押す。その犬が餌を求めて舌を伸ばした瞬間に首を刀で落とす。撃ち落とした犬の首を辻道に埋め、人々が頭上を往来させて強い怨念を宿らせる。憑かれた者は、胸と足、手の痛みを発する。急に肩を揺すり、犬のように吠えると言われ、大食らいになり嫉妬深くなるという。

 ものは使いようというが、犬神は決して良いものではない。怨念を宿らせるということもあり、周囲や宿主に害をなす。また一部では犬神は家系の人数だけ増えていくというのもあるらしく、『わんこ』も犬神の家系を汲んでいるのだろうとの。また犬神は他の人間に憑く場合もあるという。だが、犬神の話は民間銀行のようなものであり、自分が犬神憑きであることを忘れている。犬神の家系や末裔だとしても、現在では廃れているのに等しく犬神の力は存在は発揮されないだろうとのこと。

 自分が犬のように吠えている自覚あり、尚更憑き物筋なのだと実感した。

 複雑そうに安吾は語る。


「犬神の憑く家は犬神持ちと呼ばれます。ですが、あさがおさんの場合は、おかしいのです」

「おかしい?」


 不思議そうに聞く彼女に頷き、彼は答える。


「犬神とは血筋により受け継がれる呪い。ですが、あさがおさんたちはある日を境におかしくなったのでしょう?

本当に犬神の血筋ならそれ以前に何処かで異変を来してないとおかしいのです」

「……異変とは?」

「そうですね。貴女のお母様がもし犬神憑きとして今までいたのならば、少しでも犬神憑きの特徴が出てきているはず。ですが、貴女のお母様は普通に生活をして結婚をし、貴女を産んで自分が狂うまでしっかりと育てた。きっかけで狂うとなると、まるで狙ったように狂わせたとしか思えない」


 指摘に『わんこ』は腑に落ちる。『わんこ』が異変を来たしたあとは、親と親戚や親類に遠ざけられており、犬としての特徴が表に出てきている。だが、愛犬の死をきっかけとして犬神憑きとなったというのもおかしい。

 彼女の疑問を読み取ったのか、安吾はポテトを一つつまみながら話す。


「ええ、愛犬の死をきっかけというのはおかしいです。そうなると、前にした僕の説明に矛盾があります。なら、愛犬が死ぬ前に貴女は異変を起こしている存在と出会しており、その影響か。もしくは巻き込まれて、犬神憑きとしての血が目覚めたと言うしかないのです」

「……巻き込まれ…………あっ……!」


 彼女はしばし考えるが思い当たる少女がおり、目を丸くした。

 ■■■■。名前が分からなくなった彼女の喧嘩別れした友人。いつからか名前が分からなくなり、ダンスをやめた少女だ。『わんこ』は彼女が何処に住んでいるのかわかっており、安吾に顔を向ける。


「私……こんなふうになる前は、名前を取られた女の子と友達だったんだ。

■■■■ちゃんって言うんだけど」

「!」


 安吾は開眼して驚愕し、やがて納得したように頷く。


「……なるほど。あさがおさんはその■■さんと知り合いと」

「……うん。安吾さんはあの子の名前……名前だってわかる?

私は中学上る前に気付いたんだけど」


 聞くと、彼は首を横に振った。


「いいえ、空白の名前は聞いたことありません。名と認識できても、その名前はわかりません」

「! 安吾さん。すぐにわかったの!?」

「ええ、僕は普通ではないので。普通の人がわかるはずないです。わかるとしても時間が掛かるでしょう」

「…………そっかミヤコの姿になってから、私は普通じゃなくなったんだ」


 自分の耳を後ろに倒し、普通の人間ではなくなったことを自覚する。安吾は落ち込む彼女の背中を撫でる。撫でたあと、安吾は真剣な面持ちで話す。


「ですが、貴女の友達やあさがおさんのせいではありません。恐らく、その彼女が名前が無くなったからでしょう。名とは体を表し、個を示し存在するための楔。名前がないということは曖昧であり個がない。妖怪や幽霊から狙われやすくなります。彼女の影響だけではないでしょう。あさがおさんは恐らく■■さんを狙う存在から利用できると見込まれて、その血筋を活性化させられたとよろしいかと」

「……っ!? 利用!?」


 耳を立てて驚くが、安吾は表情を柔らかくして話す。


「大丈夫ですよ。そちらの件は、恐らく僕の仲間が解決しようとしているはずです。それに僕達が関わろうとすると、■■さんへ更に危害が加わるかもしれない。やめたほうが懸命です」

「……それは、確かに」


 納得し、『わんこ』は何とかしたいという思いを引っ込めた。犬神に狙われている最中、関わろうとするとのは迷惑がかかるだけ。名前を奪われ、狙われやすくなっているならば余計だ。

 安吾はポテトを一つ食べ終え、口を動かす。


「あの、犬神は恐らく貴女のお母様に憑いていたものでしょう。あさがおさんを狙っているのは、貴女がかつての宿主の娘であり同じ犬神憑きの血筋だから獲物と定めたのです。取り込むつもりですよ」


 話を聞き、『わんこ』は黙り拳を握る。狙われるのも、取り込まれるのは怖い。だが、彼女の中ではもっと別の気持ちがあった。安吾は彼女に目を向けながら、提案をする。


「四国には犬神を祓う神社があります。今からそこに向かうのはいかがですか?

そうすれば、貴女の中にいる犬神が祓われて狙われることはないかと思います」


 犬神を祓う神社があると聞き、『わんこ』は目を丸くし首を横に振るう。


「……駄目、祓えない」


 安吾は目を丸くし、彼女は耳を後ろに倒し悲しげに話す。


「私がこの姿になったのは、ミヤコの呪い……。犬神になったミヤコの呪いなんだよ。だから祓えない」


 一年に一回さ見る悪夢は、愛犬のミヤコが犬神に殺されな過去なのだ。この姿になったのはミヤコが犬神に殺され、同じ犬神となって『わんこ』を呪っている。助けてくれなかったから、憎んで呪っているのだと彼女は考えた。

 話を聞いた安吾は険しい顔をする。


「……あさがおさんは今の自分の姿が呪いと思うのですか?」

「だって、そうでしょう。他の人にも認識されない。自分は段々と犬に近づいていく上に、犬に見えるなんて……! 呪い以外ないでしょう!」


 強く言う『わんこ』に安吾は目を薄める。


「……貴女は犬神がどういうものなのか、ちゃんと聞いて理解しましたか?」

「聞いてたよ。でも、この姿はどう考えても、犬神になったミヤコの呪いとしか考えられないの……!」


 彼女は苦しげに言葉を吐く。安吾は考えるように黙ったあと、困ったように笑う。


「貴女がどう思うかは任せますが、自分を追い詰める真似だけはしないでくださいね」


 優しい言葉を掛けられ、『わんこ』はゆっくりと頷いた。

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