6 愛犬と母親を喪ぼした獣
静岡ならぬ駿府の城下町につく。駅のホームから出て、二人は元国鉄に隣接しているデパートや大型商業施設による。先に長財布などを『わんこ』が見繕い、少し高いが無難な物を安吾に買わせた。そこに札束から何枚か一万円札を出し、長財布に入れ安吾に返す。
靴もサイズを見てを購入させ、値札を切って履かせた。
メンズものの服もマネキンにあるものを参考にし、サイズを見て部屋着と出掛け着を見繕った。早急に買わせて値札を切った。早速試着室で服を着替えさせている。『わんこ』は腕を組んで、試着室の近くで着替えを待っている。
時間が惜しく、早く買い物を済ませた。
「……着替えが少なかったとは思わなかったな」
同じ服を着ていたのは知っていた。本人が世間知らずゆえの服装までもが、無頓着なのは仰天ではあったが。知らなかった面を知り、『わんこ』は今更ながら気付く。
「そういえば、あってまだ三ヶ月しか経ってないのか。うん、詳しく知らなくて当然かも……」
ポツリと呟くと、試着室のカーテンが開く。彼女が顔を向けた。
「あの……これでいいですかね……?」
恥ずかしそうに目を開けながら、試着室から姿を表す。寒色の半袖シャツとズボンはやや細身に見えるものにし、スタイリッシュさを出させる。サマーニットカーディガンを着させる。元々素材がいいのもあり、似合っていた。髪は一つに結び直され、服も相まってかっこいい。雑誌から出てきたような姿に『わんこ』はじっと見つめていた。
「あの……あさがおさん?」
「……あっ! ごめん、安吾さんがかっこいいからじっと見てた。ごめんなさい」
素直に感想を言い頭を下げた。安吾は一瞬黙って頬を赤く染めて開眼してびっくりする。
「あっ、ええっと……ありがとうございます」
感謝すると、『わんこ』はにっこりと笑いながら安吾の腕を掴む。
「よし、準備ができたら、ほら、早く! 安吾さん。目的地に行こう!」
強く引っ張られ、安吾は困惑した。
「えっ!? いや、あさがおさん。ちょっと待って。僕、靴履いてないですって!
あと、先程の僕がかっこいいっていうの詳しく……!」
「後で話してあげるから! ほら、早く履いて履いて!」
顔を赤くしながら言う彼に『わんこ』は腕を話して急かす。目的だけしか見えてないようだ。先程のように犬が散歩をせがむ状態になっている。急いだほうがいいのは確かであり、彼は苦笑を浮かべながら靴を履く。
商業施設を出て、二人は目的のスクランブル交差点に向かう。駅と商業施設は隣接しているため、駅の南口から出る。
近くに目的の一つのスクランプ交差点が見えた。風に乗って聞こえてくるのは、地元のご当地ソングの『富士山』による電子音だ。周囲に霧のようなものは漂っておらず、まだ『とおりゃんせの常世信号』が出てきてない。
安吾は店を出てから、自分の姿に見慣れないらしくぎこちない様子だった。都市部に出ても、違和感のないような格好にした。服も相まって、女性の視線が安吾に向く。視線を向けられていることに安吾は慣れてないのか、照れたように顔を逸らしている。こればかりは慣れであろう。おしゃれというものが自らを楽しむだけでないことも、安吾に教えなくてはならないと彼女は考える。
スクランブル交差点についたが草薙駅でみたような霧は漂っていない。近くに行っても、とおりゃんせではなく富士山の電子音だ。
スクランブル交差点には、通勤や通学していく人々が歩いていくだけ。おかしさもなにもないことに、『わんこ』は首を横にかしげた。
「……あれ? 安吾さん。霧は出てる?」
彼に顔を向けると、悩ましい表情でスクランブル交差点を見ていた。
「いえ、出てませんね。……まあ占いは確実というわけではないんですが」
「でも、静岡にいる悪いものが何かを狙っているんだよね。……ここで、起きないならさっきの草薙のやつか本命なの?」
安吾は彼女を見たあと、言いにくそうに口を開く。
「……こうも考えることができますよ。貴方が追っているものと草薙で発生した『とおりゃんせの常世信号』を起こしたものは別であると」
「……えっ!?」
別物と聞き、『わんこ』は驚く。彼は真剣な面持ちでスクランブル交差点と音楽装置の信号を見る。
「確かに、貴方の母親は『とおりゃんせの常世信号』に連れ去られたでしょう。ですが、あそこの草薙のスクランブル交差点はまるで元から仕掛けられた。このように考えられます」
「別なのって、ここと草薙の距離が離れているから?」
彼女の問に安吾は申し訳無さそうに聞く。
「そうですね。嫌なことを思い出させますが、あさかおさん。貴方のお母さんが連れ去られたとき、『とおりゃんせの常世信号』はどのように現れました?」
「……どのようにって……確か……」
彼女は不満げな声を出しながら思い出す。
母の病院帰りは電車とタクシーを併用していた。何度か利用していたスクランブル交差点の前に着いた時、急に周囲の建物が見えないほど濃霧に包まれる。一瞬で異世界に来たような感じで現われたのだ。低いとおりゃんせの曲がスピーカーから流れる。青信号のない信号機と横断歩道の道路しか見えない光景。母親は誘われるように濃霧の奥に向かって歩いていく。制止の声を上げ続ける娘の声を無視して、霧とともに消えた。後を追えばよかったと考えたが、『わんこ』は疑問に気付く。
「……私のお母さん。急に現れた『とおりゃんせの常世信号』の奥に消えていった。けど、話の中にあるように『とおりゃんせの常世信号』の前兆のようなものがなかったような……」
「なるほど、急に現れたということですか。──このように?」
安吾がスクランブル交差点に顔を向け、『わんこ』も顔を向けて目を丸くした。
「……霧……!?」
人の話し声や車の音など、街を象徴する音が聞こえない。道路の先は見えない横断歩道。信号機しかわからないスクランブル交差点。街中と言える場所で周囲が見えなくなるほどの濃霧が現れるのは、明らかに異常だ。
アクションなしに、『わんこ』たちは『とおりゃんせの常世信号』に巻き込まれた。朝遭遇した状態と同じ。しかし、違うのは兆候がないというただ一点のみ。
スクランブル交差点の反対側の奥に、一つの人影のようなものが見える。それを見た『わんこ』は前に見たときと同じ衝動が起きると
すぐに安吾はひざまずいて、地面を触る。
「あさがおさん。どこでもいいです。僕に触れてください」
「えっ、あっ、うん!」
彼女は安吾の背中に触ると、身のうちから湧き上がる衝動が鎮まっていった。
彼は目を開けて、霧中のスクランブル交差点に双眸を映す。何かの呪文を呟いているようだが、耳が良くなっている『わんこ』の耳でもわからなかった。呪文とともに周囲の霧が少しずつ払われてきている。
遠くで犬の鳴き声がした。彼女も時折上げることのある遠吠えだ。『わんこ』は驚いて、自分も上げそうになった。だが、自分の背後の近くから遠吠えが聞こえた。彼女はビックリして背後に首を向ける。『わんこ』の背後に犬はおらず彼女は犬の声を聞き、愛犬を思い浮かべた。
「……ミヤコ?」
安吾が呪文のようなものを呟き終えると、周囲の霧は払われていく。彼女たちは元の場所に戻ってきた。安吾は立ち上がり、手についた砂を払う。スクランブル交差点を見つめ、安吾は険しい顔をしていた。
「……なるほど、単独で動けていると……ふむ」
「……安吾さん。あの、信号は治まったんだよね……?」
「……ええ」
「……じゃあなんで険しい顔をしてるの?」
言う通り安吾は渋い顔をしていた。嬉しそうでもない苦しそうな顔であった。問われた安吾は話す決心がついたのか、『わんこ』に話し出す。
「……推測したものが確定したんです。あからさまでしたが、断定するには危うかったのです。……こんなに早く明かすことになるとは思いませんでしたが」
「……えっ、何か、黒幕についてわかったの……!?」
安吾が掴んだのであれば、知りたかった。彼はゆっくりと頷き、渋い顔をして話す。
「図鑑で名前は見たことあるかと思います。その妖怪の名は犬神。僕が昨日注意した憑き物筋です」
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