4 オカルトの信号3

 パソコンの画面は、『怪談図書館』のサイトにして『とおりゃんせの常世信号』にする。『わんこ』は安吾に向いて、早速本題を話す。


「安吾さん。その『とおりゃんせの常世信号』の特徴って濃霧が出る中に現れるとおりゃんせが流れるようなメロディ式の信号機……ううん音がなる信号機でいいんだよね?」

「ええ。あとは、十字に交わっている道路。スクランブル交差点と言うんでしたっけ? あの十字の形の道路だけに発生しているのです」


 スクランブル交差点と共に音がなる信号機の場所は、静岡県内でもそれなりにある。年々減ってきているとはいえ、『わんこ』が把握している限り、草薙駅前を含めて四つは覚えている。

 彼女は顔色悪くし、安吾に恐る恐る尋ねた。


「ねぇ……もしかして県内にあるスクランブル交差点を全部回らないとならない……!?」

「まさか、県内全域ではないはずですよ。……ですが、誰が何を狙っているのかわからない以上、場所の特定は難しいですね」


 安吾は仕方なさそうに花札を手にする。


「占いに頼りすぎるのは、本当あまり良くないのですが……今回ばかりは仕方ありませんね。さっきと同じ占い方をしましょう。結果はあくまで予測の範囲内と捉えてください。質問は、【この『とおりゃんせの常世信号』は静岡市清水区限定か。是か否か?』です」


 花札が一瞬だけ光ると、花札の山を両手で使って混ぜ始める。万遍なく混ぜていく様子を彼女は見守った。良いと思った彼のタイミングで止め、カードをまとめていく。簡単にカードを切るように混ぜて安吾はカードを整えた。その中から一枚を取り出す。

 出たものは、ススキが書かれたような丘の絵柄である。それ以外は何もない。


「ふむ、何もないススキの丘の絵ですか。何もないということはそうではないということ。点数としてはカスに該当するものです故に、否。これは『いいえ』と見れますね。……では、質問を変えましょう。【この『とおりゃんせの常世信号』は静岡市限定か。是か否か】で、どうでしょう?」


 札を戻し先程のように混ぜていき、整えて簡単にきる。その中から再び一枚を取り出し、安吾は絵柄を見る。太陽と鶴と木のような絵柄が描かれているものが出た。


「……松に鶴。点数の高い札かつ松ですか。色々読み取れますね」

「松に鶴……何が読み取れるの?」


 不思議そう言う『わんこ』に安吾は札を見せる。


「タロットやルノルマンカードは絵柄や位置で意味を読み取ります。今回はイエスノー占いなので、位置での意味は読みません。さて、質問の答えですが、松と鶴は長寿を表す縁起物。肯定的に読めます。故に、僕の質問には是、『はい』ですね」

「……さっきもですけど、占っても……あっ!

安吾さんの頼りすぎるの良くないって言ってた意味……これもあるの?」


 彼女は信じきれないように言う前に気付いて、彼に問うと首肯する。占いは定かではない。また信憑性というのもあるため、同じように占い続けることは疑心を生むため多用はできないのだ。

 安吾は花札をまとめて、箱にしまう。


「ええ。そして、今の質問は範囲内や場所についての是か否。静岡市と言っても範囲は広いです。信憑性についても欠けます。……これが確かなのか確かめるために、現地に行くしかないでしょう。そこで、あさがおさんには音楽装置付きの信号機があるスクランブル交差点を調べてもらいたいのです。信号のある住所や地図とかわかりますか?」

「っちょっと待ってて!」


 言われ、『わんこ』はパソコンと向かい合う。手当たり次第調べるよりも、メロディ式の信号機についてまとめてある場所があるはずだ。スクランブル交差点と音響信号、静岡とキーボードで検索ワードを打ち込む。

 該当するサイトを見つけ、クリックをしてサイトに入る。そのサイトには、安吾の述べていた条件に合致しているものもあった。クリックで文章のコピーする範囲を決めた。文章ソフトを起動させ、白紙のページに乗せる。

 該当する場所だけを残し、そうでない場所の文字はバックキーで消していく。

 サイトを戻し、彼女はタブをいくつも用意して地図のサイトを出した。草薙駅前だけは打たず、該当する住所だけ地図の方に調べていく。

 八つほど用意し、『わんこ』は息をついた。


「ふぅ……こんなものかな」

「ありがとうございます。あさがおさん」

「うん、気にしないで。……これ、一応全体葵区と駿河区の地図をコピーしようか。あっ、印刷って言えば安吾さんわかる?」

「コピーはコンビニとやらで人がやってるのを見たことがあります。でも、印刷とは木版から掘るやつですよね? もしくははんこを使って文字を打つやつでは?」


 不思議そうに言う安吾に、そこからかと『わんこ』は頭を押さえた。彼の言う印刷とは、木版印刷のことや明治の活版印刷のことを言っているのだろう。言葉を色々と省いていっていることは自覚していた。


「うーん、とりあえず、私のやってるのを見てね」


 百聞は一見にしかず。彼女は椅子から立ち上がってコピー機の電源を入れた。コピー機が紙を出せるようにし、棚からコピー用紙を出して何枚かセットする。パソコンの方も、コピー機との繋がりを確認した。『わんこ』はパソコンを操作して、地図をコピーする操作をする。


「!?」


 コピー機が動き出した音に安吾はビクッと体を震わせて驚く。猫を思い浮かべながら、一枚の地図を印刷していった。安吾は最初は驚いていたものの、段々コピーしている様子に子供のように興味津津に見ていた。

 一枚の地図が出ると『わんこ』がそれを取り、安吾に見せる。


「はい、これがパソコンにある画像を地図にコピー機に取り入れて印刷したもの」

「なるほど! つまり、パソコンにあるものをコピー機で出力し印刷するものということですか! いやはやなんとも、僕がどれだけ浦島太郎なのかわかります。面白いですし、興味深いですね」


 日本に来て驚く外国人のリアクションのようなものだ。大袈裟でも言いたげになるが、安吾が現代に疎いのは嘘でないと見てきてわかっている。『わんこ』は一瞬だけ優しく笑いつつ、彼に聞く。


「安吾さん。大きな地図にメロディ式があるスクランブル交差点の場所に丸をつけていい?」

「ええ、現地で確かめるならその方がいいですね」


 引き出しから赤ペンを出し、『わんこ』は地図の場所を確認しながら印刷した地図に印をつけていく。八つに印をつけ終えると、『わんこ』は地図を見て違和感にすぐ気づく。


「あれ? 草薙の交差点と他の交差点……かなり離れてない?」

「離れてますね。ですが、草薙と駿府の元城下町で発生する可能性は高いでしょう」


 安吾は頷くが、発生すると断定するが、『わんこ』は違和感が拭えなかった。

 清水区にある草薙のスクランブル交差点から静岡までは約六キロほど離れている。短い距離ではない。静岡市の中で葵区や駿河区の都市部と言えるほうがスクランブル交差点は多いくメロディ式の信号機がある。

 悪いものが静岡市にいて何かを狙っていることは間違いない。だが、その本当に悪いものが狙っているのは葵区側と草薙側。果たしてどちらなのかと考えると、更に疑問が湧く。


「ですが、この『とおりゃんせの常世信号』を追えば貴方の目的としているものにも近づけるかと思います」

「っ! それなら、善は急げ! 今日は無理だけど明日なら行けるよね?」


 彼の話を聞き、彼女は耳を立てて尻尾を激しく振るう。その様子を見つめ、『わんこ』に微笑んで頷いた。




 夕食は一緒に食べることとなり、『わんこ』はエプロンを手にして台所にいく。腕によりをかけると張り切っていた。彼女の背中を見送りながら、安吾は笑うのを止めた。

 犬ならば抜け毛もあるだろう。しかし、彼女自身が獣人になっているのではない。見た目が黒柴の獣人に投影されている状態であり、変化ではない。黒柴の獣人であるように、『わんこ』に見せているのであろう。落ちるのは犬の体毛ではなく、人の体毛。だとすると、何故普通の人間からはぼやけて見え、安吾が犬の獣人に見えるのか説明がつかない。

 彼女が台所に行き、料理の準備をし始める音がする。その音を聞きながら安吾はつぶやく。


「……彼女はなんで自分の姿が愛犬になっているのか。ちゃんと考えたことがあるのでしょうか」


 彼女の中から疑問が沸く前に、咄嗟に安吾は考えさせないように話題で餌を釣った。心のうちは読まなければ分からないが、読もうとすればわかる。正答の道筋へ辿るのはまだ早く、彼女の為にそうせざる得なかった。

 安吾は腕を組み、壁により掛かる。


「それが存在しているから彼女が悪いなんて……そんな酷いこと……僕じゃああるまいし……」


 呟き、安吾は顔を俯かせる。彼は『わんこ』に呼ばれるまで壁に寄りかかっていた。

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