3 オカルトの信号2

 霧の中のスクランブル交差点の信号と横断歩道。音楽装置から流れる低いトーンの『とおりゃんせ』に、霧の奥に行ったまま行方不明になる人々。分かる人にしか、分からない。書かれている怪談に『わんこ』は耳を倒れさせて、小刻みに震える。


「こ、こわ……」

「……ふむ、短くはありますが、これは怪談ですね」


 安吾は話を見つめ、話の下にあるリンクとタイトルが気になる。


「あさがおさん。これは?」

「えっ、あっ、このURLとタイトルのこと?

多分、他のサイトから引用しましたーっていう証拠だと思う。これがないと文句言う人は文句言うから」

「ふむふむ……では、この引用してきたサイトととやらに飛んでもらえますか?」

「えっと、ごめんなさい。掲示板サイトとはいえど、簡単に踏めないの。ウイルスというか悪いものに感染させたくないし、お父さんのパソコンならなおさら勝手にできないかな」

「なんと、ネットの世界は便利なだけでなく、危険とも隣り合わせなのですね」


 彼女の言葉に驚き、彼は申し訳無さそうに謝る。


「それは無理な願いでしたね。すみません。では、『とおりゃんせの常世信号』に検索したときに掲示板の日付、もしくは年号はわかったりしますか?」

「……うーん、それくらいならできるかも? ちょっと待ってね」


 頼みに考えながら、『わんこ』はブラウザバックして検索ページに戻る。検索の言葉をキーボードのバックキーで消していき、彼女はキーボードを操作して『とおりゃんせの常世信号』と打ち込んで検索してみた。怪談図書館のページだけでなく、怪談図書館の更新日付などがあるが、彼女はマウスを操作してページを下へとおろしていく。掲示板などもあったがまとめサイトらしい。元となる掲示板までは分からない。だが、日付だけと言うならば、まとめサイトだけでもわかるかもしれない。

 まとめサイトはちゃんねる系と呼ばれる掲示板のやり取りなどを、抜粋して掲載しているものだ。サイトの安全の確認をし、『わんこ』はまとめサイトにクリックして話の乗っている日付らしきものを確認していく。

 多くの広告などあるが、『わんこ』は運が良かったらしく、『とおりゃんせの常世信号』らしきものを作られた年を見れた。怪談の作られた年を見て、『わんこ』はきょとんとする。


「……2004年? 六年前……怪談としてはそんなに古くない……?」

「ええ、六年前は然程と言えるでしょう。二桁である程度昔と言えるでしょうが……」


 安吾は画面に移っているものを見て考える。


「……やはり、インターネットが発達し人が増えた影響もあるのでしょう。本来、現象系ともなると、平均して十年以上はかかります。やはり、人の目に多く触れている故に、生まれてきてしまうのかもしれませんね」

「それって、文明が進むたびに新たな怪異が生まれるかもってこと……?」


 彼女の指摘に安吾は頷く。


「ええ。ですが、古くから名のある妖怪のほうが当然強いです。……あの時は人がいなかったのが救いですが、今回のように何処かで被害が出ていてもおかしくはないでしょう」

「! それは……!」

 

 彼の話を聞き、『わんこ』は真剣な顔で安吾に声を上げた。何処かで母親と会えるかもしれない。怪談の中で霧の奥に行った人間は常世にいくという。たが、彼女は僅かでも母親が生きていることを信じたい。

 安吾は一瞬だけ驚き、すぐに頷く。


「ええ、そうですね。ですが、まず何処で何が起きるのかを調べなくてはなりません。これは、事を急いだら正しいものがわからなくなるものです」


 気持ちを汲み取ってくれたらしく宥められる。言われて『わんこ』は落ち着いて見せる。彼の言葉は正しい。彼女はサイトをブラウザバックして、設定をひらいてサイトの検索結果などを消している最中だ。安吾は検索のボタンを指さして『わんこ』に聞く。


「すみません。このサイトから地図は出せますか?」

「地図? 検索すれば簡単に出せるけど……ちょっと待っててね」


 安吾に言われ、キーボードを操作して検索をして出す。日本の地図のサイトを出し、細かいところまで見れるサイトを用意した。安吾は自前のバッグから花札の箱を出す。


「本来なら天を見て読み、地相術を使用するのが良いのですが……そんな道具すぐに用意できません。花札で代用しましょう」

「……でも、当たるの?」


 彼女の指摘は最もだ。占いは主に人を占うことが多い。地の利や先の展開を読むとなると、道具や準備などが必要になる。安吾は難しそうな顔をして微笑む。


「前にあさがおさんの言っていた言葉を借りると、占いですからね。正直、宛にはなりません」

 

 安吾は箱から花札を出す。札の山を手に乗せると、花札が微かに光を帯びて少しずつ消えていく。笑みを消し、真剣な面持ちでパソコンの画面を見る。


「ですが、霊力を使える人間はかなり正確な結果をだせます。花札の絵柄の反応で出します。わかりやすく言うと、イエスノー占いです。花札の占い方としては邪道ですので、正しいものが出るかどうかはわかりません」


 不安げに話しつつ、安吾は彼女の顔を見た。


「あさがおさん。貴女には地図にある都道府県を述べてほしいのです。そこで異変が起きているかどうか確かめます」

「……つまり、虱潰しに潰すということ?」


 彼の話を聞き、まさかと思ったことを聞いた。聞かれ、安吾は申し訳無さそうに頷く。


「……ええ、そうなります。かなり大変ですが……よろしいですか?」


 それしか方法がないのであれば仕方ない。『わんこ』の中でやらないという答えはなく、母親の残滓を少しでも探すためにやりたいのだ。彼女は力強く首を縦に振ると、安吾は嬉しそうに笑った。

 彼女は日本地図を拡大していくと安吾は花札を切っていく。『わんこ』が都道府県を述べ、安吾がその札を出す。これを繰り返していき、彼女が言い終えると、安吾が札を切っていた音が止んで手が止まる。彼女は振り向いて、安吾に聞いた。


「どう!?」

「……どうも何も、悪意あるとしか言いようがないですね。静岡県だけこの札が出ました」


 四十七枚展開されている中、安吾は一つの札を手にしていた。彼女が向いている中、安吾はその札の絵柄を見せた。白の余白がなく全体的に血のように赤い。雨が降る中、鬼のような手が伸びておりカミナリ様の太鼓を手にしようとしているような絵。縁起の悪そうな絵柄に『わんこ』は目を丸くしていると、安吾は絵柄を見て苦笑する。


「昔はこんなんじゃなかったんですけどね。これは十一月の札の柳の種類の一つです。ただし、これだけが赤いので今では鬼札と呼ばれています。トランプで言えば、ジョーカーの役割ですね。良くも悪くもなるものですが……この答えは良くない意味を持つでしょうね」

「……ジョーカー……」


 トランプで言えば、ピエロなどが書かれているものだ。ババ抜きでジョーカーは良い扱いではない。だが、大富豪や一部のカードゲームでは強力な切札となる。『わんこ』に見せ終えたあと、安吾はいい顔をせずに札を見続けた。


「他の都道府県。特に太平洋側の一部はそれぞれの札のカスが多かったです。可もなく不可もなくといった感じですが……これだけが静岡県のときに出たのは悪意があります」

「その悪意があるって……それはなんで? 安吾さん」


 聞くと安吾は手にしている花札をわかりやすい場所に置く。


「この県内で悪いやつが良くない目的のために何かを狙っているという暗示でもあるからです。その悪いやつの影響もあって、あそこの信号に怪談の怪異が発生したのでしょう」


 悪い奴と聞き、『わんこ』は耳を立てて牙を見せる。ミヤコと母親の仇討ちの相手と考え、犬のように威嚇をし始めた。安吾は花札をまとめて整える。最後の鬼札と呼ばれる花札の一枚を手にし、山札の上に置く。『わんこ』は安吾に咄嗟に声を上げた。


「安吾さん。私、この怪異を追いたい!」


 安吾は驚いたように顔を上げると、『わんこ』は拳を強く握る。


「この怪異を追えば……私のこの姿になった原因がわかるかもしれない。お母さんとミヤコの仇がとれるかもしれない……!」


 希望的観測だとしても、彼女は原因を解明し母親と愛犬に報いたかった。彼女の懸命な言葉を聞き、安吾はしばらく沈黙をした。考えるよう、見極めるように見たあと、安吾は口角を上げ首肯した。


「僕は貴女に協力すると言いましたからね。当然、受けますよ」


 朗らかに答え、『わんこ』は笑顔になった。だが、その後安吾は真剣な顔となる。


「……ですが、まず今はこの怪異の特徴を捉えましょう。そうでないと追いたいものも追えませんよ」


 確かな指摘を受け、『わんこ』が頷いた。

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