2 オカルトの信号1

「これ……はっ……」


 彼女はよく知る。母親が連れ去られた時と同じ光景。

 病院の帰りで電車に乗る前のこと。横断歩道を渡る前に、急に周囲が濃霧に包まれたのだ。母親は『わんこ』の双眸にある横断歩道の先にある霧の奥へ誘われていく。呼んでも母親は聞かずに霧の奥に消えていった。気付けば霧がなくなって、周囲は霧のないいつもの光景。その後に父親に電話して『わんこ』は状況を伝える。共に警察署へいき母親の捜索を願ったが、行方不明者の名前を載せただけで警察は動いてくれなかった。

 霧の奥に人影が現れる。何かにわからない。だが、身のうちから渦巻く衝動が彼女を動かす。


「お母さん!」


 彼女は母親と思い、駆け出そうとするが。


「やめなさい」


 安吾が『わんこ』の肩を掴み、止めた。彼女は安吾に威嚇しながら、声を上げる。


「ぐるるる……なにするの……!」

「母親とも分からない人影を簡単に母親と思いますか?

この異常さにおかしいと感じなさい」


 指摘を受け、『わんこ』は威嚇をやめて気付く。霧の中に消えていった母親であるが、あの人影がは母親とも限らない。だが、身の中にある衝動が行けと突き動かされそうになり、彼女は困惑する。安吾は彼女の表情を見た後渋い顔をして両手を出す。


「黒夜神・境」


 安吾は柏手を二回打つ。彼を中心に見えない波紋が広がる。『わんこ』は波紋を浴びた。軽い空気砲を浴びた感じであるが、身の中にある衝動がなくなる。波紋が広る事に周囲の霧は強風で払われたかのように無くなっていった。二人の視界には青信号の横断歩道と地元のメロディが流れるスピーカーがある。信号が変わる前に慌てて通行人達が通っていく。『わんこ』は呆然としていつもの風景を見る。


「今のは……」

「怪談の怪異、というやつでしょうね」


 答えを聞き『わんこ』は驚いたように安吾を見ると、本人は険しい顔をした。


「昔とはいえど、今の方がたちの悪い怪異増え過ぎているのでは?

やはり、情報伝達技術が発達したせいですかねぇ……」


 複雑そうに話す安吾は息をつく。『わんこ』は今になって自分の衝動がおかしいと自覚した。唐突に衝動が来るなどあまりない。自分の胸を抑えていると、安吾は彼女を見て切なげに微笑む。


「……わかりました? 自分の中の異変に」


 前から彼が自分の気持ちに沿って答える節があり、彼女はまさかと思い聞く。


「……安吾さんは前から私の気持ちを察するように言うけど、私の気持ちがわかるの……?」


 聞かれた言葉に、彼はなんとも言えない顔をする。


「わかるというより、わかってしまうんですよ。心を読むと言われる妖怪サトリよりも、直接的に、わかりやすく言うとよりダイレクトに感じるでしょうか。僕は瘴気、特に負の思いや感情の読心には長けているのです」

「……えっ、じゃあ私の悪い気持ちとかわかるの……?」


 彼女は聞くと、彼は首を横に振る。


「まさか、探らなきゃ詳しくはわからないですよ。抽象的なものを具体的にするようなものです。簡単にはわかりません。ただ人の気持ちを励ますには便利な能力です」


 切なげに笑ったあと、安吾は信号のあるスクランブル交差点を見る。メーターが渡れる時間を示す中、メロディーが終わると同時にメーターが渡れる時間を知らせるのをやめた。青信号から赤に変わる。安吾は悩ましそうな顔をしながら『わんこ』に提案をした。


「あさがおさん。不躾なお願いになのですが、貴方の家にパソコンはありますか?」

「パソコン? ……ああ! うん、あるけど、遭遇した怪異を調べるの?」

「ええ、長く生きてきましたがあの怪異は初めてみましたから」


 図書館はすでに閉館時間が間近であり、ネットカフェはお金がかかる。調べるならば、『わんこ』の家にあるパソコンを使った方がいい。彼女も母親を連れ去った怪異について知りたかった。首を縦に振って了承した。



 二人はバスを乗り、目的のバス停に降りると『わんこ』の家に向かう。

 家へと入り、安吾は玄関で靴を脱いで上がる。施錠をしたあとは、事前にお茶を出すのが遅れる旨を伝えた。安吾は出さなくても大丈夫だというが、『わんこ』は失礼なると思い出すことを決める。

 パソコンは父親の部屋にある。部屋に入ると、少し埃の被ったベッドと本棚とタンスがある。

 近くには家庭用のコピー機。テーブルには大きなパソコンとインターネット回線の機器がある。ほとんどの荷物は父親が単身赴任の際に持っていった。パソコンは何かを調べる時に残してくれている。『わんこ』は椅子を引いて座り、パソコンを起動させる。

 調べるときにしかパソコンは多く使わないが、精密機械であるため毎日掃除している。また週に一回は開いており、パソコンのアップデートやセキュリティソフトの更新などまめにしている。


「まさか、こんなことでパソコンを使うとは思わなかったな……」

「操作を任せてすみません……」

「気にしないで。むしろ、自分も調べたかったから」


 母親がいなくなった原因の怪異を倒せるならば、『わんこ』は構わなかった。パソコンの画面が映ると、キーボードを操作してデスクトップを出す。マウスを操作し、矢印のアイコンを動かす。インターネットのアイコンをダブルクリックするため、カチカチとスイッチの音を二回たてた。

 すると、画面にインターネットの検索サイトが現れた。安吾は目を輝かせて興味深そうに見ている。画面を拡大させるとサイトの全容がわかり、検索する場所にアイコンをクリックしめ文字を打てる状態にしておく。彼女はマウスから片手を放すと、キーボードの上に両手を置いて安吾に声をかける。


「安吾さん。あの怪談に当てはあるキーワード……当てはまる特徴は?」


 わかるように言い直し、安吾は考えて述べていく。


「霧、信号、音楽、横断歩道、とおりゃんせ、怪談。この六つでしょう」

「了解」


 彼女はキーボードの上にある両手を動かし、文字を検索欄に打ち込んでいく。ローマ字からひらがな漢字へと変換されていく。霧、怪談、信号、音楽、横断歩道。検索欄に打ち込み終えると、彼女は検索というサイトのボタンをダブルクリックした。

 検索のワードを読み込み、十数秒で検索の結果が出てきた。その様子に安吾は感嘆の声を上げる。


「おおっ! こんなにざっと出るとは! 文明の進みはすごいですね!」

「このパソコンは今では型落ちだけど、まだソフトのサービスは終わってないから使えるの。まあ最新式のほうが動作はいいんだけどね。……さてはて、当てはまるものはあるかな」


 マウスを手にし、『わんこ』は画面を見る。隣りにいる安吾は背をかがんで画面を除いていた。いくつかヒットしているが、有力なものは検索結果の中でページの上にある。そのページ上にあるサイトの名前を見て、安吾は首を横にかしげた。


「……『怪談図書館』? ネットの中に図書館とかあるのですか?」

「そういうサイト……ネットの中にある場所の名前。物好きな人なんかは、こんな感じで怪談とか物語とかを集めてまとめてたりするんだよ。だから、多分ここのサイトに目的の怪談が載っているってことだね」


 説明を受け、安吾は納得したように頷く。


「ほぉー、ネットはやはり便利なのですね!」

「まあ、壊れれば一瞬で全部失うっていうデメリットが大きいけど。……とりあえず、セキュリティソフトによると、サイトは安全。……そのページで飛べるようになってるのはありがたいかな」


 タイトルは『とおりゃんせの常世信号』とあり、『わんこ』は常世という意味に眉間に皺を寄せる。常世とはあの世という意味。即ち、死者の国だ。母親が行った先は、死者の国なのか。『わんこ』はまさかと思ったが、すぐに首を横に振る。

 黄泉比良坂という場所があるのを彼女は見た。『わんこ』は信号の先にあるものが死者の国でないことを望み、サイトの名前をクリックした。

 

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