7 わんこ達、目的地へ向かう

 誰かに揺さぶられる。声もし、『わんこ』は気付いて薄く目を開けた。


「──さん。……あさがおさん。起きてください」


 目を開け、『わんこ』は安吾がいることに驚いて顔を上げる。何でここにいるのかと思ったが、自分の状況を周囲を見てすぐに思い出した。寺の境内の中にいることを思い出し、『わんこ』は慌てて起きる。


「あっ、わっ、すみません! おはようございます!」

「はい、おはようございます。四時ちかいですけど、大丈夫。まだ間に合います」


 安吾は優しく微笑みながら、挨拶をし時間を教えてくれた。

 四時に起こしたのは、ちゃんと帰れるようにする為だ。4時44分に帰れるように。もし『4時44分44秒』の時に通れば、行き着く先は死の国だ。考慮して早めに起こしてくれたのだとわかり、『わんこ』はバッグを手にして四肢を地面について立ち上がる。

 久々に夢も見なかった。体の方はともかく、思考は不思議とスッキリしている。地面で寝ていた故に、あまり眠れないと思っていた。

 不思議に思いつつも、『わんこ』は空を見た。

 真夜中に明かりは少ない。数日前新月であったせいか。まだ月が出てきてない。お陰で星空がよく見える。春の大三角形の一等星の星が見え、彼女は目を丸くした。細かい星も多く見え、瞳を潤ませる。


「……きれい。ここ、現世じゃなくても星が見れるんだ……」


 安吾も同意するように空を見て、頷く。


「……そうですね。春の夜空、海風で冷えた空気に静かな境内。……黄泉比良坂でも同じように見えるのは不思議でしょうが、外でも同じものが見れますよ」

「! そうだ。早く出ないとまずいですね……!」


 言われて気付き声を上げると腹の虫がなる。出処はどこなのか、『わんこ』は自覚しており、恥ずかしそうに謝る。


「……ごめんなさい。私の腹の虫です」

「大丈夫です。僕もお腹は空いてますから、ここから出るために無事帰還しましょう」


 彼の言葉通りであり、『わんこ』は首を縦に振る。頷いた彼女を見たあと、安吾は周囲を見回す。悪意あるものはないらしく、「行きましょう」と声がかかる。二人は寺の門から出て、門前で簡単に一礼をしたあと二人は背を向けた。

 脇道から出て、住宅街の中を歩いていく。細い緩やかな坂の道路にでると彼らは下り、県道に出る。

 真っ直ぐとした県道の道路の奥を見て、安吾は笑う。


「闇深いですね。明るければ、先の長い道が見えるのですね。確か、奥は竜爪山という山があるのですよね?」

「ええ、地元では冬の時期、竜爪山に雪が積もればここに春が来る前兆とも言われてます」


 彼女は教えると、ふっと思い出す。竜爪山がよく見える地域には■■が住んでいると。安吾は興味津々だ。


「おっ、地域特有のお話ですね。そういうの好きなんです」

「はい、有名なのは富士山に雲がかかれば雨が降るとかですね」

「ああ、それは耳にしたことがあります。……やはり、地に足ついていたほうが色々と知り得ますね」

「……?」

 

 どういうことなのかと、『わんこ』は不思議そうに小首を傾げる。安吾は折りたたみ式の携帯を出す。折りたたまれた状態でボタンを押してサブディスプレイという画面から時間を確認する。

 彼女も気になったのか、安吾が見せるように持ってきてくれた。4時15分。アンテナマークと、ベルのマークが付いたマナーモードを記す記号が画面にある。

 その携帯を持っていない『わんこ』は、少し羨ましそうに見る。小学生の頃に父親にねだった。だが、当の父親は娘の気味悪さから必要な事以外帰ってこない。接することもない。中学生であるゆえに、親がいなければ契約ができない。

 携帯を見ても、『わんこ』はあまり嫉妬はしない。だが、わずかにいいなと羨望が湧き上がり、彼女はポツリと呟く。


「携帯いいなぁ……」


 つぶやきが聞こえたのか、安吾は驚いたように携帯を指差す。


「えっ、この携帯。メリーさんと言う方にも繋がりますが欲しいですか?」

「いえ、結構です」

「僕からすると宝の持ち腐れなんで、差し上げても構いませんよ。時折、死者から電話がかかってくるくらいですが。それ以外は普通に使えますよ」

「けっこーです!」


 強く拒否を示す回答をし、耳を後ろに倒して首を横に振る。「もしもし、私メリー。今貴女の後ろにいるの」という言葉で有名なメリーさん人形の話はお断りだ。

 曰く付きの携帯は普通にいらない。普通の携帯が欲しいがよく考えると、『わんこ』に話す相手はいない。父親にも要件と言える要件はなく、安吾と連絡を取ろうにも携帯の使用ができるかが怪しい。

 安吾とのやり取りで、不思議と羨ましい気持ちが収まった。


「……すみません。いきましょう」

「ええ、そうですね。長居は禁物ですから」


 頷き、二人は歩き出す。

 忠霊塔公園までは真っ直ぐ歩いてい曲がるだけだ。『わんこ』は歩きながら、不気味さを感じていた。虫の声や鳥の声など、現世で聞こえるものが聞こえない。動物がいない不思議さに『わんこ』は安吾に聞く。


「ここには、私達のような動物はいないのですね」

「ええ、ここは生者がいる場所です。木などの植物も基本生者なのでこちらに属しませんが、木霊や精霊などいるのでこちらにも木や植物もあるのです。彼らは境界の一種としても機能しますからね」


 面白い話を聞きつつ、忠霊塔のグラウンドが見えてきた。『わんこ』は駆け寄ろうと動こうとするが、安吾が前に手を出して止める。彼女は驚き安吾に顔を向けた。開眼し真剣な面持ちでグラウンドの方を見ている。

 グラウンドの方から足音がして『わんこ』は気付く。人のような足音ではなく、昨日の夕方に聞き覚えのあるもの。匂いも昨日から知っているもので、『わんこ』の耳は後ろに倒れると体を震わせた。

 グラウンドの方から、遭遇したばかりのそれは現れる。

 昨日見た着物を着た大きな鬼。キョロキョロと見回すように何かを探しており、安吾達を見つけて、ゆっくりと歩み寄る。目の前に立たれると、どれだけ巨大なのかわかる。安吾より大きく、影があるならば二人を飲み込むであろう。『わんこ』は安吾の後ろに隠れる。

 二人を見つめ、鬼は嬉しそうに笑った。


[おっ、人間の男までいるとはなぁ? これまた収穫ありだ]

「おや、わざわざお出迎えとはこれはご丁寧に。僕たちに何の用なのですか?」


 彼が驚かない様子に鬼は不機嫌を顔に露わにしながらも答える。


[そりゃ、そこの犬のお嬢ちゃんも人間だからさ。変な感じになってるが、よくよく見れば間違いなく人間だ]

「彼女が人間であると、どこで知りました?」

[〆る前に女が叫んでたからな。今は干物と漬物になってるよ]


 安吾の問いかけに鬼は意気揚々と答え、『わんこ』は顔を青ざめさせた。人間の干物と漬物にしたと聞き、恐怖しかない。それを食べる妖怪にも恐ろしさがある。その話を聞いた安吾は感嘆したように。


「へぇ、それは美味しそうですね! 干物なら、大根おろしが欲しくなりますね。紅葉おろしも良さそうだ」


 と会話に乗り、『わんこ』はぎょっとする。まるで食べたことがあるかのように話すからだ。流石の鬼も違和感を抱いたらしく、安吾を訝しげに見る。


[お前……人間のくせに……人間を喰ったことあるのか……?]


 鬼の疑問に彼は首を縦に振る。


「ええ、はい。随分昔ですよ。僕は美味しく感じました。ただし──」


 口角を上げ、不敵に笑う。


「それは、僕が任務で殺した人間限定ですけどね」


 人を殺して、人を食った。衝撃的な内容を聞き、『わんこ』は言葉を失った。半分人でないといえど、人を喰うのか。安吾を半分人間でないと知らない鬼は呆然としている。

 それが隙になったのだろう。『わんこ』がはっとすると、安吾が近くにいない。鈍く強い音がする。彼女が気づくと、鬼の腹に深々と拳を入れた安吾がいた。

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