6 わんこは寺で休む

 桜の絵柄が書かれ、その桜の下に幕が張られていた。『わんこ』はきょとんとしていると、その絵柄を指差し安吾は教える。


「桜に幕、花札の遊びでは光札という点数の高い札です。

光札と言われるのものが、五枚集まると五光。四枚集まると四光。三枚は三光となりす。この絵柄に、菊と盃の絵柄があれば花見で一杯、花見酒。

これらを出来役といいまして、この札を揃えれば点数を得られます。ただ、四光の場合、雨という札が入ると点数が減りますし、三光に雨の札というものがはいりません。……ちょっと花札の説明をしましたが、どこかで出来役で占うこともあるでしょうね」

「では、この桜に幕は良いということですか?」


 質問に『わんこ』に安吾は頷く。桜に幕とは、花見のことを表しているのだろう。昔は花見をする時は幕を張ることがあると聞いたことがある。『わんこ』は花札を返すと、安吾は桜に幕の花札を手にする。


「占いは多少の知識が必要となります。絵柄判定ともなると、直感だけでは足りない場合もありますからね。ちなみに、桜に幕は宴をしている絵柄から良いことが起きると見れます。また桜が咲いているので新たに何かを始める。始まるとも見れますね」

「へぇ! そう見ると、花札っておしゃれな賭博のイメージだけじゃないですね」

「賭け事さえしなければ、健全な遊びなんですけどね」


 彼女は「確かに」と苦笑し、安吾は花札を片付け始める。片付けながら、彼は話し続ける。


「この桜に幕がでたということは、きっと今回の状況の打開だけでなく良い巡り合いであるのでしょう」

「でも、占いですよね? 当たるのかどうかわからないじゃないですか」


 片付けている安吾に、『わんこ』はひねくれた質問をぶつけた。

 占いは統計学に基づくものもあれば、胡散臭いものもある。当たるも八卦当たらぬも八卦とはよく言ったもの。占いは、女の子も興味あるといえば興味ある。気休めとも言えるし、時間も潰せた。ひねくれた質問をしてしまったことを謝ろうと、口を開いたときだ。


「それでもいいんじゃないんでしょうか」


 彼女は安吾に顔を向ける。彼は花札の箱にすべてを収め、手品のように空中の何処かに箱を閉まっていた。『わんこ』の質問に彼は否定せず、ただ朗らかに笑っていた。


「当たっても当たらなくても、占いは占いなんです。昔と違って、今の占いは頑張れと背中を押すものです。戒めにしても良し、お守りにしても良しです」


 安吾は目を向け、彼女に言葉を優しく送る。


「占いを信じるかは貴女次第。あさがおさんは、『桜に幕』という結果をどう感じますか?」


 聞かれ、『わんこ』は拳を握った。良い札が出たのであれば、良いものと信じたい。心の持ちようを軽くしてくれたような気がし、彼女は笑みを浮かべた。


「……私は、あの札がいい知らせを持ってきたと信じたいですね」

「ええ、ええ! それでいいのです。それが、いいんですよ」


 首を何度が縦にふる彼。気を悪くせずに、フォローを入れる。『わんこ』は内心で感謝をしていると、彼は携帯を見て考える。


「……まだ六時、ですか。時間を潰すにも少々長すぎますね」


 お風呂とご飯は我慢すればいい。寺で寝るということに忌避感はあり、安吾に質問をする。


「……この世界にある家って安全圏ですか?」

「息をひそめて休めるには十分ですが、安全とは言い難いですね」

「……ということは、お寺で野宿の方が安全ですか……?」

「ええ、多少は。気は、進みませんけどね」


 彼は苦笑して頷く。寺に野宿をすることは現代ではない。黄泉比良坂という場所だからできるのであろう。常識に反しているのか、『わんこ』は複雑そうな顔をしていた。悩ましい顔をしている彼女の顔を見ながら、安吾は地べたに座る。


「あさがおさん。夜になるまで貴女のお話。隣で聞かせてもらえませんか?

その状態になった詳しい経緯が気になるので、昔話とか色々と話してください」

「……まあ、話せることなら」


 打ち明けられなかったことをぶつけるには良いチャンスだ。『わんこ』は安吾の隣りに座って、話し始めた。


 最初に話したのは、■■■■と別れたことから詳しく話した。かつての友人と別れたことで異変が起き、愛犬のミヤコが亡くなった。ミヤコが亡くなった後に母親が狂いだして、一年後に行方不明になったこと。自身の抑えられない奇行や異変についても話す中、安吾は黙った。一年に一回は悪夢を見ると話したあと、『わんこ』はポツリとつぶやく。


「……これ、ミヤコの呪いなんじゃないかなって思うんです」

「呪い、ですか」


 疑問そうにいう彼に、『わんこ』は耳を後ろに倒して口を動かした。


「ミヤコは……殺処分される前にお父さんが助けた子なんです。小さい頃、私とよく遊んでくれたのに、泣いてる私を慰めてくれたのに、私はミヤコの病気に気付かなくて…………くぅーん……ってまたでた……」


 犬のように悲しく鳴くさまを『わんこ』は抑える。彼女の様子を見つめ、安吾は険しい顔にしていく。


「……あさがおさん。動物にも病院はありますよね?

検診とか行ってました?」

「? はい、行ってましたよ。健康だったのに……お医者さんでも見つからない病気だったとしか……」


 落ち込むようにいうと安吾は考え込むように黙る。考えが纏まったのか、彼女に向けて口を動かす。


「……もしかすると、病気ではなく殺されたのかもしれませんよ」

「……えっ……殺され……?」

「多分、人ではないと思います。現世の生物でもないでしょう」


 人でないと言われて、『わんこ』は目を丸くした。人でない。また現世の生物出ないということは、『わんこ』の知る動物ではない。現在進行系で体験しているからこそ、犯人の答えは出る。

 口を震わせ、目をまん丸くさせた。


「もしかして、妖怪に殺された……!?」

「可能性は多いにありますね。……何がきっかけで狙われたのはか不明ですが、あさがおさん自身を含めた周囲の異変は恐らく妖怪の仕業と見ていいでしょう」


 原因不明で倒れたのなら諦めはついた。だが、人ならざるものに殺されたというのであれば話は違ってくる。自分が人ならざるものに近づいていく恐怖より、腹からこみ上げるものが強い。外に出すがごとく拳を握り、『わんこ』は耳を立てて怒る。


「っ! 許さない……! お母さんと、ミヤコを殺した妖怪を……!」

「……となると、まずすることは一つ。その妖怪を探すということですね」

「ええ! 殺した奴、許さないっ……! ……ってあれ?」


 安吾の話に頷いて、息巻くが『わんこ』はすぐに気づく。怒るのをやめ、彼に顔を向けるとにこにことしていた。彼の発言を自分の中で反芻し、意味を理解していく。


「安吾さん。……もしかして、協力してくれるのですか?」

「正しくは、結果的に協力です。貴女の状態は、流石に僕の本職的にも見過ごせない。だから、貴方のその敵討ちと自分の姿に戻るまでの間は協力はします」


 協力する姿勢に感謝するが、『わんこ』は訝しげになる。


「……流石に都合が良すぎるのでは? 敵討ちはともかく、私の元の姿に戻すというのは、本当かどうか……」

「あっはっはっ、そのご指摘最も! 普通なら僕不審者ってやつですからね!」


 指摘に安吾は笑い声を上げた。自覚があったのかと彼女はジト目で見ていると、安吾は微笑みつつも真面目に話す。


「けど、現状はそうも言ってられません。あさがおさんが非現実を体験している以上信じる他ないのです。それに、本当に貴女の状態は不味いのです。そして、今の貴女の状態は医学的解決もできない。自分の身を守るならに、ここは乗っておくが得ですよ」


 彼女は黙り、険しい顔をする。

 彼の言う通り信じるしかなく、現状は都合のよい展開に乗るしかない。自分がおかしくなるのは本当に構わないとも思っていた。だが、もし自分の異常を起こした妖怪が母親を狂わせ、ミヤコを殺したならば野放しにはできない。『わんこ』は彼に顔を向けた。


「安吾さん。お礼は、必ずします。だから、それまでは私に協力してください!」


 深々と頭を下げる彼女に首肯する。


「ええ、構いませんよ。こちらこそ、よろしくお願いします」


 『わんこ』は顔を上げる。微笑んで良いという返事に、尻尾の付け根からブンブン大きくふり、にこやかに笑ってみせた。嬉しそうに笑う彼女だが、大きく口を開けてあくびをする。四肢をついて背筋を伸ばしていると『わんこ』は気づいて、姿勢を戻して謝る。


「ふぁ、あっ……すみません。ごめんなさい!」

「いえ、お気になさらず、どうせならここで横になってはいかがでしょうか。後は僕が起こしますよ」

「えっ、でも、安吾さんは……」

「ここは多少安全なだけで、本当に安全とは言い難い。僕が見張りをします。時間になったら起こしますので、貴女はゆっくりと眠ってください」


 穏やかに言われ困惑する『わんこ』だが、仕方なく通学バッグを枕にして横になる。安吾の心配をしながら、横になると少しずつ眠気がやってくる。色々あったから疲れたのだろうかと考えながら、彼女は瞼を閉じていった。

 すぐに寝息をたてているのは、彼女がすぐに眠るように安吾は術をかけていたからだ。寝ている様子を見つめ、安吾は『わんこ』を。いや、彼女の近くにいる黒い犬の形をしているものを見る。『わんこ』には見えていないようだが、その犬は彼女のそばを離れていない。じっと安吾を見つめ続けている。

 安吾は微笑みを浮かべず、その黒い犬をじっと見続けた。黒い犬が消えると、彼は息をつく。ばさっと音がする。その大きな黒い翼は、『わんこ』の体の上に軽くかかった。

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