5 わんこ、お寺で時間を潰す

 話を踏まえて『わんこ』は質問をする。


「では、私が戻るには、怪談の通りに『4時44分』に開きそうな入口を探せばいいのですか?」


 質問すると、安吾は目を少し開ける。

 

「ええ。ですが、鬼に連れ去られた彼女たちは二度とここから出るのは無理でしょうけどね」


 女学生たちについて言われ、『わんこ』は口を閉じて何も言えなくなった。

 連れ去られた二人の存在を忘れていたわけではない。だが、助ける価値があるのか。問われれば、『わんこ』はわからないとしか言いようがない。彼女たちは『わんこ』に悪意を持って接し、この先害をなそうと可能性がある。そうならない可能性があるやもしれないと考えたとき。


「けど、あの鬼の糧ぐらいにはなるでしょうね。よかったよかった」


 楽しげに笑う安吾に、『わんこ』は驚く。鬼の糧と聞いて、想像するのは一つ。


「なんで……楽しそうに笑うの……? 人が鬼に連れ去られたのに……」

「悪人が連れ去られたからですよ?」


 はっきりと即答して彼は目を開き、笑うのをやめた。


「あの二人の女学生からは、あさがおさんに対する悪意しかありませんでした。貴方を玩具にしたかったのか、犬にしたかったのか。それでも、貴女は悪意を向けてくる人間を良い人と言うのですか?」


 厳しく聞かれ、『わんこ』は本当に何も言えなくなる。口をただ開けすぐに閉じて耳を後ろに倒す。尻尾の振りを無くす。『わんこ』にとって、ただ無事でないのが虫が悪いというとだけだ。

 顔を俯かせる彼女に安吾は近づいた。中腰になって目線を合わせて話す。


「いいですか。貴女が気を負う必要はないんです。あの二人は身勝手に貴女に絡んだ愚か者だ。……けど」


 彼女は顔を上げると、安吾は目を開けて穏やかに笑っていた。


「その身勝手な愚か者に向ける優しい気持ちがあるのは、とっても素敵な人っていう証なんです。だから、あさがおさんはとっても素敵なんですよ」


 言われたことない言葉の羅列に、『わんこ』は心揺さぶられた。自分の認識できない顔もあり、人に接する機会は少ない。顔が赤くなるのを感じ耳がピンっと立ち、尻尾も上に立ち小刻みに振る。『わんこ』は首を横に振って、安吾に対し怒る。


「うー、ワンワン! って、そうじゃくて!

そういうふうに言うの! 嬉しいですけど、普通の男の人はそう誉めませんからね!? 勘違いされますよ!?」

「っうえ、本当ですか!? 教えてくれてありがとうございます! あさがおさん!

すみません。こちら世間知らずで……教えてくださり感謝です。うわ、いけない。直文になるところでした……」


 ビクッと下がって姿勢を整え頭をかいて、安吾はヒヤヒヤしたように頭を掻く。『わんこ』は小さい頃からあまり褒められたことなく、ついに怒ってしまった。気味悪く見られ犬扱いされることはあっても、ちゃんとした女の子は初めてである。『わんこ』は頬に当たる部分を触る。だが、虫の悪さは消えるわけでない。『わんこ』は目を閉じた。


「……何もしてあげられなくて悪いけど……貴方達も悪いからね」


 絡んでいた二人を思い浮かべ、これ以上は何も言わない。何を行っても侮辱になると考え、女学生たちに気持ちを向けるのやめた。

 頬を手から離し、『わんこ』は安吾に聞く。


「……安吾さん。この地域で該当する場所境界の入口ってありますか……?」

「ええ、あります。ですが、やはり一度入った場所から出た方が良いかもしれません。あそこから入って影響がないなら、他のところでどうなるのかわからないです」

「……それはどういう?」

「あさがおさんです」


 顔を見て言われ、『わんこ』は自分自身を指す。


「私?」

「ええ、貴女自体が凄く不思議な状態なのです。悪しき者と良きものが同居しているような、縄張り争いをしているような。そんな不思議な状態です。その状態で他の場所の入口から出ると、本当に出られるのかわかりません。認識をあやふやにするほどの影響力があるなら他の場所からでない方がいい」


 自分の状態を初めて知り、『わんこ』は自分の顔を押さえた。近付くと害が来るような良くない噂があるが真実なのかと、『わんこ』が考えていると。


「……ともかく、今は出ることを考えましょう。出入口が決まった以上、後はどう時間を潰すか考えましょうか!」


 安吾の明るい声が響き、『わんこ』はずっ転けそうになった。だが、安吾の言葉通りである。

 普通なら安吾を怪しんでもいい。だが、今頼れるのは安吾だけしかいない。それ以上に、怪しさをふっとばすほどの抜けた部分を多く見てしまった。自動販売機の小銭や、不慣れなかんたん携帯。パーソナルスペースの把握。安吾の間抜けだ姿に、彼女は苦笑した。


「……というか、どうやって潰すのですか。お喋りなら、私の色々と知りたいことを聞きたいのですが……」


 両手でばってんを作り、安吾は首を横に振る。


「すみません。僕に関してはこれ以上は無理です。話したくても話せない決まりがあるのです。勘弁してください」


 拒否権を発動された。『わんこ』は仕方なさそうに息をつく。


「では、どうするのですか? ……私は勉強道具があるので時間はある程度潰せますが……」

「うーん……あっ。では、花札なんでいかがでしょう?」


 聞かれた安吾は何やら考えていると、ハッとしたように手品のように片手から小さな箱を出す。安吾の言う通り、花札が入っていそうな箱だ。何もないところから花札出したことに、『わんこ』は訝しげに花札の箱を出す。


「あの、それどうやって出したのですか?」

「……あっ。……し、しぃーです! 黙秘権発動です!」


 人差し指を立てて、静にというジェスチャーを出すも時は既に遅し。『わんこ』は仕方なさそうに微笑む。


「大丈夫ですよ。詮索しません。けど、流石にそういうのを普段やると怪しまれるので、バッグとか持った方がいいですよ」

「……それもそうですよね。指摘感謝します」


 頬を赤くして恥ずかしそうに話す安吾に、『わんこ』は彼に近付く。


「けど、花札ってギャンブルとか賭博とか、賭け事のイメージが強いですよね。……でも、私は花札の遊び方なんて知りませんよ?」


 安吾は苦笑しながら箱を開けた。


「テレビとかの時代劇とやらで賭博の印象がついたとも聞いたことあります。それにカードゲームとかになるとトランプのほうが有名ですし、今ではイラストの付いたカードとかありますし、遊べる種類とが増えてますしね」


 花札の札を出していき、カードのように切っていく。


「寺の中で賭博のイメージがある花札はやりません。それに、教える手間もあります。なので、ここは有益でかつ女の子でも楽しめる物を披露しましょう」


 花札を切り終えると安吾は微笑み、鶴と太陽の書かれた絵柄の札を見せた。


「即ち、花札で『占い』です」


 占いと聞き、『わんこ』はキョトンとした。星座占いや血液型占い、動物占いなど。誕生月や数秘などで占うこともあった。だが、カードなどで実際に占ってもらうのは初めてだ。


「……占い、ですか」


 安吾は首肯して、再び札を切っていく。


「カードでの占いはタロットやオラクル、ルノルマンなどが有名なのでしょう? 日本にも昔ながらのカード占いとして『花札占い』というものがあったのですよ。ただ、世界の大戦で実際にその方法がわからなくなった。散逸したとも言われますね」


 安吾は切りながら手を止め、切なげに微笑む。


「散逸しても、この花札の占いはちゃんとあって、占いは各地でほそぼそと生きてたりしたりします。……羨ましいですね」

「羨ましい?」

「いえ、なんでも。散逸して失われたも同然なので、今の花札占いは占い方はいくつもあったりします。その方法の一つとして、一枚引きの絵柄から占うものにしましょう。さて、今の状況を切り抜けられるかどうか……」


 説明を聞きながら、安吾は札を再び切る。よく切り終えたのか手を止めて、安吾は山上にある一枚を出す。安吾は札の絵柄を見て、目を丸くして微笑む。


「おや、幸先が良いですね」

「……どんな絵柄ですか?」


 気になる『わんこ』に安吾は札を渡してみせた。

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