第一章 第七話 自称”神様”は配信がしたい

 自室の窓から差し込む陽の光、そして小鳥のさえずりが俺の意識をサルベージしてくれる。

 どうやら朝がやって来たようでございます。

 ここ最近、俺の周りで色々と起こりすぎているからなぁ……正直早く土日になってもらいたい限りなんだけど。


「うぐぅぅ……」

「……うむぅ」


 唸り声をあげつつ、時間を確認するべくスマホを…………




(もみもみっ)


 …………ん?



(たぷたぷっ、すべすべっ)


 ……………………あれれ?

 俺のスマホはいつからマシュマロみたく柔らかくなったんだ……?

 指をつかって思いっきり揉めば、弾力が返って来る。

 掌で撫でれば異常なほどにスベスベしていて…………なんかナマモノっぽくないか!?



「——————ちょっと待てよ」


 さっき、俺意外に、もう一つ声が聞こえなかったか……!!?

 琴を奏でたように軽やかで、柔らかさを感じられて、それでも確かに聞き馴染みのある声が…………寝ている俺の隣から…………。



「………………」



 目を見開く。

 俺が寝ていたであろう空間。

 その真隣に、“人”が寝転がっている。


 否、これはただの人ではない……ッッッ!!

 圧倒的、肌色ッッッ!

 圧倒的、身体の起伏ッッッ!

 圧倒的、艶やかな夜色の髪ッッッ!


 お……おんなやでぇ…………!!!

 全裸のべっぴんさんが、俺の隣に寝ておるでぇぇぇ……!!!




「…………くそ!! 憶えてない……!?」


 我ながらベタなコト言ってしまった。

 しかし実際に記憶がないのだから仕方あるまい。

 こんな絶世の美少女は俺の知り合いにはいないし、よしんばいたとしてもベッドインまで持っていけるほどのコミュニケーション能力を俺は所有していない。


 え……マジで誰だコイツ。

 マジで丸出しだよ? 描写していないだけで全部見えてるよ? 描写しないけどね。

 触ろうと思えばいつだって触れるし……ってか、さっきの俺は寝ぼけ眼にドコをもみもみしたんだ!!?




「ふむぅ……んん……?」


 俺が犯罪者になってしまった世界線を想像しはじめた途端、目の前の女体が微かに動きを見せる。

 ゆっくりと上半身を起こし、たわわに実った媚肉の爆弾をふるると震わせ、キリっとした瞼が終ぞ開かれた。



「おぉ……おはようだぞ、……」



 ——————ふぁ?

 ぬ……ぬしさまぁ…………!?

 ってことは……この美少女の正体は…………




「えっと……アマタさん……ですか?」

「…………我を誰と間違えるのだ?」

「いやそのフォームは初見なんだよ」

「ほう、そうだったな、主様は我の初めてを奪ったわけだな!」

「この状況だと誤解は待ったなしだな……」


 なんと、目の前の美巨乳全裸美少女の正体は……自称神様のまん丸マスコット・アマタ様らしい。

 まさか何かしらの封印を解いちゃったのかしら。

 ってかちょっとした身じろぎだけで果実が……たわわな果実がぼいんぼいんしとるって……!! 目が離せないって……!!



「主様の尽力もあって、我の存在を認知する者が一気に増えたからのぉ…………あの球状態から、一般的な人間のカタチへと進化できたのだ」

「そんなモンスターのレベルアップみたいな方式なんか!?」


 だったらフォロワー50万人越えたらどうなるんよ!?

 ドラゴンかな!? 本当にそうなりそうで内心ヒヤヒヤしてるわよ!?


「いや、神というのは信者の思い描く形に当てはまるもの……『誰かの思い描いた理想の美少女』のイメージが、我に反映されたのであろうよ」

「だとしたらかなり欲深い奴の願いを組み取っちまったな」

「それに加えて、進化の過程で簡易的な実体化が可能になったようだな……主様のスマホの近くに限るが、短時間ならこの世界にも来れるのだな……!!」


 百歩、いや千歩譲って外見変化を許容したとしても……リアルの実体化は完全にオーバーテクノロジーだろ!? 世界観ぶっ壊れてんじゃねえかよ!!

 あといい加減服を着てくれないかなぁ!!! マジでおっぱいから目を晒せないんだけど!! 神様って羞恥心とかないんですかぁ!!?




「ふむ、服か……えいっ!」


 ふわんっ……と淡い光が走る。

 その瞬間に、アマタの白く美しい肌を、純白の着物が包んだ。

 巫女服のようにも見え、しかし雰囲気は茶屋の町娘のようでもあるその衣服は、まさしくアバターとして作られるであろう、二次元世界のみに存在するそれだった。

 加えて、夜色の前髪には桜の花があしらわれたヘアピンまで付属している。

 まさしく伝統ある一家に生まれた大和撫子のよう。

 ———というか「えいっ!」だってよ。バカ可愛いな。


「これが一番しっくりくるな!」

「古風な喋り方してるし、意外と違和感ない……ってかマジで可愛いなお前」

「そうか……? ふふふっ、主様にそう言われると、なかなか嬉しいな……♪」


 あれ、可愛い。マジで可愛すぎるぞ。

 昨日まで傲岸不遜な自意識過剰ゴムボールだと思ってたのに。

 外見が変わるだけでこれほど見え方が変わってしまうなんて……俺は単純だな。

 くそぉ……アマタのくせに可愛いなぁ……なんか腹立つわぁ……。




「おっと……そうだ主様よ」

「どうしたアマタ様よ」

「起きて早々に申し訳ないのだが……我の頼みを聴いてはもらえぬだろうか?」

「……今更でしょうが」

「ふふっ、確かにそうだな」


 というより、そんな綺麗なお顔で頼まれたら断れるものも断れない。

 可愛いって圧倒的正義なんだなぁ。

 ———だなんて失礼なことを考えている間に、アマタは艶やかな唇を開き、息を吐いた。




「我は……もっと配信がしてみたい……!

 もちろん、生きていたいから……死にたくないからでもある。

 だが、生きていく上で、我がやっていきたいことは……きっとこれだ」

「生き甲斐……ってことか?」

「そうだな………まさしく生き甲斐だ。

 主様と一緒に、文字の皆と一緒に、集まった皆と一緒に……もっと楽しい時間を過ごしてみたい……!」


 真っすぐとした目線で、俺の目を貫いてくる。

 今になってやっとわかった…………一昨日の夜に初めて出会った時から、コイツはずっと、こんなに真剣な目で俺と話してくれていたんだ。



「それに……主様に寂しさを感じて欲しくもない……!

 だから一緒にいたい……主様の隣は、とても居心地が良いのだ……」

「一度に二つも願うなんて、神様にあるまじきワガママだな」

「ワガママでも良い……! 誰になんと言われても構わん……!

 やっと手に入れた居場所を、失いたくない……のだ……!!」


 可憐な声が震えている。

 不安からか、華奢な腕を忙しなく弄っている。

 紛れもない本心からの、神様がただの一信者に向ける、純粋な懇願。


 ———そんな怖がらなくても大丈夫だよ。

 『居場所を、失いたくない』だなんて言われて、俺が断るわけがない。




「……約束する。


 俺がアマタの生き甲斐を、守ってみせる……!!


 アマタが居てくれる限り、絶対に寂しいだなんて思わないようにする……!!


 俺が、アマタの存在を、絶対に消えさせたりはしない……!!」




 右手の小指を、お互いに絡める。

 我ながら子供じみているとは思うし、だいぶ格好つけて啖呵を切ったように思う。

 でも、目の前の神様は———俺とそっくりな寂しがり屋は、目元に小さな雫を浮かべながら、笑顔を見せてくれた。



「あぁ……約束だ、主様……♪」




 ◆◆◆




「……うわ……くっそかわいい……」



 突然に“天寺アマタ”というアカウントが配信枠を取得したかと思えば、和装美少女が飛び出してきてビビりました。

 しかもなかなかの美巨乳と見える。これはヲタク受けいいだろうなぁ……。


 それに、この声には聞き覚えがあります。

 昨晩の配信枠にて、自分が敬愛し崇拝し尊敬する“虹野ユウ”殿の配信に唐突に現れた噂の神様ボールと同じ声です。

 キモヲタであり声豚の自分の耳はごまかせません。

 ってか名前が『アマタ』のまんまです。



『ううう……主様ぁ! これは何と読むのだ!』

『だからそれくらい自力で…………ぇぇぅおおお!? なんじゃいこの画数の多さ!?』

『やはり呪詛なのか! ここにいるのは全員敵か!?』

『お前は昨日の配信で何を学んだんだよとりあえず調べるぞ!!』



「……いいなぁ」


 あんなに楽しそうなユウ殿、初めて見ます。

 コメント欄でも、二人の夫婦漫才的トークを楽しんでいる人が多いですし…………そういうのだったら、自分にだって出来るのになぁ……。



「はぁ……ユウ殿ぉ…………」



 自白しましょう、自分は虹野ユウ殿の大ファンです。

 むしろ、ガチ恋勢の一人と言ってしまっても問題ないでしょう。


 軽いヲタク差別を受けていた自分にとって、声を大にして好きなものを語る彼の姿は、強く憧れるものでした。

 自分もああなりたくて、近づきたくて、ヘキサバースでの配信にトライしました。

 猛アタックの甲斐あって、何回かコラボも出来るようになったのに……。

 それを…………よくわからないボールもどきに…………。



「はぁ……どうすればいいんでしょう……この気持ち……」




 最近、ユウ殿のことを考えると、とある人の顔が浮かびます。

 “永野裕大”殿……自分と同じクラスの、自分と同じ孤立タイプのヲタク生徒。

 勝手に同士認定して、ちょこちょこヲタクトークするだけだったはずの彼…………でも、もしかしたら……。



「……声……似てたなぁ……」



 こんな心グチャグチャの状態で……自分はどんな顔をするべきなのでしょうか?

 “”として、虹野ユウ殿とどう語り合えばいいのでしょう?

 “”として、永野裕大殿とどう接するのが正解なのでしょう?

 

 

「こんな根暗女……好きになってもらえるのかなぁ……?」




 ◆◆◆




『えっ、前の丸いアバターをどう作ったのか……だと? えっ、あぁ……えっとぉ……主様ぁぁぁぁ!!』

『え!? あ、えっと……た、たたたたた確か、表示のバグなんじゃなかったけか……?? ほら、アバターって途中からでも外見設定かえられるし……なっ!』

『そ、そそそそそそそそそそうだぞっ! がぁいけんせってぇい……だ!!』




「……やっぱり似てるのよね」


 この疑問は、一年の頃からずっと抱いていたわ。

 でも直接聞くのが少し怖くて…………もし間違ってたら申し訳ないし、私が配信なんてものを見てることがバレちゃうかもだし。

 外面ってのは大切なのよ。周りの期待に応えないとだから……。


 でも……“虹野ユウ”さんだったら、周りの目なんか気にせず、自分の好きを堂々と示す……んだと思う。

 私はその姿勢に憧れて、同じようになりたいと思った。

 自分とは違う自分になれる……ある種の心のオアシスをヘキサバースに求めてしまったの。



「———もうすぐ21時ね、準備しないと……!」



 ヘキサバース内の【領枠】の一つ……【クール】。

 そこが私の所属であり、私が私ではなくなる場所。


 配信ブースに入った瞬間…………“”は、別の存在へと変身する。

 リーダーシップを求められる重圧からも、学級委員長としての責務からも解放された、大きなストレスを発散するための存在に……。



「んんっ……よし、喉の調子オールグリーン……」


 さぁ、始めましょう。

 私の……配信を…………!!






「やぁ、待たせたね、ボクの可愛い子猫ちゃん達……★

 みんなの王子様・“十六夜イヅル”だよ……キランっ♥」

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“非”実在配信者でも生き甲斐が欲しい! 御縁読人 @tenkataihei0917

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