第一章 第六話 初配信はイレギュラーに!

「よぉ~し、本日も配信やってきまっせ~」



 配信開始ボタンは既に押された。

 ここから、俺たち二人の戦いが始まる。


 配信ブースの外には先日と比べて多くの人だかりが出来ていて、本配信の告知に記されていた文言の真偽を確かめに来てくれたのだろう。ざわざわしてる。

 配信画面にて流れるコメントたちも配信枠のタイトルを読んだのだろう……期待と驚きの感情を隠しきれないようである。



「どうも、虹野ユウだ。今回は配信タイトル通り、スペシャルゲストにお越しいただいてるぜ~」


 :主!!どういうことや!!

 :噂の真相わかっちゃう感じですか!?

 :ゲスト気になる~


 <お! ほんまにおるやん!!

 <主の他になんか見える

 <こんなコラボ予想出来る訳ないやろ~!?



 リアタイ勢も、オフリアタイ勢も、予想外のゲストに想像以上に沸いている。

 同時接続者数は、はやくも1万人を越えた。

 我ながら、自分自身の知名度や影響力にはびっくりする節はあるが……今回に限っては俺だけの力ではないだろう。

 さてさて舞台は整った。

 コイツのためにも、最高の配信を作り上げてやろうじゃないの!



「そのゲストこそ…………噂のマスコット・アマタ様だぁ!!!」




 …………。



 …………………。



 ……………………うん??



「……おい、いつもの偉そうな態度は何処に飛んでったよ」

「い、いや……しかし……む、無理だ……」

「おいおいお前だって乗り気だったじゃねえか唐突にしおらしくなるなや」

「あ、余りにも人が多すぎる……緊張するななんてどだい無理だろうて……!!」



 嘘だろ……。

 不特定多数の人間に認知してもらわないと死ぬんだろ!?

 だったら配信が一番手っ取り早いじゃねえかよ!!

 それに、俺と一緒に馬鹿話していたときのあのノリの良さがあれば、小気味の良いトークが出来ると思っていたんだけどなぁ。


 ……いや、冷静になって考え直せば、俺とコイツではそもそも前提が違う。

 俺は5年も配信を続けているベテランではあるが、コイツはそうではない。

 本来、人前に出て自分の声で喋るというのは緊張が伴うものなのだ。

 焦らせちゃいけない。

 無理ない程度じゃないと、後がもたなくなっちまうからな。



「オーケー、なら俺が人肌脱いでやるかな」

「ぬ!? ここで裸になると申したか!?」

「違うわ! そんなセクハラまがいのことするわけないやろ!」


 :いや草

 :自己紹介すっとばして夫婦漫才しとるわ笑

 :ユウ主の変態!通報するわ!



「えっと、とにかくだな……最近巷を騒がせている謎のマスコットさんとご縁があってな。雑談コラボでもどうかと思って」

「う、うむ……そ、そーですねー……」


 昔のテレビ番組の観客かよ。

 すごい他人事のようなリアクションしてますけど、ご自分のことですわよ。



 <噂なら聞いたことあるぞ

 <まじでヘキサ公式の何かかと思ってた

 <それアバターだったんか!


 やっぱりネット上において、噂の伝播というのは凄まじいものだ。

 アマタを実際に見たことはなくとも、目的の解らない謎の存在としての情報は出回っている。

 …………あれ、そういうことならコイツの目的、そこそこ達成できているような気がしないでもないぞ??

 だが、配信を始めた以上は中途半端に終わらせる気などさらさらない。

 意地でも目的を達成するのだ。



「せっかくだし、みんなが聴きたいであろう質問を投げてみるか! アマタ様、どうしてすれ違う人みんなに変なコト言ってたんだ?」


 :それはマジで気になっとる

 :認知しろ!的なこと言ってるんだっけ

 :質問コーナー始まったな


「あっ……えっと、そ、それは———」

「アマタ……!」

「———!!」



 緊張しすぎなくて良い。

 昨晩歩き回った時みたいに、配信前までの俺たちみたいに、リラックスして話したいように話せばいい。

 尻拭いは、俺がどうにかする。


 そんな思いを、テレパシーよろしく目線のみで伝えるべく、アマタの瞬きすらしない固定された目を見つめる。

 向こうも俺の視線に……その意味するものに気付いてくれたのだろう。表情は微塵も変化していないが、微かに頷いたように見えた。



「そっ……それは……


 ——————それは、皆に我を認知してもらうためだ!!」



 ……エンジンかかってきたな。

 コイツはやっぱり、神様モードの時の方が舌が回る。

 そしてその会話は、民衆に向けてるのではなく、今まで通り特定の個人や少人数にだけ伝えているようにマインドすればいい。

 インターネット上へ配信してるのはオマケみたいなものだと考えることが、コイツには必要なんだろう。




「認知……? どうしてそんなに知ってもらいたいんだ?」

「それは我が神様だからだ!!」


 <理由になってなくね?

 <その神様ってのがわからん、ロールプレイかなんか??

 <神様系配信者マスコット様?


「ぬぅ……貴様らも主様のようなことを言いおって!」

「じゃあ神様ってのはどういうことなんだよ?」

「お主らも知っておる通り、神様は信者がいなければ始まらん。

 なればこそ、我のためには皆の認知が必要不可欠なのだ!!」


 :えーーーーっと……???

 :つまりどういうことだってばよ?



 よしよし、今こそ助け船兼最強のカードを切るべきタイミングだ。

 アマタが大多数の人間に無視されてしまったのは、認知した先にあるものが不明瞭だったから。

 しかし、今の俺たちにはとある目標が、ゴールが存在している。

 それこそ——————




「つまりは、、ってことだよな!!」




 そう……ファン。

 アマタが奇行に走ってまで成し遂げようとした形の無いゴールに、『ファンの獲得』だという名前を付けたのだ。

 それはつまり、ファンを必要とする存在になるということである。



 :つまり……配信者ってことか!!

 :おおおおおおおおお!!!!

 :サブカルに新人か

 :初陣がユウ主とコラボとか豪華すぎるな

 :神様系サブカル配信者・爆誕


 ——————そう、配信直前に俺とアマタが決めた目標。

 それは、アマタが配信者となり、数多くのリスナーたちに認知され続けること。

 一度でも配信者としてのある一定の地位さえ獲得してしまえば、固定のファンが付き、存在そのものをコンテンツとして楽しんでくれるようになる。

 そういう点で言えば、アマタの求めているものと、俺たちが出会ったヘキサバースは、運命的なほどに相性が良かった。



 <サブカル主が公認の新人か

 <特徴的なアバターだからもう憶えちまったぜ

 <アマタ様!! デビューおめでとう!!

 <新人だ、囲め囲め!!

 <おめでと~~


 配信ブース前の広場でも、新しい配信者の誕生に対して肯定的な意見がほとんどだ。

 コメント以外にも、手を挙げてはしゃぐエモートなどで、好意的なリアクションをみんなが返してくれている。

 どうやら、良い方向にまとまりそうだな……ちょっと安心。



「のう、主様……皆が諸手を挙げて暴れまわっておるぞ……狂ったのか? 流行り病なのか……?」

「んまぁ……病気っちゃあ病気みたいなもんだな」


 だが、寂しがりの俺たちにとっては、これ以上ない良薬だ。




「さぁさぁ! こっからは期待の新人さんに、たくさん質問を投げかけようと思うぞ!! みんなどんどんコメントしてくれ~~!!」

「なっっっ……まだやるのか!? 我はだいぶ無理をしておるのだが———」

「いいから、いいから! せっかくのイレギュラーな初配信なんだし、歴史に残るくらいの神回にしてやろうぜ!! 神だけに」

「何を言っとるのだ主様!? ぬ、ぬしさまぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!?」




 かくして、初めての配信なのに変なアバターで、50万人越えのベテランが付きっきりで、しかも緊張しまくりで……色んなイレギュラーにまみれた本配信は無事に終了。

 ブースを出るころには、アマタに対する世間の評価は大きく変わっていた。

 「横暴な雰囲気に見えて、実は打たれ弱くて可愛い」だとか、「ユウ主との夫婦漫才が面白い」だとか、アマタの良い部分を見つけてくれるようなコメントで溢れ返る様子を見ていて、俺は内心ガッツポーズをかましてしまった。


 ———これでしばらくは大丈夫だろう。

 俺の知名度やら、俺のリスナーたちの民度の高さをフルで利用したような……いわば売名に近い初配信にはなってしまったが……不思議と後悔は感じていない。

 むしろ、アイツの面白さをみんなに共有できて嬉しかったくらいだ。



 <おもろかったぞー!!

 <ソロ枠も待ってる

 <アマタ様ばんざーい!!


 配信ブースから出た俺たちを労ってくれるオフリアタイ勢。

 その勢いに気圧されながらも、アマタは口を開いた。



「のう、主様……!」

「おう」

「訳が、わからなかった……頭がグチャグチャして、出ないはずの冷や汗が出たようであった……びっくりだった……」

「おう」

「だが、楽しかった……! 主様のお陰だ……!!

 ありがとうだ……主様っっっ……!!!」

「……おうっ!」



 固まったままのアイツの顔が、可愛らしく笑った気がした。

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