第一章 第五話 独りぼっちの人気者
前回のあらすじっ!
ネットの友達が、俺のスマホに住み着いたぞ!!
わ~、すご~い、何にもわかんな~~い!!
……でもこれが事実なんだよな。
『なぁ主様!! ここはなんだ! 昨日とは色味が違うぞ!!』
俺のスマホのカメラからリアル世界を覗いているのだろうか……スピーカーから興味津々な色を含んだ声が聞こえてくる。
ってか結構うるせえなコイツ。ボリューム下げてやる。
『……それに主様よ、昨晩とは見た目が違うぞ? これが世に聞く、いめちぇん、なのか?』
「違うよ……これが本体、正しい見た目。あれはあくまでアバターだから……」
そう、その言葉で思い出した。
アバター…………昨日出会った時も、スマホのホーム画面で動き回る現在も、アマタはヘキサバースでは作ることが出来ないはずの一頭身マスコットキャラの外見なのだ。
しかも、他人のスマホに入り込めてしまっているのだから、ただのネット初心者と見なすことももう不可能だ。無論、ヘキサバースにこういった機能は存在しない。
こんなことが出来るとなると、本当に、まるで——————
『ふむ……我は神様ではあるが、知らないことが多すぎるなぁ……! あらゆるものがワクワクするぞ……!!』
———そう、“神様”。
単なるイタいロールプレイだと思っていたそれが、嫌な現実味を帯びて来た。
しかし、その短い単語で、どうにも腑に落ちそうになってしまう。
それだけ“神様”って単語は、良い意味でも悪い意味でも万能すぎるのだ。
「……なぁ、いい加減教えてくれよアマタ」
『ん? どうしたのだ主様? 左向きがヒラメで右向きがカレイだぞ』
「いや見分け方なんて聞いてないよ……お前はいったいなんなんだ、って話」
『何度も言ったであろう、我は神様なのだ! えっへん!!』
…………でもなぁ、こんなのだからなぁ。
ここまで頼りがいの感じない神様って、他にいないだろうなぁ。
◆◆◆
結局のところ、俺の下した結論はこうだ。
アマタには少なくとも、中の人と言えるべき存在がいない———のだと思う。
そして、ヘキサバースの枠を飛び出し、他人のスマホに移り住むことすらも可能な、何かしらの神的存在……という感じ。
だけど、ヘキサバース上でのアカウントも存在していたし、相互フォローも出来たところを見るに、あの空間こそが本来のいるべき場所なんだろうけど。
『……のう、主様!』
「…………今度はなんだよ。頭の整理でこっちは忙しいんだって!!」
『あの大きな箱が連結したやつはなんなのだ!? すごく速いぞ!!』
俺がシリアスモードにいるというのに、当の神様本人はずっとこの調子だ。
子育てってこういう感じなのだろうか。
「あれは電車だよ。人間を遠くまで運んでくれるんだ」
『おお!! 向こうの世界……えっと、へきさばぁす……? には無かったなぁ!』
「座標を指定すればワープできるからな」
本当に元気だなぁ……耳がキンキンしやがる。もっと音量下げるか。
ちなみに、俺はスマホを耳に当て、まさに電話してるかのような状態で登校中である。これならスマホの画面は見えないし、会話をしていても不自然にはならない。俺ってばジーニアス。
———ってか、コイツいつまで俺のスマホに居候するつもりだ?
『いつまでか、と聞かれても……他に行くとこなぞ無いからの』
「そういや、フォローもフォロワーも俺だけだったな」
『しかし、へきさばぁすの外側に、これほど広大な世界があったなんてなぁ……! 向こうよりも広くて、向こうよりも大きい感じがするぞ!!』
「……まぁ、実際そうだからな」
ヘキサバースは広大な電脳空間をインターネット上に有している。だが、所詮はデータによって構築されたテクスチャであり、景色だって使い回しがほとんどだ。
対するリアルは実際に巨大な地球があり、大陸があり、国があり、都市があるのだ。そういう意味合いでは、電脳空間はどこまでいっても作り物なのである。
まぁ、リアルに関心の無くなった俺からすれば、そんな程度のことでヘキサバースを嫌う可能性など万に一つも無いのだけれど。
『お!! 主様! あれはなんだ!!』
「……あのさぁ、学校に着いたら喋りかけるの止めてくれよ? ずっとスマホを耳に当て続けるわけにもいかないからさ」
『あぁ、わかってお……んお!? あれはなんだ!! すごく大きいぞ主様!!』
「………………ホントにわかってるか?」
『わかっておると言ったで……んおおお!! すごい回っているぞ!! ぐるぐるだぞ!! どうして目が回らんのだ!?』
「……………………………………」
『……のう主様! 教えてくれなきゃわからんぞ! 大体、神様の命令をきかな———
スマホの電源、オフ。
よし、静かになったな。
好奇心は猫をも殺すとはよく言うが、あのままだと俺が社会的に終わってたな。
余談だが、お昼休みに電源を点けてやったらめっちゃくちゃ怒られた。
よし、今度はスマホを叩き割るのも念頭に入れよう。
◆◆◆
「…………」
『……主様?』
無事に(とはいえ帰路でもアマタからの質問責めを受けたが)どうにか自宅へとカムバック。本日も、火曜日というありきたりでつまらない日常を乗り切った。えらいぞ俺。
玄関扉を閉め、無言で足を進め、そそくさと自室に籠る。
さて、新刊を読み漁ろうか、それともアニメの録画の消費か……今夜の配信まではまだまだ時間があるわけだし——————
『主様』
「……ん? どうした?」
突然、スピーカーからアマタの声が。
先ほどまでの元気そうなものではない———真剣で、少しの心配が絡んだ、そんな声だ。
『……静か、なのだな』
「……俺がか?」
『主様もそうだが……この部屋全体のことだ。なんだか静かで……とても寂しい』
———何が言いたい?
俺が、俺の部屋が、俺の家が、寂しい?
『母君は夜に仕事をしておると言っていたな……では、父君はどこにおる?』
「…………おい」
『思い出せば、今朝はこんびにべんとぉ、というものを温めて食しておったな。その時も虚ろな目の色をしておったぞ?』
「…………あのさぁ」
『そうだ、ずっと違和感を抱えておったのだ。昨日とくらべて、心なしか主様の元気がずっと足りないような気がしておってだな——————
「黙れよ……!!」
無意識に、そんな言葉が、暴言が、漏れ出していた。
言葉なんて選んでいられないほどに頭の中が真っ白になって、マグマみたいな何かがグツグツと湧き上がって全身を占めていく。
「気になったことを何でも聞いていいわけじゃねえだろ」
『ぬ……主様……?』
地雷を踏みぬかれた———指摘されたくなかった部分を、無遠慮に侵された気がした。
「神様だか何様だか知らないけどさ……言っていい事と悪い事があるだろ」
『すっ、すまなかった……決して貶したかったわけでは———』
恥ずかしかった、プライドが許さなかった———誰が相手であれ、悟られたくはなかった。
「俺が『寂しい』か、だって…………?」
『す、すまぬ!! 主様、本当にすまなかった!! 主さ——————
「寂しいよ……寂しいに決まってるだろ…………っっっ!!!!」
それに、無理やり目を逸らしていたものを、目の前に持ってこられたように感じた。
見つめざるを得なくなって、認めざるを得なくなって、それがシンプルに辛かった。
◆◆◆
10年前。
当時7歳だった俺の目の前から、父親がいなくなった。
病死……だったと聞いている。
安らかな表情のまま、眠ったきりになった父のあの顔が……横たわったあの姿が……いくつになっても頭から離れなかった。
きっと、父親のことが大好きだったんだろう。
葬式のあった日の翌日から、俺の視界に映る世界の色が薄くなった。
『ごめんね……独りにさせて、ごめんね……』
最初の頃は、母は毎日のように、俺にそう言っていた。
まるで、そう言い続けることで何かから許されたがっているみたいだった。
そう言えば、罪が軽くなるのだと信じ切っているようだった。
母は、昼夜を問わず働きづめだった。
アパートの家賃を、俺の学費を、日々の生活費を賄うために、必死で働き続けてくれた。
でも、そのせいで家にいなくなった。
学校から帰っても、扉の向こうは薄暗い部屋だった。
朝食も、昼食も、夕食も、ずっと一人だったし、ずっと冷たかった。
ただでさえ薄かったリアルが、白黒になっていくのを感じた。
気が付くと、父親が買い与えてくれたPCにのめり込んでしまっていた。
インターネットというものを知って、動画配信サイトを見つけて、アニメに魅了された。
現実にはあり得ない展開があって、リアルには存在しない人間がいて、もの凄く羨ましく思えてしまって…………小学校低学年にして、立派な二次元ヲタクの仲間入りをしたのだった。
『おい!! コイツ、絵なんかに惚れてるぜ!! 気持ち悪ぃぃぃ~~~!!!』
殴られても蹴られてもいなかったが、痛くて苦しかった。
発端は俺側のミスだ。
自室で描いていた『理想の美少女』のイラストが、いつの間にか鞄に入っていて、偶然にもそれをクラスの男子に見られてしまった。
俺をバカにし続ける声の大きい男子たち、遠巻きに俺を侮蔑する女子たち、俺のイラストを見て頬を引きつらせる教師…………俺は完全に孤立し、中学までずっと同じような状況だった。
気づいた頃には、アニメやネットの中以外が、完全なモノクロに映るようになっていた。
9歳になった頃、リアルに見切りをつけた俺はヘキサバースに出会った。
当時はそれほど知名度もなく、提携している企業やサイトも今より遥かに少ない、十人に聞いたら十人全員が『過疎サービス』と言い放つような状態だった。
だが……アバターを作って、電脳世界を歩き回って、自由にインターネットを渡り歩くことが、本当に楽しかった。俺にとっての理想郷だった。
いつの間にかヘキサの知名度が上がっていって、出来ることが増えていって、配信のシステムが整備されて、少しずつ賑やかになって———気付けば“最古参”と称されるまでの知識と経験を持つユーザーになっていた。
ここでなら、誰も俺を一人にしない。
ここでなら、誰も俺を否定しない。
ここでなら、俺は寂しさを感じないで済む。
ここでなら、生きていける。
そんな歪んだ感情と、行き場のない悲しみが生み出したのが、“虹野ユウ”だった。
◆◆◆
『……すまなかった主様』
「いや、俺も悪かった……熱くなりすぎちまった」
結局、俺は全てを打ち明けたのだった。
父親が亡くなったことも、リアルに価値を見出せなくなったことも、そして……ヘキサバースだけが唯一の拠り所であることも。
『しかし……主様は強いのだな』
「…………そうか? リアルから逃げ出したんだぞ、むしろ惨めだろ」
『それでも、主様は自力で居場所を見つけ出した……生きることを諦めたりはしなかった』
「………………」
『我とは違う。我は……何も知らないまま、ただ死にたくないと喚いておるだけで、自分では何もできておらん。
あの世界に生まれて、何もかもがわからなかったが……二つだけ確かなことがあった。
それが我の名…………そして、もうじき死ぬということだった。』
耳を疑った。
アマタが言うには、今も瀕死寸前の状態にいるらしい。
昨晩、突然に消えてしまったのも、俺以外の人間にろくに認識されていなかったから……ってことか。
『神様というのは、信者ありきの存在なのだ。
信者が信じて、崇拝してくれるから、そこに在り続けることが叶う。
だが……知る者がいなくなれば、それは神がいないのと同義だ。
我もそうだと、本能的に悟ってしもうた———誰かに我を憶えてもらわなくては、死ぬ。名を聴いてもらえなければ、消える。誰かにとっての特別になれなければ、最初からいなかったことになる———その事実を、運命を、理解してしもうたのだ』
コイツがボールのような外見をしているのは、信者———もとい、認識している存在がいないからこそ、人型になりきれない中途半端な形で実体化したからだそうだ。
そんな状況を改善するべく、手当たり次第にアバターに声をかけて回り、自分という存在を必死にアピールしていたというのだ。
すべては、漠然と、しかし確かに、死にたくないから。
コイツは、アマタは、俺と同じだ。
始まり方は大きく異なるが、誰かがいないと存在を示せないところも、見てくれる相手がいなきゃ生きていないのと同義なのも、そっくりだ。
俺たちは二人そろって、寂しがりやの空っぽなんだ。
——————だけど、俺はお前に伝えないといけない。
お前と出会ってから今に至るまで、そこそこ楽しかった。
お前が俺のスマホに来てくれたお陰で、リアルにも少し色が付いた。
お前とくだらない話をしている時間が、堪らなく愛おしく思えた。
だから、だから俺は——————
「お前に、死んでほしくない」
『——————え』
「お前に消えてほしくないし、明日からも俺とくだらない馬鹿話をしてほしい」
『主様……しかし、どうやって———』
安心しろ。自分の居場所を創ることに関しちゃ、俺はプロだ。
なんせ……寂しがり屋で、独りぼっちで、5年間に渡って同士を集め続けた【サブカル】で一番の配信主なんだからなぁ……!!
「アマタ! お前——————配信者になれ!!!」
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