第一章 第四話 世界ははじめてで満ちている
状況を整理しよう。
我らが学級委員長・弦嶋六花よりアンケート用紙のお慈悲をいただいた不肖・永野裕大は、その後テキトーに授業をこなし、もちろんボッチ飯を決め込み、足早に帰宅した。
今夜は配信枠を用意してはいなかったので、数日ぶりのフリーなのである。
となれば、やることは一つ———ネットショッピングだ。
ちょうど先日まとめ買いしたラノベを読み終え、追っている作品の新刊が出ているかどうかを確認したかったのだ。
ヘキサバースは今や、あらゆる通販サイト・ホームページにつながっている。空間内に聳える建造物のドアをクリックすることでリンクを踏み、即時に外部ページへと飛ぶことが可能になっている。
お気に入りのページをブックマークしておけば、ファストトラベルよろしく、即時にエリア移動も可能であるため、ヘキサバース内であらゆる検索・買い物が済んでしまうのだ。
「ふふふふふ……大量、大量」
そんな便利を思う存分楽しむアバターたちがひしめき合う空間内を、気持ちの悪い笑みを浮かべながら歩いているのが、俺だった。
え? リスナーに見つかったりはしないのかって?
心配ご無用!!
現在俺が利用しているのは虹野ユウ名義のメインアカウントではなく、“ダイユー”という名のサブアカウントだ。
メッシュも入っていない黒髪に、白シャツを着ただけの地味を極めたようなこのアバターを知っているのは一部の配信者仲間のみ。そのため、この姿であれば自由にバース内を歩き回れるということだ。これ、有名配信者のマストね。
あらかた新作の購入を終えた俺は、あとは知り合いの配信でも見ようかと【サブカル】の配信ブース周辺をほっつき歩いていた。
「たしか……コータローが19時から、マグナが20時からやるって言ってたっけなぁ」
「おい、そこの貴様よ」
「そういえば、萌葉原も20時だったはず……こっちにしようかな」
俺だって現役の二次元ヲタクなのだ。コラボしたことのある知り合いだとしても、純粋に応援している気持ちは変わらない。お忍びでオフリアタイすることもざらである。
「また雑談コラボしてぇな~」
「おい、聴こえておらぬのか」
「聴こえておらんよ~」
「聴こえているではないかっ!!!」
はっ!? しまった!? バレちまった!?
今時、古風な喋り方をするロールプレイヤーが配信することなんて珍しくないし、それがキャラクター性の確立につながることだってあるだろうけども———でもそれは配信上での話だ。
バース内を普通に歩いていて変な語尾付けてる奴なんて、妙な知識を身に付けたネット初心者か、あるいは本物の狂人かどちらかだろう。
だから気付かないフリしたまま逃げたかったんだけどなぁ~。
「おい! 貴様!! 我のことを認知しろ!!」
「承認欲求の怪物かよ」
あ~これは学校でのフラグ回収しちまったなぁ。
秋山の野郎……アイツがあんな話さえしなければこんな展開にはならなかったはずなのに。
振り返って見てみると、そこにはボール状のマスコットキャラクターがいた。
ちょうどサッカーボールくらいの大きさほどしかなく、おおよそ人型とは言えない形状であるのは噂通りだった。
生えている手も足も球形だし、ピンク色の可愛いデザインだし、真ん中にデフォルメされたお顔があって、触ったらぷにぷにしそうで…………。
「カー○ィやん」
「なんだそれは」
いや、マジでカー○ィやん。ぜったいぷぷぷの国におるやん。バンダナ巻いたら完全にそれやで。大きな星に乗ってワープしても不自然やないで。
「よくわからんが、多分不敬なことを考えておるよな」
仮に不敬だったとしてもお前じゃなくて某有名ゲーム会社様にだろうな。
しかし、コイツの外見のイジりばかりしていたって話が進まない。
「……そんで、アンタはイベントのNPCなのか? それともヘキサバース初心者か?」
「さっきから何を言っておるのだ? いいから我のことを認知せよ! 崇め奉れ!!」
急に神様みたいなこと言いだしたな———いや、本当に神様を自称しているんだっけか。
だとしても、まずはこの語尾をどうにかしないと本題には入れなさそうだ。
「まずはその寒い語尾をやめろ」
「我は神様だ! 生まれながらにしてこの口調なのだぞ!」
「その神様設定をやめろ」
「設定ではない!! 正真正銘ホンモノの神様なのだ!!」
「本物は自分が本物とか言わないでしょ」
これは極まれに湧いてくる話が聴けないタイプのキッズだ。
おとーさんおかーさんのぱそこんをかしてもらったのかなぁ??
しかし、コイツの主張を前提として飲み込んでやらないと、ボケとツッコミの押収が終わるような気がしない。
絡まれちまった以上は放っておくわけにはいかないし、最悪明日の雑談枠のネタになるだろう。
しゃーない、付き合ってやるか。
「兎に角だ!! 我のことを知り、我のことを憶えよ!」
「友達作りたいんかお前は」
「神様というのは、信者の信仰心があればこそだ。それが無ければ我は———」
「だったら自称“神様”さんよ、お前の名前やらなんやら教えてみろ」
「!! 名前か!! 我の名を聴いてくれたのは貴様が初めてだぞ!!」
「そりゃそうだろうよ」
認知しろ! って叫んでるサッカーボールが追いかけて来たら誰だってビビる。
噂程度で済んでよかったなお前。
「名は……アマタ!! アマタアマタアマタアマタアマタアマタ——————
「どうわああああああああバグるなバグるな怖い怖い!! マジでイベント用のプログラムみたいやんけ!!」
ちなみにコイツにはデフォルメされた顔面が生えていると描写したが、コイツの目も口も、ぬいぐるみの如く無可動の状態である。
つまりは表情の変わらないお顔から絶え間なく自己紹介が聞こえる訳で……怖いったらありゃしない。
「憶えたか!?」
「嫌でも忘れられないよ……えっと、ヤマダ……?」
「違うわ、我はモブキャラか」
「全国の山田さんに謝れ、タラバ」
「カニの王様ではない、神様だ」
「結局その神様キャラはなんなんだよ、ブラバ」
「いなくなるなブラウザバックするな話を聴け我を認知しろ」
「ワガママだな、アマタ」
「アマタではな…………いや、あってるのか」
「というか名前の話しかしてないな……他は? 趣味とか、推しとか、お前にもヘキサに来た理由とかあるだろ」
———そう尋ねた瞬間、だった。
噂通りに騒がしくて、傲岸不遜で、態度がデカくて…………本来作れないはずの形状のアバターは、神様を自称する謎のマスコットは———
突然、何も喋らなくなった。
「お、おい、アマ———
「———わからぬ、何もわからぬのだ」
そう告げたコイツの声は、アマタの表情は、何故だかとても悲しそうに見えた。
◆◆◆
「な、な、な、なんなのだこれはあああぁぁぁぁぁ!!?」
ぴょんぴょんと跳ねるゴムボール———じゃなくて、自称“神様”。
コイツが何に対して、感動し、感激し、データの空へと叫んでいるのかというと、ヘキサバースの全てに興奮しているのだ。
そう、文字通り、全てに。
「あれは、あれは何だ!? 飛んでいるぞ!?」
「飛行艇だよ……つっても広告画像を張り付けただけのデータの塊だけどな」
「ならば、あの黒のゴツゴツはなんだ!?」
「肌色が黒のアバターなんて普通だろ? あの背中のゴツゴツもオプションだな」
「そうか……それが普通なのか……世界は広いなぁ……!」
———なんというか、ここまで楽しんでくれると何故だか俺まで嬉しくなってくるな。
予想していた通り、自称“神様”ことアマタは、ヘキサバース初心者なのだろう。
全世界で30億人以上のユーザーがいるとは言っても、ネットに疎い高齢者や、後から生まれて来た子供たちまでもが必ずしも既存のヘビーユーザーなわけではない。おそらくはコイツもその部類に入るのだと思われる。
正直、色々と不審な部分もあるけど……インターネット上でベラベラ個人情報を喋るのも可笑しな話だろう。俺はそう解釈することにした。
「なぁ、あれはなんだ? あれは!? むこうのあれはっ!?」
「俺は聖徳太子じゃないんだけどな」
楽しそうなコイツを見ていると、ふいに、昔の俺を思い出す。
8年前———偶然にもヘキサバースというサービスを発見した俺は、二次元ヲタクだったこともあってか、その世界観に深く引き込まれてしまった。
アバター越しに見える風景はまさしくアニメの中みたいな景色で、ラノベに登場するようなアバターが沢山いて、色々な便利が詰まっていて———。
リアルのことすら、どうでもよくなるくらいに、依存してしまった。
そんなキモヲタ様が、今じゃあ知る人ぞ知るフォロワー50万人越えの“【サブカル】の主“なんだから驚きだ。
コイツが感じているような興奮も、トキメキも、今の俺には味わうことが出来なくなったけれど、こうやって楽しんでいる顔を見れるのはやっぱり良いものである。
「主様! では、あれはなんだっ!? 人々が集まっておるぞ!?」
「あぁ……そういや忘れてた」
アマタが次なる関心を向けたのは配信ブース。
そこでは丁度、俺の知人が配信の真っ最中だった。
「———そうなんでございますよ!! ご主人様たちもお察しの通り、このヒロインは絶対に惚れる展開まっしぐらな訳でして!! もうぐうシコなんでございますよおおお!!」
桃色のツインテ―ルは可愛らしいアニメ声と妙にマッチしていて、メイド服から溢れそうになる立派な胸の果実は、数多くの男性リスナーを魅了して止まない。
彼女こそ、俺の配信者としての知人であり、俺と同じ【サブカル】を根城にする巨乳メイド系早口限界ヲタク配信者・“萌葉原秋穂”だ。
俺も数回だけコラボしたことがあり、彼女の好きなものを全力で推す姿勢には尊敬の念すら感じるほど。まぁ……俺のことを崇拝対象みたいに扱うのは辞めて欲しい気もするけど(ちなみ初のコラボも、彼女がとんでもない熱量で迫って来た結果、断るに断れなくなったからである)。
ちなみにだが、萌葉原こそ秋山に続く第二の『殿』呼びをしてくるレア人間だ。
不思議な偶然もあるものである。
「あれは配信だよ。集まってくれたみんなや、遠くの視聴者に対して、自分の好きを伝えたり、一緒に何かを楽しんだり……」
「ほぉ……よくわからんが、なんだかすごいな!!」
「ガキかお前は」
一応は俺の生き甲斐みたいなものなんだけどなぁ、配信って。
そんなテキトーに飲み下されても可哀そうだと思います。主に俺が。
「すごいな……世界とは……こんなにも広いものなのか……!!」
「……お気に召したようでなによりですよ。俺が言ってもしょうがないけど」
「あぁ……凄いなここは……! こんな凄いものを、我は見れていなかったなんて……!!」
雑に相槌を打っていたくせして大袈裟すぎるよ。
固まったままの顔に、キラキラのエフェクトが浮き出てきそうだ。
「ありがとうだ……主様! 今宵は楽しかったぞ!」
「その“主様”って歯痒い……つってもいつもの配信と一緒か」
「この世界のこと、我は気に入ったぞ……!! それに———」
自称神様らしく、何様だかよくわからん評価を下しなさったアマタは、楽しそうな声のままに、俺のアバターを見つめて来た。
「それに、なんだよ?」
「———主様のことも、気に入ったぞ……♪」
その声には、出会った頃とは真逆の、とても嬉しそうで、本当に楽しそうで、心の底から安堵しているように感じられた。
声豚の俺にはわかる!
「…………なんだそりゃ」
呆れたように溜め息を漏らす。
だが、俺の喉から出た言葉すらも嬉しそうに聞こえた。多分気のせいだ。
なら気のせいついでに、仲良くしてあげましょうかね。
「アマタ、せっかくだし相互フォローしようや」
「そ……そにっくあろー?」
それは果実の付いた錠前を装填する次世代の弓形武器だよ。
メロンソーダでも飲む気なんですかね?
「相手のアカウントのホーム画面開けるか? あとはフォローボタンを押すだけでいい」
「ぬぬ……これを、こうして……出来たか?」
「……おう、俺も完了だ」
———にしてもコイツのアカウント、フォローもフォロワーも俺だけじゃねえか。
まぁ初心者だったら仕方ないんだろうけど。
「相互フォローになれば、困ったときはお互いに連絡できるようになる……だから、またわかんないことがあったら気軽に——————
そう、語りかけたタイミングだった。
「———ア、アマタ…………?」
天真爛漫なボールもどきの自称神様は、その場から消えてなくなっていた。
「間違えてログアウトしちまったのか……?」
そう解釈することにはしたのだが———結局、数十分待っても、アマタが再度ログインすることはなかった。
まぁ初心者なら、こういった間違いもあるだろう。
少し寂しい感覚を噛み締めつつ、俺もログアウトするのだった。
◆◆◆
『———わからぬ、何もわからぬのだ』
『———我には“アマタ”という名しかない』
『———何処から来たか、何処へ行くのか、わからないまま生まれた』
『———何を願うか、何が出来るか、知らないままに生きることを求めた』
『———ただ、誰かに見てもらわなくては、死ぬ……そう本能的に直感したのだ』
『教えてくれ“主様”———
我は、誰だ…………?』
「俺が知るかよ……」
はい、台無し~。意味深なシーンぶち壊し~。
おはようございます、昨日はお盛んでしたね。
昨晩はあのまま眠りにつき、つい先ほど起床したばかりでございます。
さて、火曜日をどうにか乗り切るためにも朝の準備でも始めま——————
『……お、目覚めたか主様! 良い朝だな!!』
「——————ふぇぉぁ??」
なんだよ、『ふぇぉあ』って。
いや、違う、今の声はなんだ!?
ヘキサバースを起動した訳じゃない。でも今のはアマタの声に他ならない。
声の発生源は……どこから……
『ここだぞ! 主様の狭っ苦しい端末の中じゃ!!』
「端末の中……!?」
言われるがままに、枕元に置いていたスマホを見る。
そこには、見慣れたアイコンが多量に表示されたホーム画面があって——————
——————そのレイヤーの上側に、全てのアイコンに覆いかぶさるように……変動しない顔面の張り付いたマスコットが暴れまわっていた。
簡潔に言い表すのならば、スマホの画面の中に、アマタが住んでいた。
『また会えたな、主様っ♪』
いや、可愛く言われても怖いもんは怖いよ。
これじゃあ神様じゃなくてコンピュータウイルスじゃねえか。
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