オーロラの雨
平 遊
ばいばい
懐かしいヤツからメッセージが届いた。小学校時代の悪友、ワタルからだ。
ワタルは高校卒業後に隣県に行ってしまったが、会おうと思えば会える距離。だから、ロクに連絡も取っていなかった。
『よう、元気か?そういやお前んとこの隠れ家にも、随分行ってねぇな』
そんな出だしだったもんだから、俺まで懐かしくなってしまい、スマホをポケットにねじ込んで、バイクに跨り実家に向かった。
実家を出たのは高校卒業と同時。それから5年経っている。ちょいちょい実家には顔を出していたが、庭の片隅にある秘密基地、通称隠れ家のことはすっかり忘れていた。
実家に着く少し手前から雨が降り出してきた。バイクを飛ばすのは好きだが、雨に濡れるのはあまり好きではない。このまま止まなければ今日は実家に泊まらせてもらおうかなどと思いながら、ふと、隠れ家で一夜を過ごすのも悪くはないと思った。
「あら、ガク、帰って来るなら来るで事前に連絡くらい」
「ああ、ごめん母ちゃん。急に思い立ってさ」
母ちゃんのお小言から早々に逃れて、庭の片隅にある隠れ家へと向う。
この隠れ家は、父ちゃんのお手製だ。
DIYが得意な父ちゃんが、ホームセンターで木の板やらなにやらを買いこんできて、当時小学生だった俺のために作ってくれたのだ。中には小さいながらテーブルも椅子もある。俺は学校から帰るとよく、ワタルとここで過ごした。ここで夜を明かしたことも何度もある。悪さをして、ドアが開かないように中から細工をして閉じこもったことも。ここに入ったことがあるのは、俺の他にはワタルだけだ。
……いや、違う。
もう一人だけいた。
リツだ。
隠れ家につけたダイヤル式の鍵は、錆びついてはいたが、なんとか開いた。だが、中の埃っぽさに思わずむせ返る。
無理もない。最後にここに入ったのは、中学の時なのだから。
ドアを開け放し、積もったホコリを払っていると、懐かしいものを見つけた。
色とりどりのセロファンで覆った、小さなライトだ。
“わぁ、キレイ!”
ふいにリツの笑顔が記憶の底から蘇ってきた。リツのことなんて、もうとっくに忘れ去ったはずなのに。
リツは俺の初恋の相手だ。
だから、何度かこの隠れ家にも連れてきた。
小学校の高学年から特別な存在になり、中学生になって付き合い始めた。ファーストキスも、この隠れ家の中で、だった。
ライトを持ち込んだのもそのライトをセロファンで覆ったのも、リツだ。
虹みたい、だとか、オーロラみたい、だとか言って、壁にライトを当てては嬉しそうに笑っていたっけ。
たまに大雨の日なんかにわざとドアを全開にしてライトを当て、オーロラの雨だ!なんてはしゃいでいたこともあった。
今では思い出すこともできないくらいほんの些細なことで喧嘩をして、リツとはそのまま別れた。その後、リツは親の仕事の関係で転校して、それっきり。
リツと仲直りできないで別れたことが小さな棘のように胸に刺さっていたが、俺は綺麗さっぱり忘れることにしたんだ。
なのに、なんで今頃になって。
手持ち無沙汰にライトを付け、開け放したままの入口に向かって向けた俺は、息を飲んだ。
振り始めた雨のカーテンにライトが当たってまるでオーロラの雨に見えたから、だけじゃない。
そこに、リツがいたからだ。
最後に会った時から少し大人っぽくはなっていたけど、間違いない。そこにいるのは、リツだ。
「な……んで」
傘もささず、リツは寂しそうに笑う。
「お別れ。ちゃんと言えてなかったから」
そしてその場で振り返り、嬉しそうな声を上げた。
「オーロラの雨!私、これ見るの好きだった」
雨がリツを静かに濡らし続ける。
ハッとして、なにか拭くものをとタオルを探し出し、振り返った時にはもうリツの姿はそこに無く。ただ、ライトに照らされたオーロラの雨が降りしきっているだけだった。
「リツ……?」
ふと思い出してポケットからスマホを取り出し、ワタルからのメッセージの続きを読む。
『伝えようかどうか迷ったんだけど、昔お前が付合ってたリツ。事故で逝っちまったって。なぁ、今度一緒に墓参りにでも』
「リツっ!」
スマホを放り出し、隠れ家からリツの好きだったオーロラの雨の中に飛び出す。
“ばいばい、ガク”
リツの声が聞こえたような気がした。
【終】
オーロラの雨 平 遊 @taira_yuu
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