第40話 証

 一平太のバックホー、弁天松スペシャル四号機はまた階段を駆け上がる。その屋根にレオミスを乗せて。聖剣ソロンシードがゆっくりと、大きな弧を描いた。浮かび上がる白い三日月。


「光斬輪!」


 レオミスのかけ声と共に三日月はクルクルと輪を描いて玉座のワイバーンへと飛んだ。敵はこれを氷の壁で防ごうとしたのだが、白い三日月は氷壁もろとも切り裂き、頭部に深手を負わせた。


 いまだ。コウの説明が正しければ、いまランドリオに精霊の魔法は使えない。一平太はバックホーのアームを振り上げ、バケットを叩き付けた。だが。


 バケットは止まった。目に見えない強大な力がつかみ止めている。どういうことだ。と、耳元で精霊シャラレドの声がする。


「これはヤツの生まれ持った念動力だ。精霊の魔法とは違う」


「ほんならどうしたらええ」


「力勝負なら望むところだろう」


「そらまあそうか」


 一平太はバックホーのクローラーを全速で回転させてワイバーンを押し込んだ。ワイバーンは堪え、階段がクローラーで削れて行く。敵の身動きを止めた状態で頭部を狙うはレオミスの聖剣ソロンシード。その白い刃が濃紺の頭部に突き刺さった、その途端。


 ワイバーンは分裂した。その数およそ五十。


 ミニワイバーンは一平太のバックホーとレオミスの横を駆け抜け、階段の下に雪崩のように押し寄せる。その狙いに一平太は戦慄した。


「黒曜の騎士団! コウさんを護れ!」


 これを耳にした黒曜の騎士団副団長は号令をかけた。


「黒曜の騎士団、突撃!」


 騎士団は全員で保岡の周囲に壁を作り、襲いかかるミニワイバーンの波を押さえた。しかしいかに魔法の使える騎士団とは言え、相手は数に勝る人外の群れ。戦うにしても勝手が違う。一平太とレオミスは急いで階段を下りたが果たして間に合うか。


 と、そこに。高らかに響く声が。


「蒼玉の鉄騎兵団、しんがりの二十九名! ただいま到着致しました!」


 副団長の弁天松スペシャル三・〇二号機を筆頭に、バックホー三十台が合流したのだ。一平太は叫ぶ。


「蒼玉の鉄騎兵団、ただちに敵を各個撃破せよ!」


「了解、参戦致します!」


 身体の小さくなったワイバーンにとって、魔法を使わない鋼鉄の腕の集団は脅威だった。しかも黒曜の騎士団と合流して数にも勝る。あっという間に攻め込む側から追われる側に立場が変わってしまった。諦めたワイバーンの群れは空に飛び上がり、残された精霊の炎を飲み込んでまた合流して一体となった。


 上空に羽ばたきながら、ワイバーンとなったランドリオは言う。


「おのれ不遜な。身の程知らずな。人間如きが超越者に刃向かおうなどと」


「それはやむを得んのではないかな」


 あざ笑うように言葉を返したのはコウ。


「何故ならお主は人間だ。その欲望、願望、行動のどこを取っても人間そのものとしか言い様がない。確かにおまえの中には人外の特性が盛り込まれているのかも知れない。だが並みの人間と違う部分があったにせよ、精霊王の視点から見ればごく僅かな誤差の範囲に過ぎん。客観的に見れば、お主は決して人間を超えていない。人間の枠を超越できていない。人間以上の高次の存在になどなり得ぬよ」


「黙れ」


 ランドリオが唸る。


「精霊王がどれだけ高次の存在であろうと、ハイエンベスタが積み重ねてきた血と汗の結晶を無意味だなどと言わせはしない。私は人間ではない。人間を超えた存在だ。人間をべる存在なのだ」


「だからそれはお主の都合だけを見た自分勝手な思い込みなのだ」


「おまえに何がわかる! ハイエンベスタは三界の覇者となるのだ。我はその皇帝として君臨するのだ。そのためならいかなる汚名も甘んじて受けよう」


 ワイバーンの口に巨大な火の玉が湧き上がる。


「まずはおまえたちを皆殺しだ!」


 火球は放たれた。しかし。


 バックホーの中で一平太に抱かれていた留美の目がオレンジに輝く。同時にバックホーの屋根から炎の柱が上がり、火球にぶつかった。柱と火球はしばし押し合っていたが、やがて柱が広がり、火球を包み込んで行く。そしていつしか完全に飲み込まれてしまった。


 唖然とするワイバーン。その後頭部を何者かが強打した。不意のことにバランスを保てず落下する視界の中で、クローラーを失った真っ赤なバックホーが勝ち誇るように鉄の腕を上げている。


「おの……れ!」


 地面スレスレまで落下したものの、何とか態勢を立て直す。まだだ、まだここから反撃できると頭を切り替えようとしたランドリオだったが、それは許されなかった。


 二十トンクラスと十二トンクラス、二台のバックホーの鋼鉄の腕が、ワイバーンの頭部をフルスイングしたからだ。固い物が砕ける音と飛び散る黒い血。


 一平太がバックホーを降りた。床にうつ伏せで伸びているのは、人の姿のランドリオ皇帝。その顔にはもう生気がない。


「イッペイタと言ったな」


 ランドリオの突然の言葉に、一平太は少し困惑を顔に浮かべながらも「おう」と答えた。すると皇帝はこう続ける。


「ハイエンベスタに来て四方神の一角を務めるつもりはないか。富と名声を約束しよう」


「そんな気にはならんな」


「それは何故だ」


「おまえ、子供育てたことないやろ。俺は留美に普通の大人になって欲しいねん。人の心がわかる人間になって欲しいねん。おまえみたいな人間にだけはなって欲しないんや。おまえは毒が強すぎる」


「愚かな……そんな人生に……意味が」


 言葉は途切れた。ランドリオ皇帝はもう動かない。




 一平太たちから報告を受けたリリア王は、大きなため息と一筋の涙を見せ、「まことに大義でありました」とだけ言った。


 その後リリア王はサーマインと共に牢獄へと戻り、老人にランドリオ皇帝の最期を伝えた。


「いま私にできることは何もないと思います。ただ、ハイエンベスタの新たな門出を祝福させてください」


 そう言うとリリア王は自らの精霊に語りかけた。


「ビーサイダ、力を借ります」


「御意」


 リリア王が目を閉じると、牢獄に一輪の小さな花が咲いた。それを皮切りに、あちこちに無数の色とりどりの花が咲いて行く。ハイエンベスタの何もない地上部も、そして地下都市も、様々な花で覆われた。


 リーダーを失ったハイエンベスタの民衆は、この先混迷の時代を生きることとなるだろう。それが良いことなのか悪いことなのかは、現時点で誰にもわからない。だが本来、人が生きるとはそういうものだ。ハイエンベスタの人々はいまようやく、人として生きるもっとも最低のラインに立ったと言える。




 一週間が経った。明日には再び『聖天の歯車』を稼働させ、サンリーハムが元の世界に戻れるかどうかの実験が行われる。


「早いよなあ。ハイエンベスタから戻ってきて、そのハイエンベスタが消えて、明日にはサンリーハムかあ」


 王宮と議会棟を結ぶ渡り廊下で、夏の日差しを浴びながら一平太はつぶやいた。隣に立つのはレオミス。


「まだ実験の段階だけどな。リリア王が回廊管理者としての能力をどの程度発現されるかによって、帰領の期日は変わるだろう」


 レオミスは何かを言いたげなのだが、一平太はそれに気付かない。


「そう言うたら、ゼバーマン歩いたんやって?」


「ああ、自力で歩けるまで回復したようだ。シャミルが付きっきりで看病しているらしい」


「あの兄弟もイロイロ面倒臭いなあ」


「確かに」


 一平太につられて笑みを浮かべたレオミスだったが、笑顔は固かった。それでも黙ってはいられなかったのだろう、思い切った顔で隣の一平太を見つめる。


「なあ、一平太」


「んー?」


「サンリーハムが帰領するとき、おまえはどうするつもりなんだ」


 すると一平太は真面目な顔で考え込んだ。


「それよなあ。俺としてはできたら留美には大阪で学校行って欲しいんやけど」


「そ、そうなのか」


 随分とショックを受けたらしいレオミスがしおれる。


「でも大阪で暮らすとなると、また仕事探し直さんといかんしなあ」


「そ、そうだぞ。仕事はあった方がいい。生活もあるしな」


 レオミスは急に元気になり笑顔を見せた。


「弁天松教授か保岡知事の伝手で仕事見つからへんかなあ」


「そ、そういうのもあるのか」


 と、またしおれる。何とも忙しい。


 だがここで一平太がふと漏らした一言に、レオミスは背筋を伸ばした。


「レオミスはどう思う。俺らは大阪に帰った方がええんやろか」


「え……」


 柔らかな風が吹く。僅かに海の匂い。


「私は」


 レオミスは静かに、言葉を選ぶようにこう言った。


「私は一平太と留美にいてほしい。サンリーハムに、ずっと」


 一平太はしばし驚いたような顔を見せていたものの、やがてまた難しい顔で考え込んだ。


「そうやなあ」




 本日はサンリーハムの帰領決定およびサンリーハム日本間の正式な国交樹立記念式典に足をお運びくださいましてありがとうございます。


 思えばあの日、命からがら逃げ延びた私たちサンリーハムの民を即座に受け入れてくださったのが日本でした。そしてご恩を何も返せないまま元の世界へと戻る我々を、快く送り出してくださった日本政府と国民の皆様には感謝の言葉もございません。


 ですがこのたび両国の間には、正式な国交が樹立致しました。サンリーハムと日本国の間に次元回廊を設置することで、人と物の交流が可能となったのです。これまで我々が日本の皆様より受けたご恩をお返しする機会が与えられたことは、何よりの幸いです。


 さらにサンリーハム救国の英雄の一人である根木一平太氏が、蒼玉の鉄騎兵団長の職務と併せて日本国親善大使としてもサンリーハムに駐在していただける運びとなったことは、何物にも代えがたい喜びです。彼の存在が両国の友好の架け橋として多くの人々から讃えられることを祈ります。


 最後になりましたが、困難な状況の中、常に最善な答を求めてご尽力をいただいた釘浦総理大臣閣下を始めとする日本政府の皆様の勇気と決断は、サンリーハムにおいて永遠に語り継がれることでしょう。ここに最大限の敬意と感謝を表したいと思います。


 王国サンリーハム 国王リリア・グラン・サンリーハムより




「気に入らんという顔だな」


 式典会場の片隅で、保岡大阪府知事の肩に乗ったコウがニヤリと笑う。対して保岡は疲れ切ったようなため息をついた。


「そりゃ気に入りませんよ。何で大阪府の貢献に触れられてないんですか、あんなに一生懸命働いたのに」


「ぼやくな。報われぬ立場というのはどこにでもあるものだ」


「それにしたってですよ。死にそうな思いまでしたのになあ」


「いい思い出にすることだ。ま、それも今日までだがな」


 そう言うとコウは保岡の目を見つめ返す。


「余の依代よりしろ、これまでご苦労だった。明日からはまた普通の知事として暮らすがいい」


「言われなくてもそうしますが。でもいいんですか、根木さんや王様に挨拶しないで」


「そんな人間の文化など、余は知らぬよ。どちらかと言えば、このまま忘れ去られた方がいいくらいだ」


「サヨナラだけが人生だ、ですか。別にいいんですけどね、記憶の改竄かいざんとかしないでくれたら」


 コウからの返事はない。保岡の眉が寄った。


「あ、やろうと思ってましたね」


「余の記憶などない方がマシかと思ってな」


「それとこれとは話が別です。て言うか、最後に一つだけ聞いておいてもいいですか」


「いまさら質問か。まあ良かろう、何だ」


「あなた、本当は誰なんです」


 これにはコウの目が丸くなる。保岡は続けて問うた。


「本当に大地の精霊王の使者なんですか。大地の精霊王本人ではなくて」


「人間ではないから本人ではないわな」


 コウは苦笑を浮かべている。それは白状したも同然だった。


「とりあえず記憶は書き換えずにおいてやろう。息災に暮らすがいい、二度と会うこともなかろうが」


「あなたもお元気で、とか言うだけ無駄なのでしょうけど」


 保岡の言葉にコウはフンと鼻を鳴らすと、ポトリと肩から落ちた。拾い上げればそれはただのマスコット人形。一つの事件が終わったあかし。一つの時代が変化するきざし。これが吉兆ならばいいのだけれど。保岡はマスコットをポケットにしまい込んだ。


(了)

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バックホー・ヒーロー! 柚緒駆 @yuzuo

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