出東京記
東杜寺 鍄彁
プロローグ 薄霧
ワシントンと東京が熱線に飲まれた日、広島と長崎は悲劇の象徴から、ありふれた戦場を予告する、歴史の前触れへと変わった。
最初が広島、次に長崎。そのことは変わらないが、核兵器が使われた最後の戦争ではなくなった。最初の核使用で、約四十年後の世界を予告した惨事だと、広島と長崎への叙述はそう変化した。
三番目にワシントンと東京が、四番目にモスクワが硝子になった。
東京湾が蒸発し、ホワイトハウスが煤け、ロシアの永久凍土が解けたあと、そのあと、何百か何千か、それとも何万か……幾つもの、無数の都市が消えた。そして、世界人口の何割かが死んだ。
五番目に消えた都市が何処なのか、どの都市がいつ消えたのか、何処で何人死んだのか。
正確なことはわからない。私達が知り得るのは、さっき言った四番目までの順番と、あの場所、地上のとは異なる『東京』、そこで死んだ人以外は、皆、熱か灰で死んだということ、ただそれだけ。
詳しいことは時間と変遷という霧の中にある。
五番目の都市、総死者、過渡で消えた都市の名前————、子細は濃い霧の中へ、神話という謎めいた物語を覆い隠すような、そんな濃い霧の、見えないところにある。
今から私が話すのは、もう何世代前に起きたのか、その人の名前はカンジでどう書くのか、逆に片仮名でどう読むのかもわからない、霧に覆われつつある話。
私より、ずっと前に生きて、ずっと前に死んだ先祖の話。
核で滅んだのに核に頼った、太陽から逃げるように地中深くの街に住んでいた人達の話。
『東京』という、地下の大都市がまだあった頃の話。
『東京』と『核』の話を否定する人もいる。
『共和国』の技術がなぜ『キッカ』に継がれていないのか、核のような高威力の兵器を何万発も作れるわけがないと、神話の一種だと、色々な意見がある。
しかし、この話は「歴史」として伝えられてきたのだ。
私は歴史と銘打って遺されたものには、全てでなくとも幾分かの真実があると思っている。一厘の、それ程の史実はあると信じている。
大部分が虚構だったとしても、一厘程度の真実があれば、それを見つけられれば、私はこの話に価値があると思う————。
さて、前置きはここまでにして、そろそろ話そう。
神話のような、歴史のような話を。
東京という地中の共和国の首都の話を。
幾千もの都市同様、霧の中へ消えてしまう前に。
出東京記 東杜寺 鍄彁 @medicine_poison
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