第11話 思い出と現実







 覚えています。優しいあなたの心遣い。



 ──力尽きて山の中。

目を覚ました私にくれた言葉。


 『おはようございます、まだ起きれないでしょう?』

 『カーティスと言います。いいから、まだ休んでください』

 


 ──母国の崩壊・へイネスの襲撃。あなたは手を引いてくれた。

 『選べステラ! あなたが望むなら、私はあなたの力になろう!』

 


 ──モノを知らないわたしに世の理を教えてくれた。教えてくれた本は面白かった。拙いお料理も食べてくれた。修道院で、いいえ、ずっと、あなたの存在は心強かった。


 身を護るための短剣も預けてくれた。ささやかな幸せもくれた。


 あなたの名前を呟き口にするだけで、胸が高鳴り気力が沸いてくる。あなたのことを思うだけで、頑張ろうと思える。


 そんな存在があるなんて、私は今まで知らなかった。


 けれど、名前が、ちがう……? 

 私はずっと、誰を呼んでいたのでしょう……?

 目の前にいるあなたは誰?

 

 きれいな思い出に亀裂が入るような感覚に襲われながらも、私は彼を信じたかった。自身の均衡を保つわたしの瞳を、虚しさを宿した白銀の瞳が貫いた時。


 私の脳は、わたしに気づかせました。


 『────私、彼の何も知らなかった』

 


 ★




 場所を移して橋の下。

 夜空の星だけが映る水面を前に、彼は、ぽつぽつと話し始めたのです。



「────ありがとうございます。……カッとなると……我を忘れることがあって。……まず、何から話しましょうか」

「……グレンって……本当の名前ですか……?」



 肩を並べて隣り合わせ。

 恐々と・確かめるような色を隠せない私に、虚ろな瞳で闇を見つめる彼は、静かにひとつ頷くと



「ええ。”グレン・スタイン”。それが僕の本当の名です。スタインの名は──、面倒ですから伏せてきました」

「……騙して、いたんですか?」

「そのつもりはありませんでした。貴女が目覚めた時、咄嗟に名乗ったモノが、ここまで尾を引くなんて、思っていなかったから」


「じゃあ、どうして?」

「──……心地よかったからです。元の自分を忘れられる。すみません、自分勝手で」



 ──”心地よかったから”……

 その言葉に、僅かに胸が軽くなる。

 けれど、彼から放たれる空気はまだ重く──纏う自虐と諦めの色に、私が言葉に迷う中。今度は彼から、質問ことばは、投げられました。

 


「──……さっきは、どこから聞いていましたか?」

 


 よそよそしく、気まずそうに。


 

「おかねの……話、から……」

「────すみません。まさか貴女が聞いているとは……思いもしなくて」

あれ・・は、本音だったのですか?」



 間を置かず、口から飛び出したのは縋るような声でした。一瞬、口にしたことを後悔しましたが、それでも私は──彼の真意を知りたかった。


 ──《好きにすればいい》。残酷に響くこの言葉の、意味を、真意を、聞かせてほしい。胸が痛い。苦しい。怖い。聞きたくない。でも、────《知りたい》。



「……『好きにすればいい』って、……あれは」

「──それは……!」



 切りつけるような痛みの中、返ってきたのは『切羽詰まった声色』でした。

 慌て焦る彼の様子が、全てを語っているようでした。

 彼の様子に、鼓動の調子が変わりゆく私の前で──彼は真摯に述べてくれたのです。



「……へイネスがじきに貴女を出してくることは解っていました。僕の弱点だと知っていて、金を強請ゆするネタにするのは明白だった。だから先制を取ったつもりでした。『一度諦めさせておいて、すぐに貴女のもとに戻り、逃げ出せば』──と。

 ……けれど、まさかルルあの女と組んでいたなんて、思いもしなかった」



 苦しそうに息を吸う彼。

 ……見えていなかったかけらが、少しずつ、私の中で組み立てられていく。



「……すみません。傷つけることなんて、したくなかったのに。貴女に、ひどい形で、傷を負わせてしまいました」



 そう言いながら、項垂れる彼に──私は言葉が出なかった。

 

 ──述べる声・色・空気……すべてに心が痛いです。

 今、私は貴方に何を言えばいいでしょう。

 言葉が渦を巻いて、散っていく。

 「あれじゃない」「これじゃない」と彷徨う中──ゆっくりと上がりゆく彼に煌めく両の瞳は、白銀を湛え揺らめいていました。



「…………ごめん。ごめんなさい。許してくれとは言いません。ただ、もう少し、彼らの手から逃げおおせるまで、僕を信じて欲し」

「……信じます」



 それ以上は要りません。私の中のいろいろなかけらが、ぴたりと綺麗にはまり『納得』をかたどっていきます。



 ────ああ、なるほど、そうだったのですね。

 『偽名を使え』と言ったこと。

 『フードを被れ』と言ったこと。

 『王族に対して理解があったこと』。


 すべて『貴方が経験したことだから』。だから迷わず導いてくださった。すべて先回りしてくれていた。『守ってくれていた』。本当に、護られていたのだと。



「……信じてくれるんですか?」

「……もちろんです。貴方はとても優しい人だもの。道端の草木にも心を痛めて、そっと支えてくれる。……わたし、知っています」



 ──これ以上自分を痛めつけないでください。大丈夫。あんな言葉に騙されない。

 それを込め、彼の瞳を見つめました。けれど、私から逃げるように、彼は顔を反らすのです。



「……ステラさん。違うんです。あの時、謝れませんでしたが……修道院を追われたのも、僕のせいです」



 ──僕のせい?

 


「あそこのは神官長は、邪気に人一倍敏感なのでしょう。僕が背負っている──、いや、宿している力を見抜いて追い出したんだ」



 見てきたことや、きいたことの、ひとつひとつを繋ぎ合わせるように、言葉が私を導いていく。

 


「あの時は、あんな場所でもつま弾きになる自分を呪いましたが、まず、貴女に謝るべきだった。そこで、話すべきだったのかもしれません」

「────……」

 


 じわりと姿を見せ始めた『ことわり』に、私が息をつめた時。

 彼、グレン・スタインは強い口調で述べました。



「……スタインの呪い──化生けしょう世廻よめぐりと、正当なる王位継承者について」





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